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10章1話 帝都へ

「よしいいぞ、通れ」


 南部諸国の帝国表敬訪問のための一団は、ムルタラと帝国との国境に設けられた関所で、さほど厳しくもない検閲を受けた後に帝国への入国を果たしていた。

 警護の者も含めた20人ほどの一団は、馬車3台に分かれて移動していた。

 馬車に乗っている者は9人ほどで、その中にアプトとアプロテ、それと南部諸国の数少ない文官や、帝国の王の前で踊りを披露する踊り子なども乗っていた。

 残りの者は馬に乗り、馬車を護衛していた。


 俺も馬に乗り、アイラやタルーニャ、それとガルーダ達と共に、馬車を護衛しながら移動していた。


「流石にここまで一気に移動すると、お尻が痛くなりますね」

「はは!軟弱な魔法使いは、馬車に乗ってたらどうだ!?」


 少し腰を浮かせて痛むお尻をさすっていたら、ガルーダが馬を横に並べてくる。


「あ〜それも考えたんですが、せっかくの長旅なので、少しでも風景が見たいもんですから」

「はっ!観光気分とはいい気なもんだな!ガルナの代表として来ているんだから、恥をかかせるなよ!」

「こらっ!ガルーダ!またラフにいやがらせしてるにゃ!?」

「ち、ちげーよ!俺はゆるんでるこいつを引き締めようとだな、ちっ!」


 逃げるようにガルーダが離れていく。


「まったく。隙があればラフをいじめるにゃ」

「ガルーダさんなりに、気を使ってくれているようですよ」

「あれでにゃ?」


 これはガルーダをかばうつもりで言ったものではない。

 なんだかんだ言われたりもするが、心底悪意のあるような言葉はない。


「それで、タルーニャお嬢様、喉が渇いたりはしていませんか?」

「おじょ!?」


 目を見開いて、耳まで赤くしてこちらを見てくるタルーニャ。


「帝国に入ったのですから、どこに目と耳があるか分かりません。帝国を出るその時まで、しっかりと仕えさせていただきます」

「わ、わかったにゃ、ちょ、ちょっと近いにゃ」


 周りに聞こえないように顔を寄せてささやいたら、少し嫌がられた。


 ムルタラから帝国へ入ってしばらくは、木々の少ない単調な景色が続く。生えていたとしても低い低木ばかりだ。

 これは、先の戦争の際に切り倒されたり、火をつけられたりした結果だという。


 昔は国境付近にも町があったらしいが、戦火を恐れた住人が逃げ出してしまい、国境から一番近い町でも半日はかかるようになっていた。


 そうこうしているうちに、最初の宿場町に近づいてくる。

 宿場町というには結構に大きい町だ。

 それも通りで、教会側から帝国側へ行く者は、まずここに立ち寄る。

 貨幣の両替や必要な物資人員の調達など、帝国の首都へ向かう準備をする。


 俺たちは準備が整った状態出来ているので、ここですることは個々人が現地で消費するお金の両替ぐらいだった。


「2、4、6……少し少ないようですが?」

「ここ最近雨が降らないから教会からの隊商が足止め食らってるのと、この前の騒動で教会貨幣の需要が下がってるんだよ」

「それにしても、この変動は貨幣自体に使われている金や銀の価値を考えてもおかしい。それに、商人はもう商売を始めて交流をしているはずです」

「嫌なら他へ行けばいい」


 両替商がニヤニヤしながら言う。

 町の一番大きそうな両替商に入ったのだが、騒動にかこつけて儲けようとしているように感じる。

 国境を越える前にムルタラで相場を調べたが、騒動の前からの相場とそこまで変動はなかったのだ。


 しかし他のところへ行っても無駄だろう。おそらく裏で手を回して話を合わせているはずだ。


「そうですか。言い忘れていましたが、我々南部諸国の者は今代帝に謁見するために首都に向かっています。その時に国境の町で受けた仕打ちをどう説明すればよいか、悩みたくはないのですが」

「……ちっ。面倒なことは最初に言って置くもんだ」


 両替商が並べられた貨幣の上に、数枚の金貨を上乗せする。


「はい、確かに。今代帝には心地よい旅が出来たと報告できそうです」

「ぬかせ」


 両替商が追い払うように手を振る。


「何だったんだ今のは」


 横で両替商とのやり取りを見ていたガルーダが、良くわからないと言うように説明を求めてくる。


「帝国で使えるお金に換えようとしたのですが、少し多く取られそうになっただけですよ」

「ふ〜ん、よくわからねぇな」

「ガルーダさんもどうですか?簡単にでも計算できるようになれば、こう言うとき便利ですよ」

「めんどくせぇからいいわ」


 俺は「そうですか」と返しつつ、皆が待っている宿に戻る。


「おかえりにゃ。どうだったにゃ?」

「はい、換金してきました」


 一つにまとめられた袋から、皆に預かったお金を戻していく。


「あと、これはアプトとアプロテ様の分です」


 俺は使いやすいように両替した銀貨を入れてある、小分けした小袋を渡す。


「え?私はお金持ってないよ?」

「私の分はあなたが持っていてくれればいいわ」

「そういわずに。アプトの分は国からでている給金の分で、アプロテ様はこの際お金の使い方を学んでみるのも良いかと」

「そんな事をしなくても、必要な物はそろうわ」

「ふむ。アプロテ様、食事はされましたか?」

「まだよ。お金の両替が終わらないと、支払いも出来ないと言ったのはあなたよ」

「というわけで、アプロテ様、少し外へ出てみませんか?」

「へ?」


 俺はアプロテの手を掴むと、そのまま宿一階の酒場から外へ歩き出す。

 個人的にはアプロテだけを連れてきたつもりだったのだが、アプトとタルーニャも付いてくる。


「ちょ、ちょっと、どこへ行くの?」

「そうですね……あ、あった」


 俺は肉を串に通して焼いている店の前に行く。

 幼い頃、ハインとエトナと3人で城を抜け出して食べに行った、どこにでも売っているお肉の串焼き。


「串を一本ください」

「あいよ。銅3枚だ」


 俺は懐から帝国銅貨3枚を出して、串を一本受け取る。

 ふむ。帝国の銅貨は教会より少し小さく、銅の含有量も少な目な事もあり、教会の銅貨1枚で帝国の銅貨2枚ほどになる。

 教会では肉の串焼きはだいたい銅貨2枚程度だったので、少しお得な気がする。


「あちしも串2本」「あ、私も串1本ください」


 タルーニャとアプトもそれぞれ頼む。

 少しきょろきょろとしていたアプロテが、誰も自分に渡してくれない事に気が付き、俺を睨んでくる。


「か、買えるわよ、これぐらい」


 勇ましい台詞の割には、後ろから俺の腰をつかみ、盾にするように屋台の前に出る。


「く、くすぃ……」

「あ?」

「ひぅぃ!」


 アプロテの口からあまり聞いたことのない様な声がでている。

 屋台のおっちゃんって、どこも厳ついのがやってるから。


「大丈夫ですから」


 少し涙目で睨まれるが、屋台で串を買う程度でここまで怖がるとは思わなかった。

 う〜ん、よく考えたら1人で館の外へ出るときも馬車を使っていて、基本知らない人間としゃべった事なんてほとんどないんだよな。

 外らしい外へ出たことがないと言うか、箱入りというか、行動力のある引きこもりというか。


「く、くすぃを、い、1本……」

「あいよ!」


 串を受け取った瞬間、アプロテの顔がぱぁーっと明るくなる。

 しばらく串をじーっと眺めていたと思ったら、思い出したように首から下げた小袋から銅貨3枚を取り出し、恐る恐る差し出す。


「毎度!」


 今度は安堵の表情がアプロテの顔に広がる。


「さぁ、どうぞ」

「う、うん」


 串を食べるよう促すと、普通の少女のようにうなずいて一口頬張る。

 あ、そんな一気に口に入れると――


「つぁっ!!」

「あ、熱いからゆっくり食べましょう」

「先に言いなさいよね!」


 口の中を火傷したらしく、舌を出して治癒を要求してくる。


「はいはい。あと、これ飲み物です」


 舌に手を当てて軽く治癒の魔法を流す。


「熱いにゃ!猫舌だから火傷したにゃ!」

「ラフ!私も火傷を!」

「あー、分かりましたから、もう」


 明らかに火傷はしていないように見えるが、2人にも軽く治癒をする。

 あ、タルーニャの舌が少しざらざらしてる。すごい。


「りゃ、りゃふ?まりゃ?」

「あ、今終わりました、いて!」


 無心で舌触り楽しんでたら、アプロテに脇をつつかれた。


「それで、どうですか」

「ものすごく、おいしい……最初は焦げただけのお肉に見えたのに、味がしっかりしてる」

「それは良かったです」

「そうね、これぐらいなら、また1人で買いに来ても良いかもしれないわ」

「それはだめです」


 アプロテの顔が意味が分からないと言う風に真顔になる。


「じゃぁ、なんで私に買わせたの」

「まごつく可愛い姿が見たかったと、痛てっ!」


 串で胸を突かれた。


「というのは嘘で、いろんな事を経験してほしいのです」

「いろんなこと?」

「良いことも悪いこともありますが、こっちの世界は、いろいろあるから楽しいって事もありませんか?」

「そう、そうね、何をやるにも面倒なのに、その面倒なことがあるからこそ、楽しいと思えることも多いわ」


 思わずアプロテの手を取り、見つめ合ってしまう。


「にゃ〜、おふたりさん、良い雰囲気のところ悪いにゃけど、一応今はあちしの執事にゃんだから、もう少し構ってもらえるとうれしいにゃ」

「そ、そうです。私もあいた時間に貸しだして貰う予定なんですから、アプロテ様ばかりずるいです」


 当初の目的である悲痛な思いとは裏腹に、この旅が思ったより楽しい物になるのではないか、そんな事を思い始めていた。


 皇帝ムルタラその人の前にたどり着くまでは。。

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