榊栞2
結局僕はソーセージパンを買って教室に戻った。中にはメロンパンを譲ってくれる後輩もいたが流石に断った。席に着くとすみれがじっと見つめてさっと目線を外した。話しかけろ、という意味らしかった。
「えっとーすみれ、昨日はごめん。」
「まったくもう、サボるなんて。次は許さないよ。」
「はい、もうしません」
「で、話は変わるけどさ『空を仰いで』って映画知ってる。」
まさかそのタイトルが出てくるとは思わなかった。
「知ってるよ。『流川あすみ』のやつだよね。」
「そうそう!いやー知っている人がいてよかったよ。でさ一緒に見に行かない?」
「まじか、すみれと行くの……」
「なに、何か不満?」
殺気を感じ取った僕はブルっと震えてしまった。
「いや嬉しいです。行きたいです。」
「そう、それはよかった。」
さっきのが嘘のようにパッと笑った。
『流川あすみ』はだいぶ前に名を轟かせた作家である。しかしくせのある作風で一般受けせず、落ち込んでいったがこの「空を仰いで」は今なお色あせずにいる。それがついに今年映画化されるのである。
「じゃー今週の土曜日でいい?」
「OK、多分大丈夫。」
「あのさ……」
言いかけたところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。仕方なく僕は英語の支度をした。
ハッハッと息をしながら陸上部が僕の隣を走り抜ける。部活に入ってない僕は掃除をしっかりしたのちまっすぐ帰路に着いた。誰かの視線を感じたがいつものことだったので気にせず家の中に入った。
「ただいま」
「おかえりー」
昨日の疑念を感じさせないような明るい声で迎えてくれた。よかった、なにもないらしい。
しかし、その幻想はすぐに打ち砕かれることになった。
「ごめんね、ちょっと出かけなくちゃいけなくなって、留守番頼むね。」
「どこに行くの?」
出来る限り穏やかな口調で言った。
「えっと……友達が……課題をわすれててそれで、写させてほしいって連絡がきたから。」
演技が下手なのは姉も同じだ。それ以上言えることがなかったので僕はわかったと言って姉を見送った。
自分の部屋に行くと気を紛らわすために数学のワークを開いた。今やっているのは二次関数で僕の好きな単元だ。いつもなら集中して時間を忘れるのに今日ばかりはそうはいかなかった。どうしても、家を出る栞、姉の姿が忘れられなかった。普段は着ない黒のワンピースを着て、化粧をしっかりして、香水をつけていた。
「なんでだよ、姉さん。」
何故か「栞」と呼ぶことができなかった。その日、姉は帰って来なかった。
金曜日の朝、母は帰ってきていたようだが、またどこかへ行ってしまったようだ。スマホを確認すると
「仕事がひと段落したのでアメリカに行ってお父さんに会ってきます。お土産買ってくるから期待してね。」
体の毒素を一気に排出するようなため息をした後、リュックを背負って家を出た。
外はやけに寒くて槍が刺さるようにチクチクと痛んだ。
歩いている途中に枯れ果てた葉っぱが頭に落ちてきた。綺麗だった緑がこんな茶色っぽくなるのは盛者必衰を示してくるようで怖くなった。
教室に着くと芽衣が教室に入ってきた。芽衣は3組でクラスが違うのだ。
「どうした、俺のところにわざわざ来て?」
「うるさい、誰があんたのところに好きこのんで行くか。」
僕もできれば来て欲しくないんだよ。
「友達が麗也に渡して欲しいものがあるからって来たの。」
芽衣はポケットから可愛らしい封筒を僕に差し出した。
それを受け取ると芽衣は入り口に吸い寄せられるように消えていった。
芽衣って友達に優しいんだな。独り言のように呟くと貰った封筒をポケットにしまった。
ガラガラとドアが開いて滝先生が入ってくる。
「みんなぁ座ってぇー」
先生の声がやけに鼻についた。




