7章3話 お願いと悩み相談
「これは、呪いよ。あの使徒がロウレスより引き出した力を、力で押し返した代償」
「!!我が命を救っていただいた、あの時の!」
教皇が感謝の色で染まった目で俺を見てくる。いや、結果としてそうなったけど、国王とかもいろいろいたし、ね。
「この呪いはいかように直すのでしょうか?」
「方法は、いくつか有るわ。術者に力を貸した神を倒すとか」
「そのような恐れ多いことが可能なのでしょうか」
彼らにとれば、神はすべて神なのだろう。
「不可能に近いわ」
「では、他の手を?」
「その呪いをかけた者より強い力を付けるという手もあるわ」
「おお!それならアプロテ様のいる今、造作もないことでは」
「ロウレスは呪いとかの魔法を生み出す権化みたいなものよ。それを越えるのは難しいわ」
俺は当事者であるにも関わらず、会話を見守ることしか出来無かった。
右手の痛みが、アプロテに掴まれていると和らぐ気がする。
「では?」
「一番簡単なのは、かけた術者を倒すこと」
それにはまず、ロムロスを捜さなければならない。
「わかりました。我々にロムロスを探せと、そう仰っているのですね?」
「そう、そうよ」
「分かりました。我が教会の腕が長いことを、ロムロスに知らしめて見せましょう」
「後もう一つ。お父様に捧げるための、強い祈りが込められた聖水があるでしょう?それを今有るだけ出しなさい」
「あ、有るだけ?」
「ちょ、アプロテ様」
「あん!何よ」
俺はアプロテの腰をつつき、小声で話しかける。
「教会で販売されている聖水は、一番高いものだと金貨1枚ほどします。それを全てというのはさすがに」
「だから、どうだというの?」
「いえ、さすがに――」
「分かりました、少しお待ち下さい」
教皇が席を立ち、部屋を出て行く。その表情に苦悩などはなく、張り付いたような穏和な表情もない。
「お待たせして申し訳有りません」
教皇が銀製のトレイに、香水の瓶の様な物を沢山載せ、部屋に戻ってくる。そのまま頭を下げ、供物を捧げるようにアプロテの前に差し出す。
「お納め下さい」
アプロテがそのうちの一本を眺めるように手に取る。
「それは、教会の司祭が30日間欠かさず祈りを捧げた物になり、今は5本しかございません。15日祈りを捧げた物も併せてお持ちいたしました」
アプロテが無造作に小瓶の栓を抜くと、机の上に置いたままの俺の右手にそれを振りかける。アルコールと、少し薬というか、ハーブのようなにおいがする。
「う、ぐっ!」
黒くなった指先に聖水が降りかかると、まるで瞬間的に沸騰したかのように蒸発する。
アプロテは濡れた俺の手を布で拭くと、両手で包むようにして持ち上げ、確認するように裏返したりして眺める。
「いてて」
「まだ痛むの?」
「いえ、そっちに指の関節は曲がりません」
「もう、そう言う事じゃなくて!」
アプロテがぺちぺちと俺の黒い指先を叩く。
あれ?少し色が薄いような気がする。それと……
「痺れるような痛みがありません!」
「ふ〜ん、祈りは本物だったみたいね」
「これは、直っているんでしょうか?」
「押さえてるだけよ」
「いえ、それでも十分です。ありがとうございます、教皇様」
「とんでもありません。我らが神より受けている恩恵に比べれば、この程度のこといつでもお申し付け下さい」
「あと、私とラフエルのことは、くれぐれも他言しないように」
「ははっ!」
アプロテが席を立ち、扉に向かう。
横を通るとき、教皇とアンナはひざまずき、祈るような姿勢をとる。
すると、アプロテは立ち止まり、教皇の頭をそっと人差し指でつつくようにする。
「お、おおぉぉぉ!光が!光が溢れてくる!これが、これが神々の光なのですね!」
「これ以後も励むよう」
教皇はアプロテが部屋を出るまで、額をカーペットにすり付けて伏せていた。
「何かされたのですか?」
「アンナと同じ、ほんの少し力を分けただけ」
「教皇様、アプロテ様の子神教会に宗旨替えしそうな勢いでしたよ」
「それは無いわ。教会の主神はお父様だし、教皇は主神を崇めることになっているのよ」
「お待ち下さい!聖者様と、アぷゅ……様!」
教会の扉を出ようとしたとき、息を切らせて走ってきたシスターアンナに呼び止められる。内緒と言われたせいなのか、アプロテをなんと呼ぶか悩んで答えが出なかったようで、変な呼び方になっている。
「どうかしたんですか、アンナさん」
アンナが必要以上に顔を寄せ、耳元で小声で話しかけてくる」
「教皇様がこれをお二人に、と」
赤い宝石のはまった、シンプルな金の指輪が二つ。
「これは?」
「もし何か困ったことが有れば、この指輪をお使い下さいとのことです。教会の力が及ぶ限りだそうですが」
よくわからなかったものの、お礼を言って中心区の壁を抜ける。
「む?ラフか?」
「グラスドール先輩、お城へ行かれるんですか?」
なんとなくグラスドールに教会は似合わない気がして、お城という言葉が出てしまう。父親が教会騎士団の団長だったはずだが、教会で姿を見たことがなかった。
「いや、ウェンデール館に行ったら、ラフエルが教会に呼ばれて行ったと聞いてな。用は済んだのか?」
「あぁ、まぁ済んだような、済んでないような」
「む?なんだそれは。まぁいい、この後時間はあるか?あるなら、その、少し付き合って欲しいんだが」
な、なんだ?いつもの強引なグラスドールではなく、目線を泳がせながら、暑いのか少し汗をかいて、心なしか耳も赤いが……
「え〜っと、アプロテ様、この後何かご予定はありますか?」
「決まった予定はなかったわ。ただ、そうね、少し街を見て回りたいわ」
「グラスドール先輩、もしお急ぎでなければ、明日と言うわけには行きませんか?」
「む、そうか、わかった。明日館に伺うことにする」
グラスドール先輩は少し残念そうに、来た道を戻っていく。
「良かったの?別に付き合いを優先させても良かったのよ?」
「いえ、今日はアプロテ様を何より優先します」
「……女の子のあつかい、うまくなってるわよね」
「そんな事はないですよ!ただ、今日は私もアプロテ様と一緒にいたいと思っただけで!」
「もう!ラフエルはまったくもう!」
口では怒ったように言っているが、顔を赤くして少し嬉しそうにしている。
俺も、そんなアプロテを見ているだけで、幸せな気分で心が一杯になる気がする。
「ちょ、ちょっと!こんな大通りで!」
「す、すすす!すいません!!」
気がついたら、アプロテを抱きしめていた。
おかしい。アプロテと一緒にいると、本当に恋人と一緒にいるような、そんな気分になる。
「何故か、突然こう、気持ちが高ぶってしまって」
「はぁ。力が戻って来ている証拠と思えば、悪いことではないけれど……」
アプロテは昔のことを教えてくれない。アプロテ曰く「記憶を伴わない過去の事は、絵物語の中の話程度にしか感じない」らしい。
「まあいいわ。とりあえず、私は食べたい物があるのよ!」
アプロテが俺の手を引いてグイグイと前を進み、門をくぐって一番外側の第三区へ入る。
「あれよ!」
そう言ってアプロテが指さしたのは、串に刺した肉を焼いている屋台だった。
「あれは確か――」
「そう!あなたが初めて自由に街へ出たときに食べていたものよ!」
「あはは、その時も見られてましたか。なんか恥ずかしいですね」
「もう、見てるだけで美味しそうだったわ」
その後甘いもの、辛いもの、目に付いた美味しそうな物を片っ端から食べ、服やアクセサリーを見て回り、気の済むまでアプロテの望むまま巡っていたら、館に戻る頃には日がすっかり傾いていた。
翌日、まだニワトリが寝ているような早朝、グラスドール先輩がやってきた。目の下に隈を作りながら。
仕事が加熱していきます。




