榊麗也7
自分のしたいことがわからない。自分のことを麗華の方が理解していた。だったら僕が僕である意味、僕の存在意義は——ない。
自分で答えを出したくせに僕はそれを受け入れられない。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ——」
戦友を無くした兵士のように家で泣き叫んだ。そんなことをしても解決しないことはわかっている。それでも叫ばずにはいられなかった。案の定その空虚な声は誰にも届かずに消えた。
目を閉じて、寝っ転がって、布団をかぶると、今までの経験が鮮明にまぶたに映し出された。
小学生の時の頃初めて女子と付き合ったこと。喧嘩したこと。別れたこと。慰められたこと。自分の気持ちがいとも簡単に変わること。遊んだこと。交わったこと。
充実した毎日だった。それを麗華は、壊した。完膚なきまでに。するとまぶたには麗華が映った。
『自業自得よ、麗也くん。』
『自業自得よ、麗也くん。』 『自業自得よ、麗也くん。』 『自業自得よ、麗也くん。』 『自業自得よ、麗也くん。』 『自業自得よ、麗也くん。』
頭の中で妙に響く声で麗華は何度も言う。
『自業自得よ、麗也くん。』
『自業自得よ、麗也くん。』
違う。僕のせいじゃない、お前がいたからなんだ。お前がいるからこんなにも僕は苦しむんだ!
そう思うと、いつしか麗華は消えて、心なしか部屋が明るくなっているように見えた。ただ、布団の僕の部屋のドア。あのドアの外には麗華がいる。するとドアは形を変えて、オーギュスト・ロダンの地獄の門のように重々しく見えた。無意識のうちに僕は視線を外し布団にくるまって暗闇をまとう。
それから僕は学校に行けなくなった。毎日を自分の部屋で寂しく過ごした。麗華たちが来た次の日に栞から看護師の研修があって一週間ほど帰れないと連絡はが来た。その時、僕は初めて栞がいないことを嬉しく思った。
カーテンを開けて外を見ると僕がいない世の中は目まぐるしく回っていた。暗くなって、明るくなって、また暗くなって、木々の緑はいつしかみずみずしさを失い、地に落ちる。そんな生物のサイクルが僕の目には地獄と化していた。
カーテンを閉めると、僕はすることもなく眠りにつく。
僕は毎日のように夢を見る。ただ、それはいつも悪夢だ。
僕はいつも真っ白い空間に立っている。周りの人は、たとえスマホを見ていても頭のてっぺんに目があるかのように避けてぶつかることのなく歩き去っていく。形容するならスクランブル交差点のようだ。ただ、僕はその中の特異点となっている。
僕はスマホを見ない。金縛りみたいに動けないから。
僕は決して避けない。ほとんどの人が先に避けるから。
僕は決してぶつからない。周りの人が僕を通り抜けるから。 僕は叫ぶ、誰にも聞こえない声を。音にならなくてもそれしかすることができない。赤子のような叫び声の果てに、僕は自分の無力さを何度も痛感する。苦しくても動けずにうずくまれない。泣けない。人を呼べない。死ねない。僕は自分の人生を振り返って、そして気づく。僕は……
ここで、いつも目が覚める。そして、いつものようにスマホをいじる。ディスプレイには日付が表示されていた。
「十二月二十四日」
驚いた。こんな生活を二週間以上送っていたことに。画面の下の方にはメッセージアプリが表示されてそこには赤く六〇〇とかかれていた。あの日から毎日メッセージは届くが一つとして見ていない。
するとまた一件メッセージが来た。スマホの性能上、送り主と、その内容の一部が画面に上から落ちてくる。
「元気? 毎日が暇でしょうがねーよ。 拓也」
画面には一粒の水滴が落ちていた。それが自分の頬をつたって落ちてきた涙だとわかるのに時間がかかった。
何で泣いてるんだろう。
考えれば考えるほどわからない。けれど、ぼくの心がゆっくりと、確実に暖かくなっているのはわかった。
すると、僕はベットから降りた。別にトイレに行きたいわけでも、お腹が空いたわけでもない。自分でもなにをしているのかわからないが、階段を一段下がるごとに気分が高揚しているのを実感する。着替えて、そして玄関の扉を開ける。
冬らしく空気がチクチクと僕の肌を突くのが、妙に気持ちいい。
僕は自転車に乗って、勢いよくペダルを踏んだ。ぐんぐんと景色が動く。
「気持ちいい」
いつもベッドにいて、夢では動けない僕にとっては格別なものだった。そのまま僕はあてもなくペダルをこいだ。木の匂い、肥料の匂い、排気ガスの匂い、空気の匂い、人の匂い。全てが気持ちよかった。




