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第五十一話 天空の怒り

 その後は橋から少し離れた位置に移動してもらった。


「取り敢えず、出来る限りのことをやってみる!」


 ユイはそう言って、膨張し続ける氷を食い止めようと空へ戻った。



 残りの二つのエンブレムを懐にしまい、白いエンブレムを使用することに決めた。

 裏側を確認すると、『Zeus』と刻印されている。

 どうやらこの魔道具のモデルの名前らしい。

 俺はエンブレムを構え、その名を口にした。


「ゼウス!」


 これでゼウスの魔装を纏うことになる。



 なるはずだった。

 実際には何も起きていない。

 ただ虚しく沈黙が走るだけだった。


「何で?使えるんじゃなかったのかよ!?」


 焦りから動揺が隠し切れないでいる俺。

 しかし、よく考えてみれば決して可笑しな話ではなかった。



 そもそも魔道具によって、魔装することができる人間はほぼ限られている。

 適正なんてものがあるが、その殆どの魔術師は該当しないことの方が多い。

 確立としては百二十分の一だったか。

 だから、一人の人間が複数の魔道具で魔装することなど、それ以上に希少なのである。



「いや、まだ何かあるはずだ。何か・・・・・・」


 手探りでエンブレムを観察していると、ある箇所に目が留まった。

 それは窪みである。

 物凄く既視感のある形。

 俺はヘルメスの魔道具を取り出した。


「これって、まさか・・・・・・!?」


 徐にヘルメスの魔道具をゼウスの魔道具の窪みに嵌めた。

 すると、半透明のクリスタルが金色に輝き始めた。

 どうやらこれが正解らしい。

 改めてエンブレムを構え直して、名前を叫ぶことにした。


「ヘルメス!」


 しかし、何も起きない。

 中央のクリスタルは輝き続けているのに。


「・・・・・・ゼウス!」


 直後、足元に魔方陣が出現し、眩い光を放った。

 叫ぶ名前を間違っていたようだ。



 魔方陣から雷を帯びた結晶が出現し、俺の全身を覆う。

 一時の間の後、結晶は砕かれ雷が拡散し、その姿は変化した。

 ヘルメスの魔装をベースに、全体的に白一色で統一されている。

 稲妻のような装飾模様が加わっており、腰辺りにはふよふよと雲のような形の帯が浮いている。

 右手には持ち手の細い斧状の武器が握られ、その先端から雷が放電している。

 全身から力が満ち溢れ、今にも破裂してしまいそうだった。



「何だよ、これ・・・・ぐっ!?」


 溢れる力が制御できず、全身から放電してしまう。

 バチバチッと芝生を焼き付け火花が散る。


『落ち着け。まだ力が身体に馴染んでいないだけだ。平常心を保て・・・・』


 バチッ!


 横を飛んでいたドローンは、放電によりショートしてしまい破壊してしまった。


「マキナ・・・・ぐっ」


 俺は力を抑え込もうと、心を落ち着かせようとした。



 以前、ヘルメスの魔道具で魔装した時とは感覚が違う。

 あの時は、暴走するどころか身体に馴染んでいるようだった。

 だが、今回はまるで拒否反応を起こしているようだった。

 もしかすると、ゼウスと俺では相性が悪いのだろう。

 だから、最初の方で魔装しようとしても無反応だった。

 だが、ヘルメスを介して強引に力を引き出したから暴走してしまった。



「・・・・・・」


 なぜか負い目を感じる。


「・・・・すまん」


 思わずそう呟いてしまう程だから、余程感情移入をしてしまったのだろう。

 可笑しな話だ。

 ただの魔道具なのに、まるで人と話しているみたいだった。


「・・・・・・ん?」


 しかしそれが機転となったのか、力の暴走が瞬く間に治まってしまったのだ。


「・・・・よく分かんねぇけど、これなら!」


 取り敢えず、使いこなせたということなのだろうか。

 とにかく、実際に能力を使ってみなければ分からない。



 俺は川の方へ走り出し、空高く跳び上がった。

 そうした理由は身体が浮いているように軽かったことと、『ゼウス』が天空神であるということからである。

 安直な理由だが、能力の解明にはそういった憶測から行動すると発動する可能性が高いのだ。

 その証拠に、俺は今空を飛んでいる。



 ヘルメスでは体現できないような感覚がした。

 これがゼウスの『空中浮遊』能力。

 感心しながら、俺はユイの横に並んだ。

 僅かに驚いたような素振りを見せたが、すぐに意識を橋の方に戻した。



 下を見ると、氷の膨張を巨大な結界が食い止めている状態である。

 橋は完全に凍っており、陸に差し掛かろうとしている。

 下部で流れていた小川も凍結し、流れが塞き止められている。

 依然として不安定であり、いつ結界が破られてもおかしくない。

 現に横で魔術を発動しているユイも顔を顰めていた。



「俺がどうにかするしかねぇよな」


 巨大な斧を構え、能力発動の態勢を取る。


 確かゼウスは、天候を操る力があったような・・・・・・。


 そう思い浮かべた直後、上空に巨大な魔方陣が出現した。

 そこからどす黒い暗雲が集合し、周囲を薄暗い世界へと包み込む。

 ゴロゴロと雷の音が鳴ると、暗雲の中心部から一筋の稲妻が降り注いだ。

 斧に直撃し、視界が眩い光により点滅する。


「うぅっ!?」


 思わず目を逸らしてしまう程凄まじく、その衝撃は全身を介して伝わってきた。

 斧を手放しそうになるが、指先に力を入れて離さないように固定する。

 恐らく、雷の電気エネルギーを斧に蓄積しているのだろう。



 それが治まると、斧の先端は淡い光を放ち、今も尚放電現象を起こしている。

 俺は大きく身体を振りかぶり、発射の態勢を取った。

 目の前に五つの魔方陣が重なって展開される。

 全身を駆け巡る魔力を斧の柄に集約させる。


「はあああああ・・・・」


 魔力を流し続け、斧の鋭利な先端から雷が渦巻く光球が生成される。

 そして_____。



 巨大な氷塊目掛けて、雷の一閃が放たれた。

 音速を超える速さで魔方陣を真っ直ぐ潜り抜け、見事氷塊のど真ん中に直撃した。

 光の柱が途切れた直後、強烈な爆発と爆風が広がり始める。



「ユイっ!」


 呼び掛けて合図を送る。

 ユイは返事をする間もなく、すぐにクロノステッキを構え、衝撃を抑え込もうとする。

 が、氷が膨張するよりも勢力が大きいためか、以前よりも結界が安定していない。


「んっ・・・・・・全然、耐えられない!」


 苦し紛れにそう呟くのが聞こえた。

 結界で防ぐのは無理なようだ。


「爆発箇所をどこか安全な場所へ瞬間転移させろ!」


 俺は咄嗟にそう指示を出した。


「え、安全な場所?・・・・・・えっと」


 「あ」と何かを思い付いたように声を出すと、新たな能力の発動の態勢を取る。

 目が眩むほどの白い光のせいで、何が起きているのか全く分からない。

 瞬間転移の準備をしていることに間違いないだろうが。



 爆発の勢力は結界に穴を空け、光の柱が漏れ出す。

 吸収されなかった衝撃は、小川を波立たせ、砂埃を撒き散らす。

 空中を浮遊している俺も、何度も吹き飛ばされそうになった。



「ぐ・・・・くうううううぅぅぅぅっ!」


 ユイも歯を食いしばって耐えており、瞬間転移の発動を行っている。

 対象の規模が大きい程転移に時間が掛かるのだろう。

 手助けをしたいが、今の俺にそれをする手立てはない。

 仮にあったとしても、魔力が残っていない現状では足手まといになるのが目に見えている。

 だから、俺が今出来ることはこれだけだ。


「負けんなっ、ユイ!」


 応援して、彼女の背中を押す。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉおっぉおぉぉぉぉぉおぉっぉぉぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉっぉぉぉぉっ!!!!」


 ユイも応えるように、最後の力を振り絞って絶叫した。








 一瞬の出来事だった。

 周囲に嵐を巻き起こしていた爆発の光が消滅したのだ。

 地面にクレーターができ、凍っていた橋が跡形もなく消えている。

 残骸すら残らず、まるで初めから存在しなかったみたいだった。

 遠くの方から爆発音が轟く。

 衝撃がそよ風となって肌に伝う。

 過ぎ去った時には小川の水が流れ込んでいき、クレーターすらも消えてしまった。



「・・・・・・」

「・・・・・・」


 俺たちはしばらく茫然としていた。

 頭で理解するのに、少し時間が必要だったからだ。

 川が流れる音が聞こえる。

 風が吹く音が聞こえる。

 俺たちが息をする音が聞こえる。

 こうして一つ一つの情報を整理していった。



 意識がはっきりしたのは、ユイがふら付きながら下へ落下しそうになった時だった。

 慌てて身体を支え、近くにある河川敷へと降下する。

 足が付いた時にはお互い魔装が解けてしまった。

 ユイの身体を芝生の上に寝かせ、自分も腰を下ろす。

 足を広げ、全身に蓄積された緊張を溜息と一緒に吐き出した。


「・・・・・・・・終わ・・・・った」


 そう呟くと、俺も芝生に背中を預けて寝そべった。


   ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 エリはペットボトルの飲み口に口を付け、一気に水を流し込んだ。


「っはぁ」


 口から離すと、止めていた息を吐き出した。



「それで、現状はどうなっているのですか?」


 キャップを回しながら、傍らにいる魔術師に状況報告を求める。

 疲労でまともに動くことができないが、口調だけでも上品であることを心掛けた。


「現在地から北北西七キロの位置にある橋で、光剣寺ミツキが魔物と交戦中です」


「ただ・・・・」、と何か言いにくそうに黒ずくめの魔術師が言葉を詰まらせる。


「話しなさい」


 状況を正確に知りたいエリは話すよう促す。



「実は、魔物を追跡していた時島ユイとの連絡が途絶えてしまっているのです。加えて先の情報もそれ以後報告が全くありません」

「何ですって?」


 驚くと、エリはインカムに手を添えた。

 何度も着信音が鳴る。

 しかし、一向に繋がる気配はなかった。


「どうなっているの?」


 戸惑っていると、スマホが小刻みに振動しているのに気が付いた。



 取り出すと、着信を知らせる表示がされている。


「はい」


 エリは画面を操作して、電話に応じた。

 そこから暫しの会話が続く。


「え、橋が消滅した!?」


 新たに入ってきた情報はとんでもなく奇怪な内容だった。


「突然空から雷雲が出現して、雷が凍った橋に直撃し、最後に消えた・・・・と?」


 まるで意味が分からない。

 いや、なんとなく誰の仕業か見当はついているが、それを受け入れるのに時間が掛かった。

 そして、追い打ちを掛けるように不思議なことが起こったのだ。



 不意に空を見上げると、魔方陣が浮かんでいたのだ。

 高い位置にあるから小さく見えるのか、そもそも小さいのか定かではないが、とにかくそこにあることは間違いない。

 訝しげに見ていると、中央部が突然光りだし、大爆発を引き起こしたのだ。


「きゃあぁっ!」


 思わず悲鳴を上げてしまう程の衝撃が、地上にいるエリたちを襲う。

 爆風が吹き荒れ、周囲にある木々が激しく揺れる。

 終息するまで十秒程、それが続いた。



 やっと治まったところで顔を上げると、今度は上空から何かが降ってくるのが見えた。

 歪な形をした鉄の柱の集合体が、緑生い茂る森の中へ突き刺さっていく。

 ボロボロに廃れて焦げており、黒い煙を立ち上らせていた。



「・・・・・・」


 エリを含めた全ての人間が、その場で茫然としてしまっただろう。

 正直、目の前の現実を受け入れられないでいる。

 しかし、最初に理解したのはエリで、手に持っていたスマホを再び耳に当てる。


「橋の残骸の回収をお願いします」


 そう言って、電話を切った。

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