神田麗華
昼休みになって僕はさっき渡された封筒を開けた。中には女子らしくない力強い字でこう書いてあった。
「こんにちは、榊麗也くん。神田麗華です。あなたは多分私のことを知らないでしょう。でも私はよく知っています。知らない人が自分のことを知っているのってなかなか不気味でしょう。だから一度会いましょう。今日の放課後、『しゃす』」で待ってます。」
なんだこれ、尋常じゃないだろ。このご時世、わざわざ手紙を書くのも異常だし、この文章なんだよ。こちらのことなんか
なにも考えてない。
こいつには関わっちゃいけない。僕は本能的にそう思った。その時、封筒にもう一枚紙が入っているのに気がついた。
「追伸
絶対に来てね。一人で来ないと許さないから。」
それを読んだ僕はニヤッと笑った。なるほどな。僕は彼女、神田麗華に会おう。そう決心した。
そのあと、僕は昨日と同じように購買に行った。あのメロンパンまたしてもひとつだけ残っていた。
今度こそ!
僕は手を伸ばした。
「麗也くぅん。ちょっといいかなぁ。」
担任の滝先生が話しかけてきのだ。反射的に僕は振り向こうとしたためバランスを崩し転びそうになった。
「大丈夫?ごめんねぇ急に話しかけちゃって。」
「まぁ……なんとか。」
「急なんだけど、英語のスピーチ大会に興味ない?」
「興味ないです。」
僕は嘘をついた。
「えぇーだって麗也くぅん英語上手じゃんきっと入賞できるよ。」
「そんなことはどうでもいいんです。英語なんて一番役に立たない教科ですから。」
これは本心だった。
滝先生の顔が歪んだのがわかった僕は、すぐにその場を立ち去った。
案の定メロンパンは無くなっていた。どう考えてもおかしい。明らかに誰かが僕の邪魔をしている。そんなことを考えながら階段を上がっていると、あの匂いが僕をまた包んだ。あいつがここを通った何よりの証拠だった。あいつ、なにがしたいんだ?つい最近まで彼女だったのに美伶のことがわからなくなっていた。
学校が終わった後、僕は急いで『しゃす』を目指す。あの二宮金次郎は僕のことを訝しげな目で見ていたのは気にしないことにした。
『しゃす』に入るとまたしても錆びた鐘の音がした。得体の知れない罪悪感僕を襲う。当たりを見渡すと同じ制服を着た女子生徒の背中が見つかった。入り口から一番遠いあの席、美伶と同じ席に座っていた。
彼女は小柄で中学生と言っても疑われない様子だった。
「あの……こんにちは。」
僕はどぎまぎしながら挨拶をすると彼女はすっと立ち上がってペコリと頭を下げた。
こうしてみるとかなり身長が低い、10センチ以上差があるように思える。
「こんにちは、神田麗華です。」
ふわっと甘い匂いが広がった。この匂いには覚えがあったが黙っておいた。
麗華は僕に座るように促した後、ウエイターを呼んだ。麗華はロイヤルミルクティー、僕はコーヒーを頼んだ。
「で、なんの用かな?」
「不思議ね。」
僕が無表情で言われたその言葉を真意を分かりかねていると麗華が捕捉の説明をしだした。
「だってそうでしょう。あんな変な手紙に誘われてくるなんて普通じゃないもの。」
確かにそうだ、尋常じゃなかった。それでも僕は……
「それでもあなたはここに来た。私に考えられる理由は三つしかなかったのよ。
一つ目はあなたがあの手紙に違和感をもたないくらい馬鹿だった。でも、それはあり得ない。二つ目は私のことを知っていた。でも、それもあり得ない。だってもし私のことを知っていたらあんなたどたどしい挨拶はしないはずでしょ。そして三つ目、この追伸のせい。」
そう言うと麗華は一枚の紙を差し出してきた。僕はヒヤリとした。それは、あの封筒に入っていたのと同じものだった。