8章6話 奇蹟認定者
「お会いになられるそうです」
夜だ何だ使徒だという一連のやり取りを終え、城の中へ案内される。
城の者の反応を見るに司教は必要だったのかと思うのだが、序列を蔑ろにすることで生まれるトラブルを回避したと思うことにする。
「使者様、司祭様です」
「入っていただきなさい」
召使いが扉を開け、先に入ろうとした司教ハルタを押しとどめ、なぜか俺を先頭に中を通される。
「ようこそおいでくださいました、使徒ラフエル様。このような簡素な場しか用意できないことを、お許しください」
床にひれ伏しているのは、ムルタラの王、ライン・ド・ムルタラだ。
というか、深夜にいきなり来たのだし、謝るのはこっちだというのにこの反応……
「ラ、ライン殿、いきなりどうされたというのです、顔をお上げください」
そう言ったのは、二番目に部屋に入ってきた司教ハルタだった。
「ハルタ殿、使徒殿の御前である。不敬であるぞ」
驚いたような顔で俺とラインを交互に見た後、ラインの横に同じようにひれ伏すハルタ。
「かか、数々の非礼、おお、お許しください」
あぁ、もう面倒くさい。
ん?というか、ムルタラのライン王その人が、奇跡認定者なのか。
「今は礼儀など横に置いてください。やってもらいたいことがあります」
「私に出来ることがあるなら、何でもおっしゃってください」
ライン王が顔を上げるが、その顔に疲労の色が皺と共に色濃く刻まれている。
「その前に」
俺は一歩前に出て、子神教会でしたのと同じ祝福を、ライン王に施す。
「おぉ……感謝いたします」
「父神様の関係者の方には効果が薄くなるかもしれませんが」
「いえ、この際娘神であるアプロテ様に宗旨替えをしようかと」
「やめてください!父神様に怒られると、すっごい痛いんです!」
思わず頭に手をやって防御姿勢をとってしまう。いじめられっこの様な反応になってしまった……
「……痛い?」
それを訝しげな目で見るライン王。
「あぁ、いえ。聖家族教内での、信徒個人からの宗旨替えはよいのですが、このように直接的なやり取りで勧誘のようになってしまうと、争いの元になるので」
「なるほど。わかりました」
とりあえずここにいる全員で席について話を進める。
「まず、これをお読みください」
懐から取り出した封筒を差し出すと、恭しくライン王が受け取り、封蝋を破り中に入っていた手紙を取り出す。
「……これはっ……しかし……」
「償いはさせます。そして、被害のあった二つの州の復興にも、教会は全力で支援します。今は、この現状を解決する最良の策と信じます」
ライン王の額に苦悩の皺が浮かび上がる。
あぁ、せっかく祝福でストレスも軽減したのに。
「わかりました。他ならぬ使徒様よりのお言葉、このライン・ド・ムルタラ、必ずや成し遂げてお見せします」
「よろしくお願いします」
そう言うと私はすぐに席を立つ。
「では、私は急いで戻らねばなりませんので」
「そんな、我らに使徒様を歓待するお時間をいただくわけには参りませんか」
「そ、そうですな!このような時ゆえ、なおさら催し物でもして、士気を上げるためにも――」
手を挙げて言葉を遮る。
「教会騎士団もそこまで来ています。それに、この戦さえ終われば、そのような時間はいくらでもとれるものかと」
「まことにまことに!その時は私が主宰となって、歓待する所存!」
ハルタがやたら張り切っているのが少し気に障るが、とりあえず城壁の上までの案内人だけたのみ、城を退出する。
「本当にこちらでよろしいので?」
入ってきた城壁の上に到着したのだが、案内してくれた兵士が困惑気味に問いかけてくる。
「こちらからお邪魔したので、帰り道がわかりやすいのです」
城壁の縁に手をかけ、体を外へ乗り出す。
「あっ!」
兵士が驚いて思わず声を出している。
「あ、そうだ、こちらからあちらの城壁が手薄な気がします。作戦の時まで、気を抜かぬようよろしくお願いします」
頭だけ城壁の上に戻し、案内してくれた兵にお願いする。
「え、あ、はい、伝えます」
「では」
改めて城壁を下り始める。
(よし、吸着力は弱くなるけど、下りるときは逆にそれが悪くない感じだ)
実は帰りに皮で補強された手袋をもらっていた。傷の残る手を見て、ライン王が用意してくれたのだ。
俺はするすると地面まで下り、暗い道を暗視を使い、来た道を戻る。
(まだ寝てるな)
城を囲むように張られている敵の陣、比較的薄い場所を抜ける際、行きに邪魔な見張りを寝かせていた。
通るときに感じたのは、緊張感無く緩みきった陣の様子だった。
陣の端の方とは言え、明かりは少なく、見張りも散漫。一部に声が漏れてくる天幕もあったが、中で酒を飲んで騒いでいるのは明白だった。
ぬるい、ぬるすぎる。
正直今こちらの側から夜襲をかければ、あっという間に陣は崩れ、敵の本陣は側面ががら空きとなるだろう。
この部隊を指揮している人間の、首をはねるべきだ。
一瞬そんな思考が頭をよぎる。
だが、あわてて頭を振り、その考えを振り払う。
(兵を指揮したこともないのに、首をはねるとか)
気に繋いでおいた馬に乗り、騎士団へ向かって馬を走らせる。
一人離れる時は、戦へ向けて不安しかなかった。
だが、今は心が躍っている。人がたくさん死ぬのは恐ろしいはずなのに、楽しみにしている自分がいる。
明日以降、自分の蒔いた種により、戦が始まるのだ。
そう思うだけで、疲れや眠気などまるで感じず、冷えた深夜の空気すら心地よかった。




