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第四十三話 責任を負う義務

 引き戸を引くと、騒がしかった教室の声が一斉に静まり返った。

 中に入ると、ひそひそと小声で話す声が聞こえ、無言で軽蔑の眼差しを向けてくる。

 あれから数日経ったとはいえ、俺に対する認識が変化することはなかった。

 まあ予想はしていたが、これが初日だったらどうなっていたことか、考えたくもない。



 俺はそんな冷たい空間に動じず、真っ直ぐ自分の席に歩いた。

 途中、紙屑を投げられたりもしたが、気にせずそのまま椅子に座った。

 頬杖を突き、窓の外の景色を眺める。

 天気予報では、今日は降水確率ゼロパーセントと言っていた。

 その証拠に、雲一つない晴天が広がっている。

 それが少しだけ眩しく見えた。



「・・・・・・」


 チラリと後ろの方を見ると、少しずつ世間話をする声が聞こえ始めていた。

 それでも一際冷たい視線がこちらに向けられていることには変わりない。

 その方角には、数名の女子グループがいて、苦虫を噛み締めるような表情をしている。

 彼女たちは高宮タクミの取り巻きである。

 恐らく、俺とタクミの勝負をするという情報をばら撒いたのもこいつらだ。

 しかも捏造された情報である。

 もしかすると、憎むべき相手はタクミではなく、こいつらなのかもしれない。



 それから俺は視線を逸らすと、チラチラとこちらを見ている存在に気付く。

 ユイだ。

 心配そうな表情を浮かべており、挙動不審な状態になっている。

 なんだか見ているこっちが落ち着かない。



 今朝学校に行くことを決めた俺は、家を出る前にユイに教室では話し掛けないようにと念を押した。

 以前も同じことを言っていたが、特に今は状況が状況なので改めて伝えることにしたのだ。

 最初全く納得してくれず、今日はずっと一緒にいるという始末で、三十分くらい口論になってしまった。


「とにかく今日一日だけ我慢しろ!その後は好きにしていいから!」


 そう言って、強引にでも納得させた_____



 _____が、今のユイの様子から見て、結構危うい気がする。

 これは早々に手を打たなければ。



 しばらくして、引き戸が開く音がした。

 振り向くと、学生鞄とスポーツバックを携えたタクミがいた。

 その表情は曇っており、ある方向を見るやすぐに視線を逸らしていた。

 直後、取り巻きたちが一斉に駆け寄っており話し掛けている。

 それを愛想笑いで返す様子は、どこか違和感を覚えてしまう程不自然だった。



 その様子を眺めていると、タクミは俺の存在に気付いたようで、真っ直ぐこちらに向かってきた。

 俺の目の前に立つと、周囲は再び静かになる。


「何?」


 目だけ見上げて問う。

 タクミは軽蔑するような目はしておらず、真剣な目をしていた。


「前回、君は休んでしまって僕との勝負が出来なかったよね?」

「それがどうした?」


 逆に問いかけるが、なんとなく言いたいことはわかった。

 今では自分もそのつもりだから。


「もう一度僕と勝負してくれないかい?」

「いいぞ」


 直後、周囲が騒めき始めた。

 その中で、ユイやタクミの取り巻きたちも、目を丸くして驚いている。



「時間帯と場所だが・・・・」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 タクミの話を遮り、取り巻きの一人が割り込んできた。


「今更勝負って、何考えてんの?もう決まったことじゃない!こいつが勝負から逃げて、タクミ君が勝った。それで十分じゃない!」


 俺のことを指差しながら、タクミに異議を唱えた。



 チラリと別の場所に視線を向けると、怒りを露わにしたユイが立ち上がっていた。

 それを宥めようとカオルとマルコが両腕を掴んでいる。

 これは流石にマズイ、と思った直後、タクミが異議に対して口を開いた。



「確かにあの時はそうなったね。だけどそれはあくまで不戦勝という形で、実際には勝負していない。だから今度はちゃんと勝負して決着をつけたいんだ」

「で、でも、相手は所詮帰宅部じゃない」

「例え相手が誰でも、真剣勝負ならちゃんと戦いたい。そしてちゃんと勝敗を決めたいと思っている」

「・・・・・・」

「悪いけど、僕はちゃんとけじめをつけておきたいんだ」


 タクミはそう言って宥めると、俺の方に視線を戻した。


「勝負は五限目の体育でいいかい?」

「どうぞお好きに」


 俺は適当に返事をした。

 タクミの横にいる取り巻きの一人は訝しげにこちらを睨んでいた。



 それから時間が経つのはあっという間で、気付けば昼休みになっていた。

 チャイムの音と同時に授業が終わり、大人しく授業を聞いていた生徒たちがガヤガヤと騒ぎ始める。

 鞄から弁当箱を取り出す人もいれば、ダッシュで教室から出て購買に向かう人もいる。

 因みに俺は前者だ。



 蓋を開け、箸でおかずを摘まんでいく。

 普段から一人で食べているから特に抵抗がある訳ではない。

 だからといって、好きでもないが。



 ただ気になるとすれば、軽蔑するような眼差しを向けられていることである。

 特にタクミの取り巻きからは憎悪すら感じていた。

 どうやらこいつらにとって、俺は悪役らしい。



 視線を逸らし、窓の外の景色を見ることにした。

 空は相変わらず青く、雲は一つも漂っていない。

 朝から変化があったとすれば、ヘリコプターが飛んでいることくらいである。

 プロペラが回る音が遠くからでも聞こえてきた。



 俺は外の景色と教室内の様子を見比べる。

 もしかすると、『雲』は全部こちらに集中しているのかもしれない。

 そんな突拍子もないことを考えている内に、昼食を食べ終えた。

 空になった弁当箱を鞄にしまい、机に頬杖を突いて時間が過ぎるのを待つ。

 そして、今このタイミングでは絶対に考えてはならない台詞を心の中で呟いてしまう。


 このまま何事もなく勝負が出来ればいいんだけどなぁ・・・・・・



 直後、教室内にチャイム音が鳴り響いた。


『一年A組、光剣寺ミツキ。至急校長室まで来てください』


 再度チャイム音が鳴ると、教室内にいる殆どの生徒たちの視線がこちらに集中した。

 俺はここで、心中とはいえフラグ発言をしてしまったことに深く悔いることになった。


「これ絶対『あれ』だわ」

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