第五十二話 平穏と脅威
ひと月が経つのはあっという間で、もうすぐゴールデンウィークに差し掛かろうとしていた。
教室内はそのことに賑わっており、長い休日をどう満喫するかでいろいろ話しているのが聞こえた。
かくいう俺は、全く予定はない。
去年は受験ということもあり部屋でずっと勉強はしていたが、それ以外の年はだらだろと目的もなく過ごしている。
ゲームをしたり、本を読んだり、動画を観たりして、貴重な長期休暇を無駄にしてきた。
ただ今年はどうなるか分からない。
今のところユイからの誘いはないが、放課後急に買い物に誘われたりする可能性が高い。
一緒に住んでいるため、お互いの状況を把握しやすいということを理解した上で出来る手法だ。
そうなった場合、断るつもりは一切ない。
以前にも同じように買い物に誘われたことがあり、割と楽しかったことを知った。
なので、少々期待はしている。
「なあなあ、お前は休みの間何するんだ?」
突然声を掛けられたので、思わず身震いをしてしまった。
声のした方に顔を向けると、一人の男子生徒がこちらに話し掛けていた。
「どした?」
眉を顰めて更に聞いてくる。
「いや、何でもない」
ここは苦笑いで誤魔化すことにした。
今まで声を掛けられることがなかったからなんて、そんな小心者みたいなことを言えるはずなどなかった。
「そうか」
男子生徒は特に気にすることなく、笑顔を向けてきた。
「ところで、休みはどう過ごすつもりなんだ?」
再度同じ質問を投げてきた。
「特に何もないな。最悪部屋に引き籠って遊んでいるかも」
俺は現在の情報を伝えた。
「そうか」
納得したようで、何度も頷いてみせた。
そして、ここからが本題とばかりに話を切り出す。
「実は俺バスケ部に入ってて、今度隣町の学校と練習試合があるんだ。だからその試合を観に来てくれないかって、先輩から頼まれててさ」
そうは言っているが、遠回しにバスケ部の勧誘をしているのだろう。
これで五回目だ。
あのバスケ勝負の一件で、俺の名は学校中に広まった。
『全国大会出場経験のある期待のルーキーを破った謎の人物』という名で。
最初の頃はデマだの俺が不正を働いただのの声も上がっていたが、実際に試合を観戦していた生徒たちによって、真実であると伝わった。
その日以来、バスケ部の勧誘を受けることが多くなった。
因みに不正を働いたと情報を流したのは、タクミの取り巻きの女子生徒らしい。
俺が勝負から逃げたという内容を悪い方向に飛躍させ、クラスから孤立するよう仕向けたのもそいつらだと後で知った。
しかし、今回は上手くいかなかったようで、逆に非難される的となった。
タクミ同様、何人かは不登校となってしまったようだ。
「悪いが断っておくよ。もしかすると、急用が入るかもしれないからな。遠慮しておく」
いつもの決まり文句となっていた。
「そうか、少し残念だな」
言葉の通り残念そうな表情で答えた。
「気が変わったら来てくれ」と、それ以上話し掛けることはなく、そのまま立ち去った。
「考えておくわ」
そう言って期待を持たせておく発言をするが、行く気は全くない。
理由は簡単で、俺はバスケ自体にあまり興味がないからである。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「それなら行きば良かったのに」
そう答えるユイは買い物袋をぶら下げながら隣で歩いている。
「言っただろ。興味がないって」
同じく俺も買い物袋を片手に歩いていた。
放課後、授業が終わった俺たちは近くのスーパーで夕飯の買い出しをしていた。
今日の献立は定番のカレーライスである。
休み中作る料理の食材もついでに買い、しばらくは食事に困ることはないだろう。
日が傾き、爽やかな青空は夕映えの赤い空に染まっている。
住宅街を照らし、夕日は直視できない程眩しかった。
「でもいいの?部活に入れば友達も自然とできるんじゃない?」
過去に部活でトラブルに巻き込まれた人間とは思えない程、呑気な発言だった。
俺は呆れながら答える。
「何度も言うが、バスケに関してはホントに興味ないからな。昔少し遊んでいたくらいで、ガチでやっていたことは一度もない」
「それならさ、全国大会に出場した経験のある人に勝ったことはどう説明するの?」
鋭いところをついてきた。
まあ確かに、一帰宅部がバスケ部期待のルーキーに勝ったのだから、俺が素人だと説明しても信じてくれないだろう。
だとしても、そろそろ理解してほしい。
「戦闘時に相手の動きを見て行動する戦法を取ってたから、それをバスケに応用しただけだ」
「何その人間離れした超人的な動き」
「んなこと言われてもな・・・・・・」
何度説明したことか、バスケ勝負をしたあの日から同じ会話を繰り返している。
もう今となっては数えていない。
「まあ、ミツキが部活に入るか入らないかは別として・・・・」
話題を変えようとしているが、表情からはまだ納得していないことが分かる。
「もう喧嘩売られても買っちゃダメだからね!」
指を立て、不服そうに上目遣いで説教し出した。
「・・・・善処する」
ぐうの音も出ない程の正論に、俺は従うしかなかった。
すると、ユイはニコリと笑みを浮かべ、満足そうに頷いた。
それからしばらく会話は途絶えた。
その間にユイは何か言いたそうな表情をしていた。
「どうした?」、と声を掛けようと思ったが、その前に話し掛けられる。
「そういえば、エリさん今日も来てなかったね」
どうやらエリのことだったらしい。
彼女はバスケ勝負が行われた日、つまり魔物討伐の任務があった日から、一度も教室に顔を出していない。
「そりゃあ、協会の市部主任なんてやってんだ。忙しいこと自体不思議じゃねぇだろ」
「そうなんだけど、なんだか悪い気がして・・・・」
ユイが何を言いたいのか分かる。
魔物を倒すために橋を破壊してしまったことだ。
経緯はどうであれ、その責任をエリ一人が背負っている状況である。
「まあ、あの件は俺たちに非があることは間違いないが、元を辿ればあいつが仕留め損なったことにも原因があるしな」
彼女曰く、「あの時油断さえしなければ・・・・」と後悔を吐露していた。
「それでもやっぱり・・・・・・」
今こうして学校に通っていていいのか。
そういう負い目を感じているようだ。
「別に気にする必要ないんじゃねぇのか?一応橋の修復作業に手伝ったんだし、責任なら果たせていると思うぜ」
責任問題に関しては、作戦の指揮を執っていたエリにある。
しかし、破壊した当事者である俺たちが何も罰を与えられなかった訳ではない。
転移させた橋の残骸をユイの能力で元の場所に戻し、俺の錬成術で橋を元の形へと修復した。
移動に関してそれ程時間は掛からなかったが、修復の方はまる一日掛かってしまった。
帰宅してすぐにベッドに横になったのは言うまでもない。
「それって、ミツキが一番苦労しているんじゃ・・・・・・」
「いいんだよ。あの場で指示を出したの、俺だしな」
しんどかったが、特に不満はなかった。
「要するに、俺やお前も、そしてエリも背負うべき責任は果たしているんだから、悩む必要ないってことだ」
面倒臭くなったので、強引に話を纏めることにした。
ユイの表情から不満が消えることはなかったが。
「気になってたんだけど、ミツキってエリさんとどういう関係なの?」
「上司と部下って感じかな、一応」
最後の言葉を添えて、俺が認識している彼女との関係を伝えた。
「まあ、本人は俺のこと嫌っているし、あまり良い関係という訳はないかな」
「じゃあ、ミツキはどう思っているの?」
「別にあいつ程嫌っている訳でもないし、だからって好きって訳でもない。少なくとも協会の連中の中ではマシな人間だと思っている」
自分で言っているのもなんだが、正直分からない。
認識が曖昧すぎて、どう説明したら。
とにかく伝えたつもりだ。
「全然分かんない」
理解はしてもらえなかったが。
「まあ、お前なら仲良くやっていけるんじゃねぇのか?あいつお前のこと気に入っているようだし」
校長室の一件で、エリはユイの意思を尊重した上でミツキの意思を認めたと言っている。
何があったかは定かではないが、彼女の中でユイに対する評価は高いようだ。
多分、俺は相当底辺なのだろう。
「まあ、俺もゆっくり探してみるわ。気の合う友達をさ」
手をひらひらとさせて、ユイの前を歩く。
「まあ今は、お前がいるから心配ないんだけどな」
「え?」
「何でもねぇよ」
聞こえない声で呟いたが、実際に口にすると気恥ずかしくなった。
「ほらもう暗いんだし早く帰るぞ」
「あ、待ってよ」
早歩きで前に進むと、ユイは後ろを付いてきた。
「それとミツキに確認したいことがあるんだけど」
まだあるのか?
段々とうんざりしてきた。
「魔術協会に関しての説明はしただろ?世界規模で活動している公認の組織だって」
「秩序を守るのが思想なんだよね。うん、それは分かったんだけど・・・・そうじゃないの」
的外れな見解だったようだ。
それでも魔術協会に関する説明も何度かしてきたような気がするが。
「その、魔物と戦っている時に助けてくれた人がいるじゃない?エリさんじゃない、もう一人の方の」
もう一人・・・・・・マキナのことか。
「あの時は流れで協力したけど、彼女のことはいったい何者なの?他の魔術師の人に訊いても誰も知らないって言うし、エリさんからははぐらかされるし」
「ああ、それは・・・・」
「でもミツキは知っているんだよね?」
「まあ・・・・」
「その人とはどういう関係なの?」
エリの時とは違って、真剣な眼差しを向けていた。
別にふざけて言っていた訳ではないが、それ以上に本気が伝わってきた。
俺は話すかどうか、少し悩んだ。
正直、マキナとはあまりいい思い出はない。
寧ろ、人に話したくない程闇が深い内容だ。
だが、今まで隠し通そうとしてきた魔術協会の存在を、ユイに知られてしまっている。
マキナの方からも干渉しているし、いつバレてもおかしくない状況だ。
それならもう話した方がいいのかもしれないな。
足を止め振り返り、ユイの目を真っ直ぐ見据えた。
「実はな・・・・」
そう話し始めようとした時、背後から人の気配を感じた。
振り返ると、夕日を背後に一人の少女が仁王立ちしていた。
ユイと同じ制服を着ていなければ、高校生だと分からない程小柄な見た目だ。
「ただの腐れ縁だよ、昔のね」
俺の言葉を代弁するように答える彼女は、黒鉄マキナ。
その右手には玩具のような奇怪な形をした拳銃が握られていた。
「何でお前がここにいるんだ?」
拳銃に警戒しつつ話し掛ける。
すると、ニコリと笑みを浮かべた。
「ボクが目的もなしに会いに来ると思う?」
その問いを聞いた時、全身が震え上がる程の寒気がした。
そして、マキナから笑顔が消えた時、拳銃を構えた。
その銃口の方向は、ユイだった。
「彼女を消すためだよ。悪く思わないでくれ」
直後、黄昏に鈍い銃声が響き渡った。
第二章完結!
そして、物語は第三章へ




