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第四十四話 信じる者

 校長室は、俺のいる教室のある北館とは別の校舎で、南館の一階にある。

 その間に渡り廊下を通らないといけないことなど、割と距離があった。

 『校長室』と書かれた表札が目に入ると、引き戸の前に立ち止まって軽くノックをした。


「失礼します、一年A組の光剣寺ミツキです」


 無気力な声で発したが、返事がない。


「失礼します」


 違和感はあったが、呼び出したのはそっちなのだから気を遣う必要はないと思い、そのまま引き戸を開けることにした。



 まず目に入ったのが、黒いスーツを着こなした男二人である。

 室内にも拘らずサングラスを掛けており、体格はスーツがムチムチになってしまう程筋肉質である。

 そして何より顔が厳つい。

 ただソファに腰掛けているだけのはずなのに、プレッシャーが凄まじかった。



 そんな漢共とテーブルを挟んで座っている少女はというと、紅茶を優雅に嗜んでいた。

 落ち着いた雰囲気で、上品な佇まいをしている。

 いつも教室で見る姿とは考えられない程の変化だ。



「あら、何をしていらっしゃるの?早く中に入りなさい」

「いや、お前の部屋じゃねぇだろ」


 そう言いつつも、俺は云われるがまま部屋の中に入り、エリの隣に座った。

 この時、向かいに座っていた漢たちの眉がぴくっと反応するのが見えた。


 しょうがねぇだろ、空いてる席がここしかなかったんだから。



「ところで、校長先生はいないのか?」

「校長先生なら、先程席を外してもらいましたわ。それと誰も近付かないようにするよう念を押しています」

「お、おう・・・・そうか」


 調子が狂う。

 普段のギャルみたいな性格で馴染んでしまったためか、今のエリに違和感を覚えてしまう。


 改めて思うことだが、人ってここまで変わることができるんだなぁ。


 教室に戻れば、降ろしている髪も二つに束ねて、綺麗に着こなした制服も派手に着崩して、お嬢様から腹黒ギャルに豹変するのだろう。

 まあ、腹黒なのは今も変わらないが。



「と、とにかくそこまでする理由があるってことはやっぱりまた出たってことなんだな?」

「ええそうですわ。といっても、今までとは少し事情が違いますが・・・・」


 エリがそう答えると、黒スーツの漢の一人が、傍らからタブレット端末を取り出して見せた。

 近付いて見てみると、画面には『ニホンオオカミの霊に会ってみた!』と表記されていた。


「なんじゃこりゃ?」


 唐突に見せられたものに思わず顔を顰めてしまう。


「まあ、内容を見てもらったらわかります」


 エリの言葉が合図なのか、漢は画面を操作して、動画を再生した。



 最初に映し出されたのは、古びたトンネルだった。

 それから画面が移動し、若い青年の顔面がアップで映る。

 緊張感のある口調で自身の名を名乗ると、動画の目的を話し出す。

 どうやら真夜中の封鎖されたトンネルで、ニホンオオカミの幽霊の遠吠えが聞こえるという噂を嗅ぎ付けて、その実態を暴くという内容らしい。

 青年は自身の顔とトンネルを交互に見せながら、薄暗いトンネルの中に入っていった。

 それからしばらくして動画にノイズが入ると、青年の悲鳴と共に画面が右往左往へと移動し始めた。

 ガンッという衝撃音が鳴ると、画面は真横を向いて制止した。

 それから薄らと影が見えると、ポタポタと真っ赤な血が垂れたところで、映像は終了した。



「・・・・・・」


 俺はこの僅か五分弱の映像に目が釘付けになっていた。


「動画は生配信されていましたが、うちの統制係が見つけてすぐに削除しましたわ」


 エリが発した言葉により、俺は我に返り視線を向けた。


「これって、まさか・・・・」

「ええ、間違いなく魔物の仕業でしょうね」


 エリはティーカップを皿に添えると、テーブルに置いた。



「最初は確信がありませんでしたが、そのトンネル付近で行方不明者が続出していることや、先日魔物が出現してからの時期、そして異様な魔力の反応があったことからそう結論付けることになりましたわ」

「成程な・・・・」


 俺は何度も頷きながら感心した。

 毎度情報統制していることだけあって、情報収集が速いな。

 流石協会と言ったところか。



「・・・・ちょっと待て、二つ目の内容だけおかしくねぇか?先日の魔物って、狼男みたいな奴のことだろ?それならお前が倒したはずじゃねぇか」


 すると、エリは顔を顰めた。

 まるで触れてほしくないことを指摘されてしまった時の反応だ。


「ええ、確かにあの時倒しましたわ。ちゃんと消滅するところも確認していますし、間違いありません」


 「ただ・・・・」と、言い掛けたところで言葉を濁し始める。

 そして、意を決したように発言を続けた。


「実は他にもいたのですわ。確認できて二体。恐らくこの動画に映っているトンネルを隠れ家にして」


 説明し終えると、エリは深い溜息を吐き出した。



「成程な」


 確かにその方が、説明がつく。

 被害もあの魔物一体の仕業にしては、規模が大きすぎる。

 複数体で行動していた方が、辻褄が合うということか。

 そして、逃げた二体の魔物は今もそのトンネルで人を襲っている。



「・・・・・・」


 まさか俺が自棄になっている間、そんなことになっていたとは思いもしなかった。

 あの時、現場にいた魔術師たちを咎める気はない。

 寧ろ人命救助を優先していたのだから、責任を問うのは間違っていると思う。

 だからといって、面と向かって言う気はないが。



「要するに、今回の仕事ってのはその逃げた魔物の討伐ってことか?」

「ええ、そういうことですわ。一応トンネル周辺は封鎖していますし、警備も付けています」


 取り敢えず、面白半分で近付こうとする連中に関しては大丈夫ということか・・・・・・いや、それでも安心できない。

 あの手の連中は警備の目を盗んででも侵入してくるから、早いうちに手を打っておかないと被害者が増えてしまう。

 動画の削除や封鎖といった行為は噂を煽っているのと同じだからだ。



「それで作戦決行はいつなんだ?」

「この後です」

「そうか、それなら・・・・・・ん?」


 聞き間違いだったか、俺はもう一度聞いてみることにした。

 が、返答は同じでこの後すぐと言っていた。


「ちょ、ちょっと待てよ。まさか今からこの場所に行くってのか?」


 思わず立ち上がると、俺は異議を唱えた。


「ええ、少なくともわたくしはそのつもりです」

「確かに長いこと放っておく訳にはいかねぇけどよ。放課後とかじゃダメなのか?」

「上はあまり時間を掛けたくないのですよ。長引けば長引くほど、情報が拡散する危険性がありますからね」


 「決定事項ですから」と、言って強引に納得させられてしまった。



 俺はソファに座り、一旦冷静になってから言葉を発した。


「それって、強制参加なのか?」

「状況によりますが、今参加できる人だけを招集しています。因みに現段階で作戦の参加者はわたくし一人だけです」

「・・・・・・」


 それからしばらく考えてから、俺は要求に対する返事をした。


「わかった、作戦には参加する。だけど今すぐって訳にはいかねぇ、先約がいるからな。その用事が終わったら合流する」


 答えると、エリは「わかりましたわ」と了承してくれた。

 しかし、それを納得してくれない奴がいたのだ。



「ちょっと待て、その先約というのは作戦よりも優先するべきことなのか?」


 俺が立ち上がろうとした時、黒スーツの漢の一人が話し掛けてきた。


「それについても詳しく聞かせてもらいたい」


 続いてもう一人の漢も口を開き始める。


「何が言いたい?」


 俺は浮かせた腰を下ろし、話を聞くことにした。



「今回の作戦は魔物討伐、人を殺す生物の駆除だ。放っておけば多くの死人が出る。君はそれを理解しているのか?」

「もちろん、十分に理解しているつもりだ」

「なら、そいつらと戦うことよりも重要な事情があるというのだな?」

「まあな。作戦自体は急いで参加する必要性がないと感じたからだ」

「ふざけているのか!」


 漢はバンッとテーブルを叩き、怒りを露わにした。


「貴様は魔術師としての自覚はあるのか!多勢のために命を捧げる義務はないのか!」

「所詮貴様の私情など、優先する価値などない!黙って協会の意向に従っていればいいのだ!」


 まるで話が違っていた。

 強制ではないと言っておきながら、全くのウソだった。

 それどころか、俺の意思など尊重する気などないと言っている。

 本当、どこまでも横暴だな。



 俺は自分の意思を曲げる気はなかった。

 それに作戦に参加しないとは言っていないのに、何が不満なのか理解できなかった。

 取り敢えず、こいつらの怒りを宥めつつ、妥協する気はないことを伝えよう。

 そう思った時だった。



「ちょっと宜しいですか?」


 罵声に割って入ったのはエリだった。

 これにより怒りを露わにしていた漢たちは一旦冷静になる。


「な、何でしょうか?主任」


 若干落ち着きのない口調で話し出す。


「いえまあ、今のあなたたちの発言が少々気になりましてねぇ。まるで彼の人権を否定するような発言をしているような気がしまして、それについてはどのような考えをお持ちで?」


 エリは表情を一切変えず、淡々と質問した。

 すると、漢の一人が不敵な笑みを浮かべて話し始めた。


「何を言っているのですか?この穀潰しにそんなものが存在する訳ないじゃないですか。そもそも、命令を利かず独断行動ばかりしている問題児ですよ。そんな奴に選ぶ権利があるとでも?」


 隣に座っている漢も頷いて、同意見であることをアピールしている。



 成程、こいつらは俺のことをそんな風に思っていたのか。

 いや、もしかすると魔術協会のほとんどの人間がそう思っているのかもれない。



「過去に大量の魔物を殲滅したことがあるらしいですし、精々それくらいの仕事をしている方がお似合いでしょう」


 そう言って俺を見下すような目を向けてきた。

 悪びれる様子もないから、本当に質が悪い。



「成程、あなたたちの言い分はわかりました」


 エリはそんな漢たちの態度を見て、尚も冷静に話を聞いていた。

 が、この後の発言から様子が変わった。


「あなたたち、人を何だと思っているのですか?」

「「え?」」


 直後、二人の口から間抜けな声が漏れた。

 サングラスでわからないが、恐らく目は丸くなっているだろう。

 エリはそんな二人を気にせず、話を続けた。


「確かに彼は命令を利かず、勝手な行動ばかりする問題児です。しかし、それでも結果は出しています。魔物討伐という任務を全うしているのがその証拠です」


 「そして何より」と言いながら俺の方に視線を向けると、再度前の二人を睨みつけた。


「彼は魔術師である以前に一般の高校生です。彼にだって私生活がありますし、平穏な学校生活を送る義務はあるはずです。そんな彼を無理やり戦いの場に赴かせること自体間違っているのではないでしょうか?」


 彼女の熱弁が終わると、漢二人は狼狽えていた。

 ぐうの音も出ない程の正論を突き付けられて、言葉が詰まっているようだ。


「わかったのなら今すぐ立ち去り車の用意をしなさい」


 そして、漢二人は云われるがまま、校長室から出ていった。



 引き戸が完全に閉まる音が聞こえた後、エリは気が抜けたように背凭れに寄り掛かった。


「あーもー、何であんたの弁護をしないといけないのよ」


 いつもの砕けた口調に戻り、俺に対する愚痴を溢す。


「じゃあ、庇わなくてもよかったじゃねぇか。何であんなことしたんだよ?」


 聞くと、エリは溜息を吐いて答えた。


「別に、あいつらの態度が気に食わなかっただけ。あんたのことなんかマジで嫌いだし、どうなろうが知ったこっちゃないって、いつも考えているわ」


 要するに以前屋上に呼び出した時と考えは変わっていないということだ。

 しかし、面と向かって『嫌い』と言われるのは割と傷付くものだな。



「でもまあ、あたしが『嫌い』でもあんたのことを『好き』って思ってくれる人もいるみたいだし、その意思を尊重してあげたってだけかな・・・・」

「それってどういう・・・・」

「とにかく、一応参加はするってことよね?車は手配しておくから、用が済んだら来なさいよ」


 「それと・・・・」と言い、エリは顔を近づける。


「やるって決めたんだったら絶対に勝ちなさいよ。負けて来たらホント承知しないから」


 そう言い残すと、そのまま校長室を出て行ってしまった。



 しばらくの間、俺は校長室の戸を茫然と眺めていた。

 そして、不意に言葉が漏れる。


「何なんだ、あいつ?」


  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「ホント何なんだろうな、あたし」


 渡り廊下の道中で発した一声である。

 周囲を見回すと、人の姿はなかった。


「どうやら行ったみたいね」


 エリはボディガード二人がいなくなったことを確認すると、柱に隠れている人物に話し掛けた。


「もう出てきてもいいわよ。とっくにバレてるから」


 柱の陰から小さな声が漏れると、ひょっこりと一人の少女が姿を現した。


「ごめんなさい。どうしても気になってしまって・・・・・・」


 ユイは深々と頭を下げて謝罪してきた。



「別にお互い様よ。あたしだってこの前、あんたが高宮を盛大に振っているところを訊く耳立ててたし」


 そう答えると、ユイはゆっくり顔だけを上げて、覗き込むような視線を向けてきた。


「あの・・・・それどこから・・・・・・」

「高宮の『君のことが好きだ』からあんたの『もう一生関わらないで』まで」

「それって、つまり・・・・・・」


 ユイの顔はみるみる真っ赤になり、最後には手で顔を覆って悶え始めていた。


「絶対に言わないでくださいよ」


 籠った彼女の言葉を聞いて、脳裏にあの時の記憶が過る。

 それから自然とニヤけが治まらなくなった。


「まあ、そういうことは本人の口から言った方がいいよね」

「だからそういう意味で言ったんじゃなかったの!」


 いまいち会話になっていないように見えるが、お互いの認識は同じだろう。

 ユイは「最悪だ」と呟いて、恥ずかしさと後悔に項垂れてしまった。



 エリはそんな状態の彼女を放置して、車が待機している場所に歩を進めようとした。


「ま、待って!」


 反応して振り向くと、ユイは何度も咳払いをして落ち着きを取り戻そうとしていた。


「わたしも連れて行って」

「!?」


 エリは少し驚いてしまった。

 といっても、全く予想していなかった訳ではない。

 盗み聞きをしたユイのその後の行動は、勝負を観戦してミツキを応援するか、自分と一緒に魔物討伐に参加するかの二択だと想定していた。

 しかし、選択肢としては前者の方を選ぶのではないかと思い込んでいた。


「驚いたわ・・・・まさか作戦に参加する方を選ぶなんて・・・・・・、あんたはそれでいいの?」


 エリは後者の選択肢を選んだ彼女に問う。


「確かにミツキのことが心配だよ。だから傍にいて応援したいって気持ちもあるし、寧ろそうしたい」

「ならどうして?」

「信じたいからよ、必ず勝つって。わたしが心配しなくても上手くいくって証明してほしいから。だからそうしようって考えたわ」


 ユイの目は迷いがない訳ではないが、それでも真っ直ぐな目になろうとしていた。


「それと、ミツキにもわたしのことを信じてほしいっていうのもあるかな」


 前回狼男の魔物との戦闘に参加できなかったことを悔いての発言らしい。


「だから、わたしも一緒に戦わせてください。お願いします」


 ユイは背中をくの字に曲げ、再度作戦参加を懇願してきた。



「・・・・・・」


 即答は出来なかった。

 しかし、少しの間を空けて考えをまとめると、笑顔を作って声を発した。


「わかったわ。作戦の参加を許可します」


 協会や家の人、社交の場での口調で話し始める。


「ただし、作戦参加には協会の魔術師であることが原則なので、あなたには協会の一員になってもらうことになりますが、宜しいですか?」


 そう聞くと、ユイは迷うことなく強く頷いた。

 その意志を尊重するため、エリは手を差し伸べて歓迎した。


「ようこそ、魔術協会へ。わたくしは魔術協会未来市部最高主任早乙女エリと申します。以後お見知りおきを」

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