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5章6話 最後の一人

「行くにゃ!」


 タルーニャが身を低く低く、地を這うように迫ってきたと思うと、そのまま手に持った木刀を切り上げてくる。

 俺はそれを一歩後退し、切り上げられてくる木刀にこちらの木刀を合わせて、さらに上方へ引っ張る。

 タルーニャの上半身が前方に泳ぎ、引き上げた木刀を無防備な脇へ叩き込む。

 だが取ったと思った瞬間、手に帰ってきたのは空を切る感触だった。

 タルーニャの体は泳いだのではなく、こちらの力を利用してそのまま前へ飛び、俺の後ろへ回り込んでいた。


「貰ったにゃ!」


 俺の後頭部に、纏わせてある防御壁が削られる衝撃が入る。


「うぐぅ」

「にゃはは、これで3勝2敗にゃ」


 今日は教都から少しだけ外へ出た、開拓前の丘にタルーニャとアイラの3人で来ていた。

 学校の校庭を使わせて貰うことも出来たのだが、あまり手の内を見せるのも何なので、外へ出ることにしたのだ。

 ハインは集団戦に出てくれる人間に当てがあるからと、後から合流予定だ。


「くそ〜、やっぱりスピードは全くかなわないなぁ」

「そうでもないにゃよ。最後のは少し危なかったにゃ。それに、魔法ありだと逆転されてしまうにゃね」

「はは、でも集団戦は攻撃的な魔法は禁止だから」


 そう、俺の2勝はタルーニャの「魔法使いとの戦闘を想定してやってみたいにゃ」という、提案でなんとか勝った物だった。


「くそっ、もう一回!」

「次は魔法ありにゃ!」

「お姉ちゃん、私の番は?」


 アイラがぼやくが、タルーニャがお構いなしに初めてしまう。本当に楽しそうだ。

 使用する魔法は、威力や精度なども含め、初級までに限定していた。これ以上強いと体に張った防御壁を突破してしまうし、上級だと何でもありになってしまうからだ。

 それに、実際問題として、魔法剣士はさほど多くない上に、中級以上使える者はほとんどいない。

 それでも、剣を振るいながら放たれる魔法は、やはり相当な驚異となるようで。


「先手必勝にゃあぁぁ!」


 2敗しているので必勝ではないのだが、魔法が放たれる前に距離を詰めるというのが、基本になってしまう。

 俺はタルーニャの前に、1戦目でも見せていた、不可視の煙を発生させる。タルーニャは躊躇無く煙に向かって跳躍する。


「それはさっき見たにゃっぷぎゃっ」


 ごいん!と激しい音がして、タルーニャが煙からはじき返されて、バランスを崩す。実は最初と違い、煙の中に防御壁を立てて置いたのだ。

 俺はさらにタルーニャの足を引き寄せ、転倒を狙うが、これはジャンプしつつくるっと宙返りしてかわされる。

 待ってました!


「そこっ!」


 いくら身軽なタルーニャでも、空中でそう何度も姿勢を変化することは出来ない。

 俺はそこを狙い、木刀で突きを放つが、なんとタルーニャはまだ着地していない不自然な体制で、俺の木刀を受け流し、さらに右足で蹴りを放ってきた。


「そんな姿勢で放った蹴りなんて!」


 俺は構わず突きを放った姿勢のまま、タルーニャに肉薄する。


「にゃっ!?」


 さすがに不自然な姿勢から戻れなかったのか、タルーニャが背中から落ちる。


「危ない!」


 俺はそんなタルーニャを見て思わず抱きしめると、後頭部を打たないように思わず守ってしまい、縺れる(もつれる)ように倒れ込む。


「あいててて、タルーニャ大丈……夫?」


 タルーニャに多い被さるような姿勢に気が付き、思わず動きが止まる。


「だ、大丈夫、にゃ。ラ、ラフが、守ってくれたにゃ」


 さっきまでの威勢はなりを潜め、少し耳を赤くして動かないタルーニャ。


「そう、良かった。ご、ごめんね、思わず飛びついて」

「嫌な気分じゃないから大丈夫にゃ。少し嬉しかったにゃ」


 俺はその言葉を聞いて、何となく肩の力が抜けると、そのままタルーニャの胸に頭を乗せる。

 といっても、皮鎧を着ているので、さすがに固いだけなのだが、タルーニャが俺の頭をぽんぽんと撫でてくる。


「もう!お姉ちゃんもラフさんも何を――」

「貴様!タルーニャに何やってるんだ!」


 いきなり俺のわき腹に激痛が走り、体が吹き飛ばされる。かなり強い防御壁を張ってあったのだが、激しく摩滅し、剥がれかかっている。

 なんだ?何が起こった?俺は痛みに耐えて立ち上がりながら、自分を蹴飛ばしたらしい人物を見る。

 毛深く顔が長い。犬?いや狼か?の獣人。そのがっしりとした体格に灰色の毛と相まって、ものすごい威圧感がある。

 タルーニャって言ったのか?知り合い、か?


「なぁ!ガルーダ!何やってるにゃ!」

「お前こそ何やってるんだ!あんな小僧にやられそうになるなんて!」


 やっぱり知り合いか。俺は蹴られたわき腹に回復と、防御壁のかけ直しをする。


「おい!俺が相手だ!タルーニャには指一本ふれさせん!」


 なるほど、俺がタルーニャに襲いかかっていると思ったのか。


「死ねぇ!」

「や、やめるにゃ!」


 ガルーダと呼ばれている狼獣人が、俺に向かって曲刀を構えて突進してくる。

 まずい、これはまずい。動きで結構な使い手なのが分かる。この速度と質量を押し止める魔法が咄嗟に練れない。手に持っているのも木刀だけで、とうてい受けきれるとは思えない。

 これはダメージを軽減する方向で、と考えていると、視界の(すみ)に黒い陰が恐ろしい速度でこっちに向かってくるのが見えた。げぇ!やばい!


「だめだ!ハイン!殺すな!」

「ラフ様に何をしている!」


 普段の落ち着いたハインからは想像できないような、大音声&憤怒の形相でハインがガルーダを拳で撃ち抜く。

 そう、まさしく撃ち抜く。ハインの拳をまともに右頬にヒットさせ、ぐるんと一回転して後頭部を地面に打ち付けるガルーダ。


「ラフ様、なぜ止めたのです」

「良く分からないけど、タルーニャの知り合い、なんだよね?」


 最後の言葉はタルーニャに向けての物だ。


「まぁ、その、知り合いと言えば知り合いにゃ、ね」

「しかし、この獣人、剣を向けた上に、殺気まで放っておりましたが」

「あぁ、それは多分、誤解から来たものだとは思うんだけど」

「うぅ、クソっいてぇ、誤解じゃないだろ!お前、タルーニャの上に乗りかかってただろ!」


 タフなことに手加減したとはいえ、ハインラットに殴られて、すぐに起きあがってきた。


「ち、違うよ!ただタルーニャと剣の稽古をしてただけで!」

「そんな事で騙されるか!俺は匂いで分かるんだぞ!お前!タルーニャに発情してただろ!」

「なっ!」

「にゃっ!?」

「そそそ、そんな事……な、無いと、おも、う」

「そ、そうにゃ、稽古中にわちしがバランスを失って倒れ込んだだけで、そんなものじゃないにゃ!」


 タルーニャも顔を真っ赤にしながら否定する。


「そ、そうなのか?それなら――」


 何か言い掛けてガルーダが少しきょろきょろして鼻をクンクンと動かした後、ショックを受けたような表情をする。


「タ、タルーニャ、お前もはつ――」

「にゃあああああぁぁぁぁああああ!」


 今度はタルーニャ全力の拳がガルーダの左頬にめり込むと、独楽のように体を回転させながら伸身宙返りをして、頭から地面にめり込む。


「ちょっ、ちょ!タルーニャ知り合い死んじゃうよ!」

「死ねばいいにゃ!そのがさつな所がだいっきらいにゃ!!!」


 とりあえずさすがにまずいので、回復魔法をガルーダにかける。あれ、でも、思ったより軽症だ。頭が地面にめり込んだのに、頑丈だな……


「うお!なんだ!?ここはどこだ!」


 ガルーダが意識を取り戻した瞬間、がばっと起きあがる。


「お、落ち着いて。何もありませんから!」


 勢いよく起きあがった瞬間、ハインがすごい形相で飛び出そうとしたので、双方を押さえる意味で声をかける。


「よ、良く分からないが両頬が痛い……何があったんだ」


 かわいそうに、記憶が飛んでいるらしい。自業自得だが。


「あ、うん、僕とタルーニャの剣の稽古中に、タルーニャの攻撃が偶々通りがかったあなたに当たってしまったんですよ」

「そ、そうか、確かにこの左頬の傷みは、タルーニャの拳な気がする」


 そ、それで分かるって言うのは、殴られ慣れてるからなのか?


「それで、今日はどうされたんですか?」

「いや、俺も教都に行ってみたいと思ってな、タルーニャがいるはずの学校に行ったら、ここだって言われて……あれ、頭が痛い、そこから思い出せな、い?」

「それはいけない。傷の手当てをするため、今日は戻りましょう」


 俺はすべてをなし崩しにするため、いそいそと帰り支度をする。




「ラフ様、集団戦の人員に4人ほど加えることが出来そうです」

「それはすごい!どんな(つて)を使ったの?」


 ウェンデール館に戻り、リビングでくつろいでいるとハインが報告に入ってくる。


「先の(いくさ)で懇意になった傭兵です。そのうち1人はなかなかの手練れです」

「へ〜。トラムぐらい?」

「トラムよりも強いですね」

「それはすごいにゃね!?今度手合わせをお願いしたいにゃ」

「あ〜、それは、どうでしょうか。腕は確かなのですが、少々人格に問題があります」

「人格?」


 俺が問い返すが、珍しくハインが曖昧な表情をする。


「まぁ、腕は確かなので、当日でも問題はないでしょう」

「それは残念にゃね。まぁ集団戦も近いし、今まで通り訓練を続けるにゃ」

「お?なんだなんだ?何かやるのか?」


 頬の腫れも引いて元気になったのか、ソファに寝ていたガルーダが話に割って入ってくる。


「何でもないにゃよ。ガルーダは1人で教都観光でもしてくればいいにゃ」


 タルーニャの目が見たこともないほど冷たい。いや、隣にいるアイラの目も冷たい。

 ガルーダ、嫌われてるのか?


「ひでぇな。はじめてきたんだから何がなんだかわかんねぇよ。で、なんだ、また大会かなんかあるのか?」

「集団戦って言う模擬戦があって、それに僕のチームとしてタルーニャ……さんが参加して貰えることになったんです」


 呼び捨てにしようとしたら、ガルーダの目が怖かった。


「ほう、タルーニャも参加するのか……よし、俺も参加してやるよ!」

「勝手に決めるにゃ!入れるかどうか決めるのはラフにゃ!」

「はぁ?入れた方がいいに決まってるだろ!さっきは不覚をとったが……さっきって何だ?まぁいい、群島ではほぼ負けなしだぜ?」

「あちしには勝てにゃいけどね」

「それは、その、あれだ……とにかくだ、損はしねぇぞ?」

「どう思いますか?ハイン」


 俺個人としては、ガルーダの申し出はありじゃないかと思っていた。だが、ハインが少し怖い顔をしているのが気になって、思わず聞いてしまう。


「そうですな、まずは腕をみたいと思います」


 俺たちは全員で庭に出る。


「では、どうぞ」


 ハインの顔がいつもより険しいのが不安だが、とりあえず2人に防御障壁を張る。


「先手必勝!」


 ガルーダが木刀を手に跳躍する。

 この一直線の攻撃、見覚えがあるなぁとタルーニャの方を見ると、小声で「ち、違うにゃ、獣人がみんなこんな感じじゃないにゃ?」と必死で訴えてくる。

 ばしゅっと障壁が削れる音がして振り返ると、ガルーダが地面に落とされている。ハインは最初の位置から動いていない。


「立ちなさい」

「クソ、まだだ!」


 立ち上がったガルーダは、今度は素早く踏み込んで胴を凪ぐように木刀を横に振るが、ハインの木刀であっさりと防がれる。

 ガルーダが信じられない物を見たようにハインを睨む。


「う、この、離せ!」


 ガルーダが叩きつけた木刀を引っ張って取り戻そうとしているが、何故かハインの木刀に張り付いたように動かないようだ。

 横で見ていると、重い物を動かそうとしているパントマイムのように、不思議な動きだ。


「ふむ、体を巡る魔力の量は申し分ないな。だが、使い方が荒すぎる」

「うわ!」


 急に木刀が外れて自由になったせいか、バランスを失って倒れ込むガルーダ。


「次です」


 ガルーダが荒い息を吐きながら、手に持った木刀とハインを交互に眺めている。


「お前自身の魔力を誘導して張り付けただけだ。もう終わりなのか?」

「この野郎!」



 この後、ガルーダはめげずに8回ほど挑んだが、すべて一瞬の元に叩き伏せられ、最後には涙目になっていたというか、ほとんど泣いていた。


「ちょ、ハイン、その辺に、ね?」

「ラフ様がそうおっしゃるのであれば」

「もしかしてちょっと怒ってる?」

「ちょっとではありませんが、怒っています」

「いやほら、誤解だったから、ね」


 あまりにもかわいそうなので、俺は膝を突いて呆然としているガルーダの背に手を当て、回復魔法を流し込むと、ガルーダの呼吸が穏やかな物に変化する。


「お前、良い奴だな」


 いやいや、うちの者が大変酷いことをして申し訳ない。


「しかし、口だけではなく腕の方は確かに立つようです。もしラフ様が望まれるのであれば、集団戦の一員に加えてもよろしいかと」

「ほ、本当か!?でも、俺は全くかなわなかったぞ!?」

「それは力の使い方が分かっていないだけだな。これから覚えれば、良いところまで行くだろう」

「そ、そうか、ありがてぇ!」


 ガルーダがハインに向かって片膝を突き、恭順の姿勢をとる。

 こうして、集団戦最後のメンバーが決まった。


「ラフ様、お鞄お持ちしましょう」


 ハインに何か言われたのか、変な太鼓持ちになってしまったが。

飼っていたフェレットが亡くなってから一年以上。

もふっとした生き物を触りたい。

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