今世 15
積もったらいいとは言ったけど、ここまでは望んでいなかったわ…。
この年は記録的な豪雪になって、春先まで馬車の移動ができなかった。
私たちは急いでないし、小さな町にしばらく留まった。
雪が溶けてから、またゆっくりと旅を始める。
フロース際まではまだ一月くらいあるから、残りの道程なら間に合うわ。
それより気になるのが、王都に近づくにつれ胸が騒めきだした事。
体調も悪くないし、理由は特に思い浮かばない。
何となく落ち着かない日々を過ごす。
フロース際が楽しみな高揚感とは違うような…。
釈然としないまま王都入りした。
王都は、明日からのフロース際の飾り付けで賑やかだった。王都中が浮かれていて楽しい空気に満ちている。
二百年ぶりね……。
街中美しく飾り付けがされていて、二百年前の街並みとは違って見える。
懐かしさは半減したけれど、お祭りのわくわく感の方が残念な気持ちより上回った。
こんなにぎりぎりにやってきては、街の宿屋はどこも満室だろう。
でも私たちは宿屋には泊まらないから大丈夫。
リーリウム領主からの紹介状があるから、これから向かう貴族の館に滞在する予定だ。
ちゃっかりしているようだけど、そんな下心の分、求められる以上の仕事をしようと思う。
向かった先の館で、いつも通り門衛に紹介状を渡すと、案内に現れた家令に主の部屋に通された。
館の主様から、産後体調を崩した奥様の癒しと回復の依頼をされる。長期になると思われるので、奥様が回復するまで館に留まってほしい、という事になった。
「さぁ、フロース祭の初日だよ。楽しんでおいで」
翌朝、今日の分の仕事を終わらせると、食事の後に主様から笑顔で送り出される。
昨日と今日だけでだいぶ顔色が良くなった奥様に、主様はとても喜ばれていた。
フロース祭初日のパレードは特に盛大だそうで、せっかくだからと見に行く。
「覚悟はしていたけど、すごい人ね!」
「私もこんなに大勢の人を見たのは初めてです」
隣で話していても、大声を出さないとよく聞き取れないくらい賑やかだ。
王都の一番のメイン通りでパレードを待っていると、何となく視線を感じた。
いつもフードはかぶっているけれど、不躾な視線というものを感じる事はある。
そういうものとは違う、意思を感じる視線というか…。
私の背を守るようにしているルークの腕にもわずかに力が入った。
「感じる?」
「はい」
「どこかしら?」
「……こう人が多いと特定できませんが……」
楽隊の音が大きくなってきた。
パレードが近づいてきて、みんなの意識がそっちに向かう。私も一瞬意識をそらした。
と、ふいにその視線はなくなった。
「なんだったのかしら?」
「………」
私たちは昨日王都に着いたばかりだし、宿屋には泊まらず依頼主の貴族の館に滞在している。
冒険者ギルドにもまだ顔を出してないし、知り合いはいない筈だ。
……考えても分からないものはしょうがない、せっかくのフロース祭だもの、まずは楽しみましょう!
パレードは少し離れた場所からだったけどしっかり見られたし、その後は冒険者ギルドで聞いてユアたちの自宅兼お店に向かった。
賑わう店内に入ると、すぐにアシュリーが気づいてくれて再会を喜び合う。
ユアにも顔を見せると、とても喜んでくれて「また後でね!ゆっくりしていって!」と名残惜しそうに仕事に戻っていった。
私も久しぶりに話したかったので、ランチの時間が終わるまで居座って、仕事上がりのユアたちと久しぶりに楽しい時間を過ごした。
ユアの作る料理はとても美味しくて、おしゃべりする楽しさも相まって、それからほぼ毎日通う事になった。
それからの日々も、奥様の癒しと回復を祈る。フロース祭を楽しんだり、二百年前を思い出しながら懐かしい場所も巡ったりもする。
フロース際初日に感じたあの視線だけど、あれからも毎日続いている。
最初はほんの数分だったけれど、それが少しずつ長くなっているようで気味が悪い。
それが一週間ほど続いた頃、視線の正体がわかった。
なんの前置きもなく、ふらっと目の前が揺れたと思ったら、一瞬の後、私は広い部屋の中に立っていた。
ルークは…、いないわね。
私は周りを観察する。高級な家具が配されているのに淋しい部屋だわ…。
「私をここに連れてきたのは、誰?」
誰もいない部屋に問いかけた。
誰?と問いかけたけど、私はある予想をしていた。
だって、この空気感を知っている。
「用がないなら帰してくれる?」
部屋の中に、ふっと一人の男性が現れた。
「久しぶりね。二百年は久しぶりというには永すぎるけど」
「ジェシカ……。本当に、ジェシカだ……」
「今の私はジェニファーよ」
「うん。どちらでも。君は君だ」
二百年前と変わらない姿の、エリックだった。
魔法使いは、その魔力に応じて長命になると聞いたことがあった。全盛期の姿のままを留めるとも。
この大国には大陸で唯一、大魔導師と呼ばれる魔法使いがいる。その人は二百年を生きていると、おとぎ話のように伝えられていた。
私は子供の頃にそれを聞いて、それがエリックだとわかっていた。
だけど生涯かかわる事はないと思っていたのに…、今更私に何の用なのかしら?
「それで、何の用?ただ懐かしさだけなら帰してくれる?急にいなくなって連れが心配しているわ」
「あぁ、急にすまなかった」
「確認だけど、ここのところの視線の相手ってあなたで合ってる?」
「あぁ。すまない」
違和感を覚える。
二百年前、エリックはこんな風だったかしら?
他の人とは知らないけれど、私と話していて、エリックはこんなにオドオドというかビクビクしてはいなかった。
何をそんなに…、恐れてじゃないわね。
一番近いのは…、罪悪感?
孤児院にいる時に度々見かけた、失敗をしてシスターの前にいる子供たちの姿と重なる。
「そんなに謝らなくてもいいわよ。とりあえず帰してくれる?話したい事があるなら、また別の日に改めて時間を作るから」
「……その、連れというのが気になるのか」
「それはそうよ。急にいなくなったら心配するでしょう?」
「少しだけ。……これだけは言わせてくれ」
「なに?」
エリックはそれまで以上に悲痛な顔になった。
「あの時はすまなかった。ジェシカを死なせたのは俺のせいだ。ずっと後悔していた。本当に…、すまなかった」
ええぇぇ?! 今更?
二百年もたってるし…。それに
「あれは事故だったわよ? あなたのせいじゃないわ」
「いや、俺があの時…、会いに来てくれたジェシカとちゃんと話していれば、事故に遭わないですんだんだ」
それはそうかもしれないけど。
だけど本当に今更だわ。
「二百年も前の事よ。私は今を生きているし、そんな風に思わなくていいわ」
「そんな訳にいかない。 ……どうか償わせてくれ」
ええぇぇ…。
めんどくさい。
それから、必要ない、いや償わせてくれと不毛な時間を過ごし、腹が立ってきた私は怒鳴ってしまった。
「償うというなら、今すぐ私を元の場所に戻して!それから償いを押しつけないで!私は必要ないって言ってるでしょ!!」
一瞬。
ぶれる視界に泣きそうに歪んだエリックの顔が見えたけど、気が付くと私は元の場所に立っていた。
ルーク!
突然私がいなくなって、とても心配している。
私は周りを見回すと、探しに動いた方がいいか、ここで見つけてくれるのを待った方がいいか考えて、留まる事にした。
きっと私がルークを見つけるより、ルークが私を見つける方が早い。
ほどなく息を切らせたルークが駆け寄ってきた。
「ジェニファー!」
「ルー…」
強く抱きしめられる。
わぁ!こんなに人の多い場所で!
「無事ですか?どこも傷つけられていませんか?」
「えぇ、大丈夫よ。ごめんなさい、心配をかけて」
「あなたが無事ならいいんです。……戻ってきて本当によかった」
「本当に。ルークのもとに戻れてよかった」
無事の再会、というには短い時間だったろうけど、こんな風に離れた事は一緒に過ごしだした日から初めてだった。
それは改めて、お互いが大切な存在になっていると実感できる出来事になった。




