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今世 16




エリックとの再会(一方的な連れ去り)は、かなり驚く出来事になったけど、あれ以降は依頼主の館に滞在して患者を癒す、いつもと同じ日々を過ごしている。


違うのは、癒しの間に観光するいつもなら知らない街が、前世で知っていた街だという事。

フロース祭の真最中だという事。

知り合い、というより友人といえる間柄になった子たちに会いに行く(お昼を食べに行く)という事。


そんな楽しい日々を送っているけれど、


……また感じる。


エリックを怒鳴りつけた日から毎日、それまでと同じに感じる視線。

お祭りを楽しんでいる時や、懐かしい場所を歩いている時、ユアのお店への行き帰りなど、外を歩いていると短い間だけどたしかに感じる。


視線の先に目を向けると救われない顔をしたエリックがいて、一秒、二秒と目が合う。

それから私の感情が顔に出る前に、ふっと消えるのだ。


そんな事を二度ほど繰り返すと、私はもう視線の先に目を向ける事をしなくなった。

私が見なくなったといっても、エリックは変わらないようで、相変わらず視線を感じているのだけれど。


いいかげんにしてほしい。

私は新しい人生で楽しく過ごし、今度こそ幸せになりたいのだ。

こんな気分のままでは心から楽しめない。


そもそも前世私が死んだのは馬車の事故で、エリックのせいじゃない。なんであんなに自分のせいだと言い張るのだろう。

言うのは勝手だけど、償いなんて私は望んでいない。償いたいという相手が望んでないものを強要するなんて間違っていると思う!


だいたいあの時、魔法を扱う仲間を得て楽しくやっていたのではなかったの?

今では大陸で唯一の大魔導師なんていう地位にまで上りつめて幸せにやっているのではないの?

今更二百年も前の古い知り合いにこだわる訳が分からない。


そんな風に憤っているけれど…。

遠い昔、恋人だと思っていた人のあんな表情は、短くはなかった付き合いで後悔と苦痛が見えて…、やっぱり困惑してしまう。


深くため息をつく。

色々考えたり思ったりしていても、それこそ今更な事で、私に何かできるとは思えないわ。




「何かあった?」


思い悩んで過ごしていたある日。

いつものようにお昼ご飯を食べに行った私に、ユアが聞いてきた。


あら。私、周りにわかるほどになっていたのかしら。

でもそうね…。

どうしていいかわからないこういう時は、誰かの知恵を借りるのもいいかもしれない。

それが違う世界の人なら、私では考えつかなかった事を教えてくれるかも。


ユアに誘われて、自宅兼お店の東側に広がるリンゴ林に行く。

ルークと、ラックまでついてきて、少し離れたところで何故かリンゴの木の手入れを始めた。


静かで澄んだ空気。

小鳥の鳴き声と木々を渡る風の音だけが聞こえる。


なんだか久しぶりに落ち着いた気分になったわ……。


「ユアの元いた国ではこういう時ってどんな考え方をするの?」


私は頭の中で考えをまとめると率直に話し出した。

二百年前の知り合いが、私を傷つけた事。

私は馬車の事故で死んだのだけど、その人はその時に私を引き留めておけば死なせずにすんだと後悔している事。

私はその人に失恋をして、その時すっきり気持ちを切り替えたし、前世の事は自分の中ではすっかり終わっている事。

生まれ変わって今は楽しく幸せに生きているから、そんな風に思われていてもどうしていいかわからない事を話した。


黙って聞いていたユアは開口一番


「ていうか!二百年って何?!」


驚いた方向に吹き出してしまった。


「そっち?ユアったら!深刻に悩んでいるのに笑っちゃったじゃない!」


その人は大陸で唯一の大魔導師と言われている事、魔法使いはその魔力に応じて寿命が長くなるらしいという事も追加して話す。


「私も多分そうだと思うわ」


ユアは無言で私を見ている。


「いきなりこんな事を言われても困るわよね。ごめんなさい。忘れて」


私は笑いながら言った。

ユアはちょっと考えるような間をおいて、思い出すようにゆっくりと話し出した。


「私には経験がないから、それがどんなものかわからないけど。元の世界で読んだ本に、人生で一番辛い事は自分を責めながら生きる事だって書いてあったのを思い出したよ。それが本当なら、その人、二百年も辛かったね」


―――え?


エリックの、あの、救われない顔を思い出す。

すまなかったと、償いたいと言った、悲痛な声を思い出す。


エリックはずっと辛いの?

二百年もの間、自分を責め続けているの?

エリックのせいではないのに、あの時の事を後悔しているの?

私は今、幸せに生きているのに。エリックは過去に捕らわれたままなの?

色々と思い浮かべて、妙に腑に落ちた。


「そう…。そういう風に考えた事はなかったわ。 

そうね…。ありがとう、ユアに話してよかった」


まだ少し考えなければならないけれど、どうすればいいかわかったような気がする。

ユアにお礼を言った私は、たぶん心から笑顔になれていた。




この日の夜、ルークにも私が二百年前の生まれ変わりで、前世の記憶も持っている事を告げた。

あの視線の持ち主が二百年前の知り合いで、私が失恋した相手だという事も隠さず話した。


何故、今になってあんな視線を向けてくるのかわからないけれど、ユアと話した内容も話しながら、一度ちゃんと会って決着をつけると言うと、黙って聞いていたルークは


「ジェニファーに感じていた、年齢に合わない落ち着いた違和感はそういう事だったのですね…」


妙に納得した低い声でつぶやいた。それから


「一人で会いに行きますか?」


と心配そうに言う。


「この前みたいに一人で飛ばされたらそうなるわね。どういう形で話す事になるのかわからないけど、とにかく話せそうなら話してくる。

エリックなら危険な事はないわ。…少なくとも二百年前は乱暴な人じゃなかった」


そう言っても心配は心配よね。

ルークは複雑な顔をして頷いた。




次の日、視線を感じてエリックを見返す。


『エリック』


声を出さずに名前を呼ぶと、再会した時のようにふらっと目の前が揺らいだ。

一瞬後には、前に通された、豪華だけど淋しい部屋にいた。


「エリック」


誰もいない部屋に、今度は声を出して呼びかけると、ふっとエリックが現れた。

少し離れた場所に立っていて、視線を床に落としている。


「エリック」


呼びかけると、エリックはノロノロと視線を上げて、でもそれは私の口元辺りで止まった。


「あなたを許します」


瞬間。


バッと顔を上げたエリックと目が合う。


「あなたを許します」


目を合わせたまま、もう一度繰り返す。


「あ…、あぁ……」


エリックの瞳から大粒の涙が溢れる。


「ジェシカ!ジェシカ! ごめん!ごめん!」


ただ苦しそうに、そう繰り返す。


この人は…。

なんでこんなにも苦しんでいるのだろう。


今世では人生にかかわる人とは思っていなかったし、これ以降かかわっていくとも思っていなかった。

だけど、あまりにも切ない嗚咽に、ついもっと楽になってほしいと思ってしまった。


「エリック。償いたいというのなら、今後私が困った時にあなたの魔法で助けてくれる?」


「かな、らず…っ」


エリックは涙を止めて、誓うように言った。




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