1章8話 好奇心という責務
「やっぱりいましたね」
翌日の午前中、三人で昨日のお店に魔道書を購入に来ていた。
お金は、ゼレスに勉強するために魔道書が欲しいと正直に話をした。ハインラットに立て替えて貰った旅行記(世界を知るための教科書と言った)もお願いする。
最初、怒られるかと思った。だが、ゼレスの顔が駄目なお父さんモードだ。
「そうか、勉強のためならば仕方がない。よく学び、十分に活用するように」
ダンテの手前威厳を保とうとしているが、目尻が下がっている。
俺が魔法使いだって言うのが嬉しくて仕方ないんだろうか?まぁいいや。
「だが、王族としての責務を忘れてはならないぞ」
最後に少し威厳を取り戻そうとしてか付け加える。ゼレスは常々、王族としての責務とは、領民が心安らかに暮らせるようにすることだと、兄弟に言って聞かせている。
「はい、ありがとうございます」
ダンテからお金を受け取って、お店に向かう。
ちなみに、お金の価値は 金板1枚=金貨10枚、金貨1枚=銀板5枚、銀板1枚=銀貨10枚 銀貨1枚=銅板5枚 銅板1枚=銅貨10枚 らしい。
金版1枚=金貨10枚=銀板50枚=銀貨500枚=銅板2500枚=銅貨25000枚、か。
なんか難しいが、普段使われる通貨としては銀貨と銅貨がメインのようで、銀板1枚の物が売っていても、値段表には銀貨10枚、同じように銅板1枚も銅貨10枚という風に書かれている。
ダンテからは金版1枚と金貨3枚を貰って、ハインラットに持って貰っている。ものすごい大金らしく、家族で1年以上は余裕で暮らせる金額のようだ。
そしてお店に入る前に、探知を使う。すると、昨日標識をつけた少年が、店の脇道に隠れているのが分かる。念のため昨日識別しておいたのだ。
「アプト君、だよね?」
アプト少年が驚いた顔で振り返り、逃げるためにか数歩後ずさる。
「あぁ、逃げないで!」
あわてて引き留めるが、アプトが俺の方を見た後、視線をさまよわせるように後ろをちらちらと見ている。
後ろを見ると、怖い顔をしたハインラットと目が合う。いや、別に怖い顔をしているわけじゃないな、普段の表情が少し怒ったような顔なだけだ。
「あぁ、ハインラット、子供相手だから、もう少し表情を柔らかく、ね?」
「柔らかく、ですか。こうでしょうか」
慣れない表情をしているせいなのか、口の橋を持ち上げて、眉根がよる。
悪いことを考えてる顔だよハイン……
「ハインは怖い顔をしているかもしれないけど、仕事中だからね」
アプトを怖がらせない為に言ったのだが、ハインラットが心外だというような表情をして、エトナから慰めるように肩をたたかれている。
「実は君のお母さんが病気で伏せられていると聞いてね、お見舞いをさせて貰おうと思ったんだ」
「お見舞い?」その言葉で、体の力が少し抜けたのが見て取れる。
「そう、実は生前君のお父さんから少し助けられたことがあってね、そのご恩を返させてもらえればと思ったんだ」
「お父さんの!?」
この言葉は効果が覿面だったようだ。逃げ腰だった体勢が無くなり、逆に前のめりになっている。
当然の事ながらこの話は嘘だ。だが、こうでもしないと詳しく話を聞く事が難しいと思ったのだ。
「おかあさん!お父さんの知ってる人が!」
少し違う気もするが、不審者じゃないと伝わればいいや。
「これはこれは、ごほっ、こんな状態ではたいしたもてなしも、ごほっ、出来ず申し訳ありません」
咳で辛そうにしながら、俺とハインを見比べてどちらと話したものかと目が泳いでいる。
「いえ、おかまいなく。お見舞いと、少しお話を聞かせていただければとお伺いしただけなので」
起きあがろうとしたのを手で制して答えたことで、俺が主人であると理解されたのだろう、目線が俺に固定される。あぁ、もう早く大人になりたい。
アプトにも言ったように生前旦那さんに助けられた恩を返させて下さいとお願いをする。
「まぁ、そんな事が」
「差し出がましいようですが、こちらをお飲み下さい」
粉末状の薬を固めて粒状にしてある物を渡す。
「咳を押さえる効能がある薬です。あと、私は治療術も使えるので、少し失礼します」
そう言って母親の背中に手を当て、体の中の回復力を高め、炎症を起こしている喉の治療と痛みを和らげる。
「あぁ、おかげさまで大分楽になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ過日の恩に僅かでも報いることが出来、嬉しく思います」
治療を施した後に、何があったかを詳しく聞くことが出来た。
大まかなことは事前に集めた情報と変わりなかったのだが、母親に懸想していたのが、ヘルテージだと言うことがはっきりした。
エロ大臣め……
「あと、今日はもう一つお願いがあり、お伺いしました」
「まぁ、なんでしょうか」
話している間にも母親の顔色が良くなっている。この分なら渡した薬を飲み続ければ回復するだろう。
「アプト君を城で魔法使いとして推挙したいのですが」
「アプトを!?しかし、あの子は、そんな、何かお間違えでは?」
よほど驚いたのか、口に手を当てて固まっている。
「いえ、昨日アプト君と会いまして、その時に彼の体に眠る魔力を確認しています。まずは訓練生として入ることになりますが、それでも月に銀板2枚は出るでしょう」
エトナに聞いた感じだと、銀板2枚で豊かではないが、4人家族が1ヶ月食べることは出来るぐらい。
「まぁ!そんなに!」
先ほどの困惑に満ちた驚きとは逆に、目を見開いて信じられないと言った表情だ。
実は昨日標識をつけたときに、見つけやすいように詳細な探知も掛けていたのだ。
その時に表示された魔力量は、俺よりは少ないものの、エトナやケリーよりも遙かに多くなると予想される物だった。
「貴重な魔法使いの候補生です。私も同じく見習いなので、一緒に学んでいけるならこんなに嬉しいことはありません」
第三王子と言うのは内緒だ。今そんな話がロムロスやヘルテージに漏れれば、変に勘ぐられて手を引かれる可能性がある。必ず尻尾を掴んで、まとめて引き抜いてやる。
「後日迎えの者が来るので、よろしくお願いします」
そう言って俺は家を出ようとしたら、アプトに引き留められた。俺の顔を見て顔を真っ赤にしてもじもじしている。
「あの、ありがとう」
恥ずかしそうに笑う。初めて浮かぶ子供らしいとても可愛い笑顔に、俺の顔も思わずほころぶ。この子かなり可愛くなるな、と一瞬思ったが、男の子、だよな?
「いえ、こちらこそありがとう」
「ラフエル様、先ほどの話は本当なのですか」
ハインラットがアプトの家から離れると、小声で話しかけてくる。
「本当だよ。多分かなり将来有望な魔法使いになれると思う」
「それではあの親子を保護されるのですか?」
「いえ、保護しなくても良くする」
「と言いますと」
「今日夜に奴らのアジトを急襲する」
その後魔道書を購入し城へ戻ると、父に将来魔法使いとして有望な子供がいると告げる。その反応は予想通りすぐに連れてきなさいとの事だった。
先方の予定があるので後日話をしますと言ったが、他の国にかっさらわれたりしないかとか、どこの子だとかとてもしつこくてはぐらかすのに苦労した。
念のため魔法使いの訓練をするために、城に住み込んだ場合の給金の話も快諾して貰ったので、事件を解決した後の憂いもなくなった。
夜アジトを襲撃する時間まで暇があったので、城にアプトの父親を襲った事件の資料がないか、書庫の資料室で漁ってみた。
あったあった。犯罪の分類ではなく、警備隊の記録として残っていた。
襲われたのはテオル27歳。城の北に広がる穀倉地帯の一部を、使用人4人ほどを使役して耕して暮らしている。
そして約二ヶ月前、新たに購入した土地を耕しているとき、大型の狼に襲われて命を落としている。この時使用人も3人殺されている。狼と分かっているのは、命辛々逃げてきた使用人の証言と、死体に残る爪痕などからのようだ。
どうも逃げるところを背後から爪で襲われ、首を折られた状態で発見されたらしい。
記録の最後に、警備隊の巡回を増やし、今後この様な事がないようにとのミハイルの言葉が書かれている。
これで大体事件の概要が見えてきた。
まず、ロムロスがテオルに接触し、新しい耕作地を売る。
そして借金が出来た状態でテオルを殺し、母親の家を金銭的に追いつめる。
ヘルテージが母親に懸想してロムロスに話を持ち込んだのか、それを知っていたロムロスが計画を持ちかけたのか。
ロムロスがヘルテージの覚えを良くするために、単独で行った可能性も否定できないが。
「ハインラット、僕は王子としての責務を果たそうと思う」