神田麗華6
「栞さんに聞いてみたの。『麗也くんのことどう思っていますか?』って、そしたらね、頬を赤めてたよ。なんか照れてたね。」
僕はただただ嬉しかった。栞がそんなふうに僕のことを思ってくれたなんて、知らなかった。なるほど、そう考えると今日栞が僕に目を合わせてくれなかったのにも理由がつく。
「嘘よ。」
今度は麗華から声が聞こえた。
嘘?
どこからが嘘なのかわからない。いや、分かりたくなかった。
「すみれさんが栞さんにあったのは本当よ。でも『麗也くんのことどう思っていますか?』なんて聞くわけないじゃない。」
「ただの雑談しかしてないよ。栞さん、話好きなんだね。一緒にいて楽しかったよ。」
すると二人は静かに笑った。綺麗な笑顔だったのは間違いない。自分の滑稽さを肴にされている気がして、無性に腹が立った。
完璧な人なんているわけないんだ。嬉しい話にすがっても良いだろう。どうして僕が笑われなければいけない?
「……麗也くん大丈夫?」
僕の肩に何かが触れた気がした。その手は少し冷たくて、僕を正気に戻してくれた。どうやら僕は放心状態になっていたらしい。
「大丈夫だと思う?」
「う……ん」
「自分でまいた種じゃない。すみれさんがきにすることじゃないわ。」
痺れを切らした麗華が横から入ってきた。
「すみれさんが話しているとき、あなたの顔は傑作だったわよ。」
右手でスマホを振っていた。
「麗也くん、どうしてあなたはそんなに栞さんに執着するの?」
執着する?そんなことはするわけないじゃないか。栞は僕の姉である前に一人の女性なんだ。
そう思っていても言葉には出ない。『一人の女性』と言う言葉が栞を壊してしまうんじゃないかと思った。
「わからないの?それとも自覚がないのかな?後者じゃないことを祈るけど、まぁそんな表情じゃね……。」
麗華はペットボトルをあおって毒素を抜くようなため息をした。
今度はすみれの口が開く。その口の動きがやけにゆっくりで、ねっとりしていた。じっと見ていると口の中の暗黒が輪郭を帯びて一つの門を形作っていた。そして——
「麗也くん、聞こえてる?」
それは一瞬にして消えた。さっきまで見えていた門は無くなっていた。
「えっ……うん。」
「じゃあなんの話してた?」
「えっと……栞のこと。」
「半分正解。正確に言えば栞さんを見た麗也くんの話だよ。」
栞と会った時の僕?
「麗也くんさ、本屋で栞さんと会った時に体調が悪くなってうずくまってたよね?あれってさ栞さんが知らない人と一緒に歩いてたからじゃないの?」
頭が真っ白になった。しかし、反対に視界は闇に染まった。徐々にその闇は僕の五感を刺激する。
煩い、臭い、苦い、痛い、酷い、煩い、臭い、苦い、痛い、酷い、煩い、臭い、苦い、痛い、酷い……
全身を闇が覆った。耐えられなかった。すみれの言葉だけじゃない。すみれの言葉を否定できない自分に耐えられなかった。
「落ち着いて、麗也くん。」
麗華は喘ぎながらうずくまっている僕の背中をさすってくれた。
「なんでそんなに動揺しているのよ?……あぁそうだったわね。体調不良で今日早退したんだったね。それじゃあ今日はこのぐらいで帰るとするわ。」
麗華は立ち上がって荷物をまとめ始め、すみれはスナック菓子を机の端によけた。
「お菓子と飲み物は差し入れとしておいてわ。ちゃんと水分は摂ってね。」
僕の部屋を出る時麗華はあの気味の悪い、恍惚の表情をしながらそういった。
「このサディストが……」
「あら、サディストとは心外ね。別に私はいじめているわけではないわよ。事実をそのまま言っているだけよ。それにさっきのことをいじめられていると思っているのならば、それは後ろめたさが自分の中にあるのでしょう。自分のことを正しいと思っているのなら、むしろ褒められているように感じるのでは?」
返す言葉が見つからないばかりか、麗華の的を射た言葉に打ちのめされた。
僕は自分のことを肯定できていないのか?だったら僕の行動は何になっている?僕は——
そして、今僕はベットにいる。肉体と乖離した心は僕のことを嘲笑っていた。それでも、子供のように肉体は反発する。天使と悪魔のようだった。




