第四十九話 疾走の救出劇
「ホント、これ結構マズイわ・・・・」
チラリと背後に視線を向ける。
横転した車やトラック、バスといった自動車が横転して、橋の上の道路を埋め尽くしている。
この中で今にも爆発する危険性のある車があるのだろう。
正直、どれか分からない。
もしかすると全部かもしれない。
見たところ、何人かは逃げ出せたと思うが、まだ残っている人はいるだろう。
横で倒れている漢のように、動けない状態で気を失っている可能性が高い。
最悪な場合、死んでいることも_____。
そう考えそうになったが、止めた。
とにかく、逃げ遅れた人々を助けて爆発を防ぎつつ、狼男の相手をしなければいけないということだ。
しかも、それを俺一人で。
応援を呼びたいが、生憎そんな余裕はなさそうだ。
獣は完全にこちらを狙っている。
油断していると、手足の一部を引き千切られそうだ。
意識を逸らすことができない。
だが_____。
臭いが更に濃くなっている。
このままだと、ここ一帯が火の海と化してしまう。
最早一刻を争う状況だ。
考えている暇はない。
腹を括るしかない。
そう決めると、
「こうなりゃぁやけくそだ!全部俺が背負ってやる!」
と、狼男目掛けて風魔法で突風を巻き起こした。
狼男の巨体が空中に浮き、後方へ吹き飛ばされる。
その隙に近くでひっくり返っている車に手を添えた。
外部及び内部構造の把握。
漏れた液体の除去。
損傷個所の修復。
可燃性の高い気体及び液体の排出。
・・・・・・
それら全てを一瞬で終わらせた。
「次!」
再度風魔法を発動させ、足元に出現した魔方陣を蹴って加速した。
最初に人命救助を優先したいところだが、その前に火が引火してしまえば元も子もない。
取り敢えず、まずは火元の処理からだ。
目視で数えて、十三台。
一台、二台、三台、・・・・と、順調に処理を行っていった。
が、当然のように邪魔をする者がいる。
七台目の自動車に触れたところで、吹っ飛んでいた狼男が襲い掛かってきたのだ。
何処から取り出したのか、両手には長い槍が握られていた。
「ウソだろっ!?」
唖然としていると、狼男は空高く跳び上がり、槍を振り上げる。
直後、槍の先端が横になっている車の車体を貫通した。
幸いにも処理し終えた後だったので、爆発の心配はなさそうだ。
俺も咄嗟に動いていたので、間一髪槍の魔の手から逃れられた。
が、狼男の攻撃は終わらない。
車体から槍を引っこ抜くと、槍を振り回して再び襲い掛かってきた。
長いリーチのためか回避するのに手間がかかる。
攻撃モーションは大振りだが、距離を縮められないため反撃する隙がない。
「このっ!」
せいぜい風魔法で動きを牽制するしか方法がなかった。
恐らく、ダメージは入っていないだろう。
今はそれでいい。
再び火元の処理へと向かう。
その間に何度も邪魔をされ、中の人も同時に助けるという手段も取るようになった。
時には鎖で車を巻き付けてこちらに投げつけてくることもあった。
無人ならそのまま破壊していたかもしれないが、人がいたのでそういう訳にはいかなかった。
無謀にも正面から突っ込んでフロントガラスを破り、中の人を助けるという荒業をする羽目になる。
そして、残りはバスやトラックを含めた四台の自動車となったところで、非常事態が起きてしまう。
ここにきて、急に体力が限界を迎えようとしていたのだ。
理由は簡単だ。
先程、バスケで死闘を繰り広げてしまったことが原因だろう。
一応、車内で休息は取ったのだが、どうやらそれだけでは満足に回復できなかったようだ。
それでも身体を動かすのを止めない。
目の前に災厄があるのなら、身を粉にしてでも排除しなければならない。
それが、今俺がしなければならないことなのだから。
自身を奮い立たせ、足を引きずりながらも動かしていく。
目の前の大型車は車体が大きいことがあり、構造を把握して処理するのに時間が掛かるだろう。
バスに至っては複数人が乗車しているため、運び出すのに手間が掛かってしまう。
狼男の襲撃もあるから、先程までのように一筋縄ではいかなさそうだ。
それでも_____。
「助け出す!絶対に!」
もうこれ以上、目の前で誰かが死ぬのを見たくない。
傍で悲しんでいる人の姿を見たくない。
嘗ての自分の過去と重なってしまうから。
何もできなかった自分が許せなくなるから。
ここで倒れる訳には、いかない!
トラックの車体に手を触れた、次の瞬間だった。
背後から迫る気配を察知し、咄嗟に振り返る。
見ると、鎖に繋がれた長身の槍がこちらに迫ってきていたのだ。
「くっ」
避ける訳にもいかず、風魔法を発動し、周囲の障害物から巨大な障壁を生成し向かい打つ。
あの槍は元々鎖が変異したもの。
つまり、鎖の魔力と体力を吸収するという効力も健在である可能性が高い。
触れないことがベストだが、今回はそうはいかないだろう。
風魔法で槍の加速を阻害することはできても、錬成で作った障壁は簡単に壊されてしまう。
万が一のことに備える必要がある。
魔方陣から放たれた突風により勢いは弱まったはずだが、案の定障壁は粉々に散ってしまう。
このままでは迫る刃が身体を貫通してしまうだろう。
俺は急いで右足に強化魔法を付与する。
そして、手は車体に添えたまま、勢いよく槍の柄の部を蹴り上げた。
これにより、一応は防御に成功する。
安堵した時だった。
宙を旋回する槍は、瞬く間に鎖の形状へと変化した。
そして、反応する間もなく俺の身体を拘束してしまう。
「なっ!?」
声が漏れた直後、何かに引っ張られる感覚がした。
気付いた時には、狼男の真上にいた。
俺の身体は空中で放物線を描くように地面へと落下していった。
「がはぁっ!」
着地地点は車の上だった。
金属がめり込む音とガラスが割れる音が混ざって聞こえる。
背中を介して衝撃と激痛が走る。
喉の奥から生温かい血反吐を吐き出した。
だが、狼男の攻撃は止まらない。
鎖で繋がれた俺の身体を周囲の車や障害物、地面に何度も何度も叩きつけていく。
その度に激痛が走り、身を撒き散らした。
その間に魔力と体力を奪われているため、身体の弱体化が加速していく。
視界もまともに見ることができず、考える余裕すらなくなってしまった。
それからどれくらい振り回されただろうか、全く覚えていない。
気が付いた時には車の側面に背中を預けて座っていた。
といっても、倒れている状態と何ら変わらないが。
周囲を見渡すと、先程まで修復したはずの車が、再度スクラップにされていた。
車体から煙を上げているものや液が漏れているもの。
いつ爆発してもおかしくなかった。
それを何としてでも食い止めようと立ち上がろうとする。
しかし、指すらピクリとも動かない。
下を向くと、制服が自身の真っ赤な血に染まっていた。
それなのに痛覚が全く感じなくなっていた。
呼吸も薄くなっていき、今にも意識が途絶えそうだ。
ぼやけていく視界で、狼男の姿を探そうとする。
見つけると、そいつはバスの方へと向かおうとしていた。
マズイ、このままだと・・・・・・。
そう思って、必死に意識を保ちながら手足を動かそうとした。
が、全くビクともしない。
抗えば抗う程、益々苦しくなっていく。
ここ、まで・・・・なのか?
バスの中に人がいるのか、ちゃんと確認した訳ではない。
もしいるのなら、俺は助け出さなくてはならない。
例え、腕や足がなくなろうと、救える力がまだあるのなら_____。
「助け・・・・出す・・・・・・・・絶対に・・・・・・助け、出す」
消えていく意識の中で、それでも抗おうとする。
「たす・・・・け・・・・・・・・・・・・」
恐らく、俺は一瞬意識を失っていたのだろう。
だが、すぐに覚醒することができた。
傷も。
血も。
魔力も。
体力も。
それら全てが万全の態勢で回復されていたのだ。
理由はだいたい分かる。
今、目の前にいる少女が助けてくれたのだろう。
「ここにいた人たちはみんな転移させておいたよ」
羽織っているコートの裾を翻しながら、こちらに振り向く。
優しそうな顔をしているが、強く真っ直ぐな目をしていた。
それは張り詰めていた感情を和らげ、不思議と安心させてくれる。
「遅いんだよ、ユイ」
悪態をつくが、自然と笑みが浮かんでいた。




