7章 2話 神の威光
翌朝、俺とアプロテは、教皇からの使者に案内され、中心区に向かう壁を衛兵に誰何される事すらなく抜ける。
目の前には、英雄物語の中で英雄王カーンが建てたとされている、要塞のように無骨なアドレアの城と、その隣にひたすら高い塔が四本組み合わさったような教会本部、巨大な二つの建物しかなかった。
何より印象的なのは、教会の巨大な扉が開きっぱなしになっていることだった。
「教会は来る者を拒みません」
俺が扉を不思議そうに見ていたのに気がついたのか、使者が説明をしてくれる。
その開きっぱなしになっている巨大な扉に使者は入り、広間奥の教壇脇の扉を抜け、聖家族教会本部の一室に俺たちを案内する。
「お連れしました」
使者が扉をノックして告げると、中から通すように返事があり、そのまま扉を開けて、俺とアプロテだけを通す。
「ようこそおいで下さいました。私はアドレア聖家族教会の司教、アブロール6世。以後よしなに」
長いテーブルの真ん中辺りに座っていた男、教皇アブロールが立ち上がって俺たちを笑顔で迎える。
アドレアは聖家族教の総本山であり、そこの司教であるアブロールは、教会の最高位、教皇だった。
その姿勢や言葉は柔和な中に威厳を示そうとしているのだが、どことなく落ち着かない様に見えるのは、視線が俺とアプロテの間で泳いでいるからだろうか。
「今、アプロテ様にお仕えする者をお連れしますので、しばしお待ち下さい」
「ん」
アプロテは一言だけ声を出すと、何も言わずに進み、長テーブルの一番端、上座に座る。
俺はそのまま後ろに立とうと思ったが、アプロテがいきなり立ち上がり、並んでいた椅子の一つを取り、上座の椅子の横に並べ、座面をぽんぽんと叩く。
俺は思わず横目で教皇の顔を伺うが、その顔には僅かに困惑が浮かぶが、それも一瞬のことで、又元の柔和な笑みに戻る。
「本当に下界は面倒だわ。こんな椅子一つ動かすのに、体を使わなければ動かないんだもの」
口では面倒くさそうに言いつつ、アプロテはクスクスと笑う。そんな事ですら、今は楽しくて仕方ないようだ。
「よろしいのですか?」
俺がアプロテの横に同列で座る事で、アプロテの威光に傷が付くような気がしたのだ。
「神に仕える者は、どんな形であれ、神より力の恩恵を受けているわ」
アプロテが小声で、どこを見るというわけでもなく、顔を正面に向けたまま、俺が見たこともない無表情で語る。
「彼は、私のお父様に仕え、僅かではあるけれど、その傘の下に入って恩恵を受けているの」
アプロテが、表情を変えずに俺を見る。
「国王が配下に向けていつも遜っていたり、臣下が王に向けて不遜な態度をとるような国は、どうなると思う?」
「先は長くない、でしょう」
「あなたは私の唯一無二の使徒。そういうことよ」
アプロテの言いたいことは理解できた。教会にいる人間に取り、アプロテは信仰の対象そのもので、そのアプロテの使徒である俺も、畏敬の念を持って接するべき存在だと。
そう言われて頭では理解できても、すぐに慣れることは難しい。
「ええい、何をしている」
教皇の柔和な表情が崩れ、少し苛立ったように扉の方を見る。どうも先ほど言っていた「お仕えする者」と言うのが、遅れているようだ。
しかし、本来なら聞こえないような小さな声だったが、アプロテから力を貰ったそのとき以来、体のあらゆる部分が鋭敏になっているようで、つぶやくようなその言葉も捕らえることが出来ていた。
アプロテが来るためか、人を遠ざけているのだろう、教皇は「少しお待ち下さい」と言うと席を立ち、自ら扉を開けて外へ出る。
「な、何をしている!」
余りに驚いたのだろう、教皇の張り付いたような柔和な表情が崩れ、驚愕と困惑に取って代わられている。
扉を開けたまま廊下へ姿を消した教皇の行動が、余りにも不可思議だったため、思わず俺も扉に近寄り、廊下をのぞき込んでみる。
「どうしたというのだ!」
そこには、廊下の遙か向こうに伏せているシスターに、駆け寄る教皇の姿が見えた。
あ、この光景、見たことがある。というか、多分、知っている人だ。
俺は少し迷ったものの、教皇の慌てっぷりが少し可哀想になり、廊下でひれ伏したまま動かないシスターアンナの元へ駆け寄る。
「シスターアンナ、私です、ポラルトのラフエルです」
「あぁ!聖者ラフエル様、光が!この建物を覆わんばかりの光が!」
僅かに顔を上げかけたが、またまぶしいと言うより恐れ多いとでも言うように、また伏せてしまう。
「あ〜、ちょっと待ってね」
俺はおろおろする教皇とひれ伏すシスターアンナを残し、部屋に戻る。
「アプロテ様」
「何が起こっているの?」
アプロテがその可愛らしい眉を顰める。
「シスターアンナは覚えておいでですか?」
「あなたの守護神選定の場に、行かせた子達の一人ね」
「あ、やっぱりアプロテ様の手引きだったんですね」
「むぅ!そうでもしないと、あなたお父様を選ぼうとしていたんだもの!」
「そんな事はいいんですが」
「そんな事じゃないし!」
「そのシスターアンナがそこまで来ているのですが、どうもアプロテ様から光のようなものが出ていると」
「なんだ、そんな事」
そう言ってアプロテは少し集中するように目を瞑る。
「どう?大分少なくなったはずよ」
「どう言うことなんですか?」
「シスターアンナは、神の威光をわかりやすく地上に伝えるため、力を少しだけ与えられた伝道師なのよ」
俺はその答えで理解したわけではなかったが、まだ廊下で伏せているであろうシスターアンナの元へ戻る。
「シスターアンナ、どうですか?」
「おぉ!光が穏やかになり、まるで、大いなる慈愛に包まれたかのような」
アンナが感動の余りか、涙を流して祈りはじめる。
「ラフエル殿、これは?」
突然泣き出したアンナに動揺する教皇アブロール。
「あ〜、とりあえず、部屋へ移動しましょう」
教皇と二人、両側からシスターを抱えて部屋へ移動すると、そのシュールすぎる光景にだろう、アプロテがすごく驚いた顔をする。すぐに取り繕って澄まし顔に戻していたが。
「醜態をお見せして申し訳ありません、こちらはシスターアンナ、教会の奇跡認定者です」
「あぁ!何という神々しきお姿!初めてその腕をお窺いしてより、この人生がどれほど幸せに満ちたものであったか!」
「シスターアンナ!落ち着きなさい!」
教皇に両肩を捕まれて、そのまま強制的に着席させられるアンナ。俺はその間にアプロテの横に戻る。
「普通伝道者は、もう少し皮肉屋みたいに落ち着いた人が多いのだけれど」
アプロテが俺に囁くように言う。アンナ以外にも伝道者がいるという事実に少し驚いたが、よく考えれば奇跡認定者は、教会全体で10人近くはいたはずで、そのほかの認定者をアプロテが知っていても不思議ではなかった。
「それで、どうなのだ、本物なのか」
また教皇のささやき声が聞こえてくる。本人は聞こえていないと思い込んでいるはずなので、どういった態度をとるか迷うところだ。
「教皇様、その質問それ自体が不敬となります
「ということは、真なのだな……」
教皇がその場で、崩れ落ちるように跪いたと思った瞬間、そのまま流れるように地面に伏せる。
アンナに続いてあんたもかい!
「数々の無礼、不敬、真に申し訳有りません」
「良い。ただの人の身では詮無きこと。顔を上げられよ」
アプロテが一生懸命女神ぶっているのが、伝わってくる。
「うるさいわね、久しぶりだから調子が出ないだけよ」
「ぐふっ!」
少しくすっとしたら、小声で反論されてわき腹をつつかれた。
「どうかされましたか」
「い、いえ、お続け下さい」
ほら、変に思われた。
「わかりました。……もしよろしければアプロテ様に、懺悔をさせていただければと」
「え、懺悔?あ、うむ、するが良い」
今度は笑わないようにアプロテから顔を背けたが、又わき腹をさっきより強くつつかれた。やめて下さい、脇弱いんです。
「私は何の力も持たず、神々の威光をその目にすることも叶わないにもかかわらず、教皇という地位にあることに疑問を持つ日々でした。そんな私の在位にこのような僥倖を賜り、我が人生にも光が射すような思いであります」
「うむ」
「アプロテ様!この先を見る目を持たぬ哀れな者に、使命を!」
「え?」
「え?」
アプロテと教皇が、お互いにポカーンとした表情で見つめ合う。
使命。神に仕える者が、神よりの啓示により、果たすための目標。
主に夢などで示され、教会の場合は奇跡認定者により使命として認定される。
「あぁ、そう、使命。そうね信仰を必要としているわ」力を取り戻すための。
「それは常に行っておりますが、教会圏の子神教会を娘神教会に建て替えましょうか」
「それは駄目。今まで通りお兄様が主体で良いわ」
「では?」
「その前に――」
アプロテは俺の右手を掴むと、机の上に載せる。
「これを見て」
「これは……ラフエル様の指が、壊死しかかっているのですか?」
俺の右手の指、第2関節より先がすべて、鬱血しているかの如くドス黒く染まっていた。
「これは、呪いよ。あの使徒がロウレスより引き出した力を、力で押し返した代償」
「!!我が命を救っていただいた、あの時の!」
推敲してる時間もありません。




