幕間5
久しぶりに来た感じがする。いや、呼ばれた、のかな?俺は何もない空間に立っていた。アプロテと出会う空間。
しかし、いつもならすぐ近くにいるはずのアプロテが、見あたらない。
立ち上がりしばらく待ってみたが、何の変化も訪れないため、少し歩いてみる。
本当にただ広く、静かな空間。
このままここから出られなくなるんじゃ、そう少し恐怖を覚えた頃、視界の中にシミのような点があることに気が付いた。
「シミのようなって、失礼だわ」
突然声が届く。
それはすぐそばで聞こえたようでもあり、頭の中に響いたようでもあった。
俺はそのシミ、ふさぎ込むように体育座りをして顔を伏せているアプロテの前に立つ。
「どうしたんですか?」
「どうせシミですよ」
「それは、すいませんでした。でも、もっと近くにいてくれたら、すぐに分かったのに」
「どうせ遠いですよ」
俺はアプロテと並ぶように座る。
「どうしたんですか?」
「……アプトさんだけじゃなく、猫娘まで仲良くなって。しかも2人も」
「あっ……ごめんなさい」
「いいですよ、別に。今に始まったことではないですし」
いろいろと頭の中で言い訳が思い浮かぶが、アプロテにはそのすべてがダダ漏れな事を思い出す。
「でも、良くわからないのですが、あなたのことが大切なのは、確かなんです」
「……そんなこと、わかってるわよ。だから、ふさぎ込むしかないのよ」
「アプロテ様も、一緒にいられればいいのに」
「それが出来たら、悩んでないわ」
おれはそっと肩に手を回してみる。
「はぁ〜。そうやって女の子口説いてるの?」
「そんな!どちらかと言えば、女の子に免疫がない方で、今でもアプトやタルーニャにどう接すれば正解なのか良くわからないのに」
「それにしては、やけに自然だったわね」
「よくわかりません。アプロテ様には、素の自分が出せる気がします。その、気分を害されましたか?」
アプロテが肩に回した手の上に自分の手を重ね、さらに頬を乗せる。温もりを確かめるように。
「このような何もない場所にいるから、心が沈むのではありませんか?」
「そうでもないわ。私は見ようと思えばどこでも見られるもの」
今はあなたしか見てないけど。
「それは、照れますね」
そう答えた瞬間、アプロテがものすごく驚いた顔で、こちらを見てくる。
「な、なに、が?」
「え、私しか見ていないっていうのが、ちょっと恥ずかしいというか、その、照れますね」
「わ、私、声に、だして、た?」
あれ?そう言えば、聞こえた訳じゃ無いな。
「いえ、そうではなくて、気持ちが伝わったというか?」
「え?そんな、いつから?」
アプロテの顔が見る見る真っ赤になっていく。
「……今日ここに来て、探しているときに、初めて気が付きました」
「じゃ、じゃぁ、全部、聞こえてるの!?」
顔だけではなく、首から耳、よく見たらゆったりとした白い服から覗く肌が全部真っ赤だ。
「全部というか、気持ちが伝わってきます……その、だいす――」
「わああーーーーーーー!!!」
「ごめんなさい!でも、盗み聞きするつもりはなかったんです!何故か良くわからなくて、聞こえないようにも出来ないですし!」
アプロテが目に涙をいっぱいためて、泣きそうな顔をしている。
「……ひどい。あんまりよ……」
「本当にごめんなさい。でも、もっと気になったのは」
「何よ」
「強い寂しさでした」
アプロテの顔が、先ほどの反動からか悲しみにゆがむ。
「じゃあなんで悲しんでるかも、分かるでしょ!」
「……はっきりしたものではありませんが、私のせいなのは、分かります」
「……全部、では無いのね?」
「全部?」
「いいわ、許してあげる」
そう言ってアプロテは立ち上がり、踵を軸にしてこちらを振り向く。
「そうよ!私はあなたが大好きなのよ!」
いきなりキスをされた。
驚いてアプロテに手を伸ばそうとした瞬間、ベッドの上で上半身を起こし、手を伸ばした姿勢で目が覚める。
「どうしたの?ラフ?」
隣で寝ていたアプトが、俺に驚いたのか心配そうな顔をして体を起こす。
「何でもない」
「怖い夢でも見たの?泣いてるよ?」
俺は驚いて自分の顔に手をやると、驚くほど目頭が濡れていた。
「少し、風に当たってくる」
「大丈夫?一緒にいこうか?」
「大丈夫。少し1人で考えたいんだ」
俺はベランダへ通じる扉を開けて外へ出る。
昼間は少し運動すると汗ばむような気温だが、深夜と言うこともあり、風が吹くと少しだけ肌寒く感じる。
夢の中のアプロテのことが、頭から離れなかった。前までなら起きたときにぼやっとした記憶というか、どんな夢を見てたっけ?そんな感じの記憶。
だが、今日の夢は違った。はっきりと残る唇の感触と、流れ込んできた悲しい感情。
「夢じゃない」
手に残る柔らかい感触。匂いまではっきりと思い出せる。甘い花のような香り。
アプロテの感情に釣られたのか、激しい喪失感に苛まれる。
押さえきれず、目から涙が溢れてしまう。
そのとき、不意に後ろから抱きしめられる。
伝わってくる感触から、すぐにアプトだと理解する。
「大丈夫だよ。たとえ何があったとしても、私はラフの味方だから」
アプトはそのまま、俺の気持ちが落ち着くまで、後ろから抱きしめてくれていた。
小さな体から伝わる温もり(今の体とはさほど大差はないが)が、夜風に吹かれ少し冷えた体に心地よく、深く沈んだ心を浮かび上がらせるには十分なものだった。
「ありがとう」
それでも俺はアプロテへの後ろめたさもあり、抱きしめ返すようなことはせず、そのままベッドへと戻るのだった。




