第五十話 久々の共闘
疲労やダメージが完全に回復すると、立ち上がって周囲の状況を確認する。
それは狼男が現れてすぐの時とは比較できない程、凄惨な光景だった。
アスファルトの上で複数の自動車が散乱しており、殆どの車体が大きく歪んでいる。
何台かは既に火が出ていた。
「俺の苦労はいったい・・・・・・」
あれだけ走り回って爆発しないように修復したのに、結果がこれだ。
今から再度修復しても遅いだろう。
「大丈夫よ。もうこの辺りに人はいないから、最悪爆発してもわたしたち以外の被害者は出ないから」
「だよね?」と、ユイは手を耳に添えて話し掛ける。
その誰かは俺には見えない。
「いったい誰と話してんだ?」
問うと、ユイははっと何かを思い出したような動きを見せる。
「ごめん、今渡すから」
コートに付いているポケットから何かを取り出す。
指を広げると、インカムが手の平に乗っかっていた。
「ミツキと合流した時に渡してって言われてたの」
先の質問の答えが返ってきてないため違和感を覚える。
が、促されるままインカムを摘まみ、右耳にはめ込みスイッチを押した。
『やぁやぁ久しぶり・・・・という程懐かしくもないか』
「マキナ!?」
通話の相手が意外な人物であったため、思わず名前を口にして驚いてしまう。
『ちょ、そんな大声出さないでくれ。今ヘッドフォン付けているんだから・・・・あーちょっと耳鳴りがする』
「そんなことより、何でお前が?」
『何でって・・・・ボクは協会の一員だからね。作戦に参加していても可笑しくないだろ?それと避難誘導を手伝ったのもボクだし、感謝の一言くらい言ってくれたらどうだい?』
「いやまあ、そうだが・・・・」
言っていることは何も間違いではないが、いまいち理解できない。
どうしてユイと一緒に行動しているのか。
それが気掛かりになっていた。
「え?二人って知り合いだったの?」
マキナとの会話に、ユイが話し掛けてくる。
「え、あ、ああ・・・・そうだな。昔、ちょっとな・・・・」
「?」
納得していない様子だ。
しかし、今はゆっくり話している暇はない。
振り返ると、狼男がよろよろと立ち上がる姿が目に入った。
この時、橋の柵辺りにいたので、察するにユイの攻撃を受けたのだろう。
低く唸り、こちらを威嚇している。
『随分ご立腹みたいだね』
「ああ・・・・・・てか、お前絶対近くで見てるだろ?」
『ドローンのカメラでバッチリとね』
見上げると、上空でブーンと音を鳴らしながらホバリングしているドローンが見えた。
推定八台ほど確認した。
『君たちが把握できないような情報はボクが担当するよ。それで逐一報告するから、通話はオンの状態にしておいてくれ』
「・・・・・・頼んだ」
いろいろ思う所はあるが、ここは素直に協力を受け入れることにしよう。
俺は狼男に向き直り、強く睨みつけた。
「さっきは随分と好き勝手やってくれたなぁ」
再度魔装をし、周囲の障害物から二本の剣を生成する。
「今度はこっちの番だ!覚悟しろよな」
俺のその挑発によって怒りが刺激されたのか、狼男は問答無用で襲い掛かってきた。
まるで獲物を前にした肉食動物のようだ。
これまでの戦闘から動きを予測していた俺は、槍が振り下ろされる瞬間で左に避けた。
ユイも同じ考えだったようで、ほぼ同時に右へと跳び上がる。
そこから間もなく、追撃がきた。
槍を鎖の形状に変化させ、左右両方向に伸ばし始める。
先程のように捕まえて、子供の玩具のように振り回すつもりなのだろう。
もうあれは懲り懲りだ。
着地する、早速インカムで指示を出す。
「ユイ、マキナ。今からあの鎖を何とかする。俺の指示に従ってくれ」
『分かった』
『了解・・・・と言いたいが、策はあるのかい?』
ユイは素直に頷いてくれたが、マキナは問い掛けてきた。
「なけりゃ指示なんて出さねぇよ。とにかく、話だけ聞け」
移動中、俺は即席で考えた作戦を早口で伝える。
『成程、聞けばしょうもない作戦だが、やってみる価値はありそうだ』
『そうね。それならこんなのどうかな?』
ユイの提案も聞いて、それを含めた作戦を実行することに決定した。
「そんじゃへますんなよ!」
『『そっちも』ね』
お互い言い残した後で、俺は柵の方に走り出した。
途中、マキナが手配したドローンの一機が傍らに着くと、そのまま橋から飛び降りた。
片方の剣を再度構築し直し、ワイヤーを作り出す。
先端を柵目掛けて投げると、鍵爪が支柱の一本に引っ掛かった。
身体が宙で振り子のように弧を描き、橋を支えている支柱へと移動した。
着地しても、走ることを止めない。
チラリと後方を見ると、鎖はまだこちらを追っていた。
狼男の視野から外れているはずなのに、正確にこちらを追跡している。
もしかすると、追っているのは俺ではなく、俺の魔力なのかもしれない。
まあ、それはそれで好都合だが。
『橋の造形は一通り把握した。あとはこっちの指示に従って動いてくれ』
「了解!」
インカムから聞こえるマキナの声に応答する。
それから彼女の絶え間ない指示を聞きながら、素早く動いていった。
複雑に入り組んだ支柱を飛び越えたり潜ったりしていき、あちらこちらを走り回っていく。
途中、鎖に追い付かれそうになることもあったが、風魔法や錬成術を駆使して回避していく。
指示はとても正確でカメラ越しとは思えない程だ。
まるでマキナが隣にいて、尚且つその場の地形を理解しているようだった。
だから、その正確な指示を二人同時に行っていることが少し疑問に思っていた。
移動している最中で、ユイも同じく鎖と追いかけっこをしているのが確認できた。
浮遊能力も活用しているようで、俺がすぐに行けないような場所にも難なく進んでいた。
ただ、動いていく中で避ける障害物も増えていった。
それは鎖だ。
支柱に引っ掛かったり、巻き付いたりしているため、避ける際に鎖にも注意しなければならない。
触れないようにと心掛けるため、支柱を避けるよりも少々厄介だ。
とはいえ、作戦を成功させるために、それは必然的なものであると割り切ることにした。
しばらく動き回っていると呼吸が乱れてきて、筋肉も悲鳴を上げ始めた。
常に不規則な動きをしているためか、手足が持ち上がらなくなっていく。
魔装で身体強化をしているとはいえ、肉体的負荷が全く掛らない訳ではない。
現に先程車に叩きつけられた際、魔装の耐久値を超えて、吐血する程のダメージを受けていた。
とにかく、この状況は長く続きそうにないということだ。
支柱に隙間から入る日の光が徐々に弱くなっていき、周囲がほぼ暗闇に包まれていた。
入り組んでいるようで実は規則性のある構造だった支柱は、鎖によって歪なものへと化してしまった。
「そろそろか?」
そう呟いて振り向いた直後、鎖の動きが急に止まった。
ピンッと張ったまま制止している。
それを確認すると、
「今だ!」
と、大声を上げて、遠くに合図を出した。
空高く天井の方へ飛び上がるユイの姿が見える。
クロノステッキを構え、先端から水魔法特有の魔方陣が出現しているのが確認できた。
「いっけええぇぇぇ!!!!」
掛け声を上げながら、ユイは天井目掛けて氷塊を放った。
着弾すると、その位置から凍り始め、瞬く間に天井に広がっていった。
そして、支柱にも行き渡り、巻き付いている鎖諸共凍らせる。
どうやらユイの読み通り、鎖は低温に弱かったらしい。
詳しい理由までは分からない。
ただ、実際ユイが氷系統の水魔法を発動した際鎖も凍ったという証言からそう判断した。
それであの厄介な鎖を何とかできるのなら、と一か八かの賭けに出たのだ。
あとは丸腰になった狼男の本体を倒すだけ。
そう意気込んでいた時だった。
氷がこちらにも迫ってきているのだ。
「え?マジかこれ」
危機感を覚える。
すると、こちらの危機を察知したのか、ユイは瞬間転移で移動してきた。
俺の腰に手を回し、再度瞬間転移を発動。
氷の世界へと化した場所から退避する。
気が付くと空中にいて、俺はユイに抱えられた。
視界には真っ白な氷が橋を覆い尽くし、その勢力は今も尚広がろうとしている。
「これ、ヤバくねぇか?」
不安を募らせて、思わず言葉が漏れる。
「・・・・加減間違えたかも」
ユイ本人の発言が物語っていた。
『マズイな。このままだと陸の方まで氷が広がってしまうぞ』
カメラ越しで見ているマキナですら、この状況に危機感を覚えていた。
「止められそうか?」
「さっきからやっているんだけど、全然ダメ」
だろうな。
一応確認したが、ユイの引きつった表情から察するに本人さえも想定外の出来事だったのだろう。
「ごめん」
謝ってくるが、この惨状を見ては「心配するな」と前向きなことを言えなかった。
『最大出力の光弾で破壊できないのかい?』
「いやチャージに時間が掛かる。それに威力が凄まじいから、最悪ここ一帯が吹き飛ぶかもしれない」
以前、蠍型の魔物と交戦した際、それを体験した俺だから言えることである。
『でも、もう既に橋を破壊しなければならない程氷の規模は広がっている。破壊するにしてもそれ相応の威力のものが必要になるだろう。因みに近付くのはおススメしないね。現にドローンが何機かやられているから』
丁寧に長々と現状を報告してくれた。
「お前はそういう破壊兵器みたいなの持ってないの?」
『ない』
即決されてしまった。
『ただ方法がない訳ではない』
マキナが意味深に答えると、もう一機のドローンが飛んできた。
下部にはアタッシュケースが取り付けられている。
「これって、あの漢が持っていたやつか・・・・」
アタッシュケースを受け取り、中身を開く。
黒いスポンジ製のクッション素材が詰め込まれており、三つのエンブレムのような装飾品が嵌っていた。
左から青、白、黒のメタリックカラーで、奇妙な形状をしている。
三つとも同じ窪みが確認できた。
『気を失っていた彼から拝借したよ。まあ、本来君がこれを受け取ることになっているし、貰っても文句は言われないと思うよ』
「まあ、それは別にいいが・・・・・・」
三つのエンブレムを取り出し、アタッシュケースを投げ捨てる。
「なんとかなるのか、こいつで?」
心配なのはそこだ。
少なくとも強化アイテムであることは間違いないが、この状況を打開できる保証はない。
いったいどんな能力を秘めているのか、使ってみなければ分からないということだ。
『一か八か、掛けるしかないね』
もう残された手はこれしかない。
「ユイ、一応何かあった時のために備えてくれないか?」
俺を抱えているというより、抱き着いているユイにそう指示を出す。
「う、うん、分かった」
若干しどろもどろになっているのが気になったが、頷いてくれたのでそれ以上深く考えなかった。