第四十八話 敵視された怪物
車窓から景色だが、ビルが群がっているように見えた。
殆ど同じ高さの建物が密集しており、時折高層ビルが点々と現れることがある。
それがコンクリートでできた密林のように見えてしまうのは俺だけだろうか。
そんなことを茫然と考えている間、車は着実に目的地に向かっている。
現在、国道を走っている。
視線を前に戻すと、サングラスを掛けた厳つい黒スーツの漢が睨んでいた。
先程、校長室にいた二人とは別人のようだ。
その証拠に肌が褐色でスキンヘッドである。
如何にも黒スーツが似合いそうな容姿だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そんな彼とは学校を出発してから一切会話をしていない。
傍らに意味深なアタッシュケースが置いてあるから何かあると思うが、向こうから話し掛けてくる気配は一切ない。
ただこちらに顔を向けたまま微動だにしない。
この後は戦闘だから緊張感がない訳ではないが、目の前にいろいろ興味深いものがあるため、それに意識が集中してしまう。
もしかして、俺が話し掛けないとダメなのか?
そんなことを考えながら、車窓の外と中で視線が何度も往復していた。
そして、とうとう痺れを切らしてしまい、こちらから話し掛けようとした時だった。
「やはりお前にはこいつを渡せない」
先程まで一切言葉を発しなかった漢が口を開いたのだ。
ただ、それよりも今の発言の意味の方が気になってしまった。
「え、どういうことだ?」
意図が分からず問う。
「そのままの意味だ。お前に与えるには力が大きすぎるということだ」
校長室で散々煽っていた二人とは違い、落ち着いた口調で話す。
その視線はアタッシュケースの方に向けられていた。
「やっぱりそれは俺の・・・・・・」
「ああ、主任から渡すよう頼まれている。戦績でいえば、魔物の討伐数は他の魔術師よりも群を抜いているという理由でな」
「なら・・・・・・」
「だが、それがいずれ我々の脅威となる」
「!?」
漢曰く、俺が協会に不信感を抱いていることに問題があるとことらしい。
度重なる命令違反を犯して勝手な行動をし、魔術師としての業務を放棄している。
口ではあまり言っていないが、行動が魔術協会に対する反乱の兆しを物語っている。
更に戦闘面で実力があることから、これ以上の強化は自分たちの首を絞めかねない。
これは協会に存在する誰もがそう思っているらしい。
「成程な・・・・」
俺は納得して相槌を打つ。
「つまり、そのために上司であるエリの命令に背くということだな?」
「勘違いをするな、あくまで主任の独断に過ぎない。それに彼女よりも上の人間はお前を快く思っていない。我々が優先すべきことは秩序を守ること。それを崩壊する可能性の高い者に力を与える義務はないのだ」
つまり、エリの市部主任という肩書は、実際のところあまり高くないということか。
それにしても、まさか協会そのものから敵視されているとは思いもしなかった。
「本当・・・・あの時と変わらず気に入らねぇ連中だ・・・・」
俺は目前の漢に聞こえない程度の大きさで呟いた。
「まあいいや。渡さないっていうならそれで結構だ。俺はこれだけで十分だ」
そう言って、制服の襟から紐で繋がれている魔道具を取り出して見せた。
「それも危険だな」
その言葉を最後に会話が途絶えた。
外に視線を向けると、車は橋の上を走っており、遠くの方からは海が見える。
青空と海の間は、それぞれの空間を分かつ境界線と作っていた。
同じ青なのに全く違う。
それが何処となく魅力的に感じた。
俺がそんな自然の景色に見惚れていると、着信音が鳴った。
自身のものではない。
前にいる漢のスマホの着信音だ。
「はい、もしもし・・・・・・」
漢は電話に出ると、何度も相槌を打つ。
「何ですって!?」
だから突然大きな声を上げた時は、思わず驚いてしまった。
反射的に漢の方に視線が向く。
いったいどうしたんだ?
疑問に思いながら、ただならぬ様子で電話の相手と会話をしている漢を見る。
すると、途端に褐色の肌が青白く染まった。
スマホが手から滑り落ちる。
「ヤバい・・・・」
間抜けな声を出しながら、後の言葉を続ける。
「魔物が・・・・・・来る」
「え」
理解する前に衝撃が走り、目の前が大きく回り始めた。
何度も天地がひっくり返り、全身の至る所をぶつける。
その間に何度も鈍い音が耳に入っていく。
一定箇所に留まり続けていないためか、まるで宙に浮いているようだ。
その異常な出来事が治まると、俺は両足を上げて倒れていた。
天井だったところに背を預け、情けない態勢で寝そべっている。
薄暗い周囲を見渡すと、いろいろなものがぐちゃぐちゃになって悲惨なものとなっていた。
どうやら、何らかの理由で車が横転してしまったのだろう。
「う・・・・うぅぅ・・・・・・」
どこからか呻き声が聞こえる。
見ると、俺と殆ど同じ態勢で、頭に血を流した漢の姿があった。
そして、その両腕にはアタッシュケースを抱きかかえている。
察するに、あの状況下で咄嗟に身を挺して死守したのだろう。
とにかく、この漢と運転手と一緒に脱出しなければ。
俺はうまい具合に身体を捻らせて、ドアを蹴破ろうとした。
しかし、何度蹴ってもビクともしない。
元々車のドアは簡単に開かないように設計されていることもあるが、それよりも車体が変形してしまったからという理由の方が有力だろう。
それならば_____。
「ヘルメス!」
魔装し、強化された身体能力でドアを勢いよく蹴った。
二、三回程すると、ドアは吹っ飛んだ。
まずは漢の方を車から出そうと、身体を引っ張る。
生身なら結構苦労しただろうが、難なく引きずり出すことに成功した。
そして、目前の悲惨な光景に思わず息を呑んでしまう。
横転していた車は俺が乗っていたものだけではない。
それ愚か、橋の上にある全ての自動車が倒れてしたのだ。
中には車同士で接触しているところも見受けられる。
いったい何が起きている?
訳が分からず、車から出て逃げ出す人々が横を通り過ぎる。
「助けてくれ!化け物だ!」
一人の男性が怯えた声で言っているのが聞こえたので、不意に向かってくる人々の方向に視線を向けようとする。
横転し歪な形となった自動車の群れの中で、異形な姿をした存在が佇んでいた。
グルルルルと低い唸り声を上げており、血に飢えた獣のようだった。
そいつは腕を前に掲げると、手足に巻き付いていた鎖が伸びてきたのだ。
「ヤベッ!」
俺は咄嗟に近場にあった車の残骸で簡易的な障壁を生成し、それらを防ぐ。
方向からして、明らかに背後にいる人たちを狙っているようだった。
「急に現れて急に人を襲うとか、見境ねぇな・・・・」
その性質に関しては、今となっては大して不思議に思わなくなっていた。
こいつらは人を殺すことを快楽に感じる外道。
それ以外の何者でもないのが、魔物である。
「まさか、こういう形でリベンジすることになるとは思いもしなかったけど・・・・」
魔物、もとい狼男は興奮状態になっているようで、いつ襲い掛かってきても可笑しくない。
「これは結構マズイ・・・・かな」
狼男のこともそうだが、鼻をツンと刺激する異臭に危機感を覚えたからである。
ガソリンの臭いがしたからだ。