3章5話 いたんだ!
一通り案内して貰った俺は、部屋に戻り、届けて貰った荷物の開封を始める。
「……結構な量の荷物だね」
部屋の隅、俺の使うベッドの足下側のスペースに積み上げられた、鞄やいくらかの本、寝具なども持ち込んでいた。
「ははは、その、想像より部屋が狭かったもので……」
貴族の嫌みに聞こえるかもしれないと思ったが、俺は正直に言った。
実は領事館から運ぼうとした机などの家具や、食器類なんかをそのまま業者に持って帰って貰ったのだ。今更いいわけなど出来るはずもなく。
「うん、平民の僕に丁寧なしゃべり方や物腰とかしてるから忘れそうだったけど、高価な本を書おうとした時も思ったけど、やっぱり貴族なんだねぇ」
「なんか、申し訳ありません」
「いやいや、いいんだよ。というか、ラフ君の対応なんて可愛いものだよ?騎士学校なんてほとんど貴族の師弟ばっかりなんだけど、お金に物を言わせて寮の改造までさせちゃう人もいるぐらいだからね。呆れるのを通り越して感動すらするよ」
そう言って笑うタロス先輩。
そんな先輩を後目に、最初に開けた袋の中に入っていた布団に、金糸銀糸の刺繍が入っているのを見て、俺も呆れられるんじゃないかと取り出すのをためらっていた。
「……あの、ラフ、いる?」
俺が心を決めて布団を取り出そうとしたとき、控えめなノックの音と共に、これ又控えめな少女の声がする。
アプトだ!!
「やぁアプト、良くここがわかったね」
内面の喜びを押さえつつ、きわめて冷静に見えるように扉を開けると、少し困った顔をしたアプトと、その後ろに試験の時に見たイケメンが二匹並んで立っている。確か騎士学校上級のグラスドールと魔法学校上級のロプトルとか言う奴だ。
「初級2位の分際で上級者を呼びつけるとは、身の程を知ると良い」
俺に向かって派手な服を着た金髪イケメン、グラスドールがたしなめるように言う。長髪を手で後ろに払う仕草が気持ち悪い。
「もう、私が勝手に来たんだから黙っててよ!」
アプトがその言葉に反論するように怒る。
「はは、それでどうしたの?」
「ラフは学生証貰った?」
「うん、さっきフェリス学長から受け取ったよ」
「良かった。それなら一緒にご飯食べにいこうと思って」
「あ〜、そうだね、もうそんな時間か」
俺は少し気になって、部屋の中にいるタロス先輩を振り返る。
「先輩、もし良かったら夕飯に行きませんか?アプトのことも紹介したいと思っていましたし」
「え?アプトって、君と一緒に試験受けていた子かい!?」
何かノートに書き込んでいたタロス先輩が、少し重そうな体には似つかわしくない動きで、俺の横に飛んでくる。
「や、やぁ、初めまして!僕はラフ君と同室のタロスだよ!うわ、可愛い!」
いや、本当にすごいなこの先輩。悪い人じゃないんだけど……可愛いのは事実だし。
「え、あ、初めまして」
可愛いと言われた恥ずかしさより、その勢いに気圧されて少し引き気味にタロスから差し出された手を握ろうとするアプト。
「ふん!」
「はっ!」
タロスが差し出したその手をグラスドールが払い、ロプトルがアプトの前に障壁を張る。
少しいがみ合ってるように見えたのに、息ぴったりだな、おい。
「もう!やめてよ!」
アプトは手を伸ばすと、払われたタロス先輩の手を握る。
「初めまして、ラフの……ラフの友達アプトと言います。ラフ共々よろしくお願いします」
タロス先輩の手を握りながら、友達と言い淀んだところでちらりと俺の反応を見てくる。
「天使だ天使が降臨した!?」
先輩は絶好調だ。
「夕食に行きましょう」
俺はタロス先輩とアプトを促して、食堂へ向かう。
何故か後ろからイケメン二人もついてくる。
「まったく、なぜ学校の食堂などに」
「嫌なら貴公は戻られるが良いだろう」
「む、誰も嫌とは言っていないだろう」
本当に、後ろの二人はなんでついてくるんだろう。
「ここに並ぶんだよ。今日はまだ早い時間だから並んでいる人は少ないけど、もう少し遅くなると結構待たされるから気をつけてね」
タロス先輩が木で出来たトレイを持って、少ないと言っていた列の最後尾に並ぶ。
それを見て俺とアプトもトレイを持って後に続く。
ふと気になって、後ろについてきているイケメン二人を振り返ると、ロプトルの方は澄ました顔でトレイを持って後ろに続いているが、グラスドールは落ち着かないようにきょろきょろとして「ここには給仕もいないのか?」とぶつぶつ言っている。
派手な服でトレイを持っている姿がとても滑稽だ。
「ここでパンとサラダ、スープを受け取って、奥のテーブルで食べるんだよ」
「あ、あの、タ、タロス先輩」
「なんだい、天使の君」
なんだろう、俺に対して向けた表情とは全く違う、多分タロス先輩の中の精一杯の良い笑顔でアプトに返事をしているのだが、いかんせん慣れていないのか、少し堅いというか、はっきり言ってヒキツっている。
「お、お金はどこで払うんですか?」
「あぁ、ここの生徒は3食は無料で食べられるよ。それ以上食べたかったり、他の物を食べたかったりするときは、お金がいるけどね。とは言っても、パンもサラダもスープもお代わり自由だけどね」
そういってタロス先輩は、丸い少し堅めのパンを4つ器用に重ね、仕切のあるトレイの片方にこれまたサラダを山ほど盛り、スープの器を乗せてテーブルに向かう。
俺とアプトも量は必要な分だけ取り、タロス先輩の座る長いテーブルに並んで座る。
「背もたれもないではないか」
グラスドールが簡素な木の椅子をテーブルの下から引き出し、アプトの正面に座るロプトルにぴったりと椅子を寄せてすわりながら文句を言っている。ロプトルは迷惑そうな顔をしているが、お構いなしだ。
「そ、それでさラフ君。狩りの話なんだけど、来月からの授業が選択式なんだけど、丁度迷宮に潜るための授業があるんだ」
「迷宮、ですか」
迷宮。
多くの伝説にも登場し、地下へと続く入り口は魔物が多く生息する場所に口を開け、その最深部には一生遊んで暮らせるどころか、国を興せるレベルのお宝が眠っていることもあるという。
「そう。といっても授業で使われる迷宮は、教都の南にある難易度の低い奴だけどね」
タロス先輩は堅いパンをスープに浸し、柔らかくして齧じっている。というか、パンが堅すぎてそのままだと顎を鍛えているようになる。
「ですが、迷宮に入るにしても、パーティーを組む人もいませんが」
「そう、それなんだけど――――」
「汚ねぇ獣がこんな所で飯食ってんじゃねぇよ!」
「くせえんだよ!馬小屋ででも行ってろよ!」
机が倒され、食器などが激しく床に散らばる音と共に、若い男達の怒声が聞こえてくる。
驚いて声がした方を見ると、すみの方で食事をしていたらしい騎士学校の制服を着た二人の人間……いや、獣耳が同じく騎士学校の制服を着た若い10代半ばぐらいの男4人に囲まれている。
獣人だ。本では読んだことがある。南の方に住んでいると。一部では差別もひどく、教会圏ではほとんど見ないと書かれていた。だから会えないと思っていた。
「いたんだ!」
俺は思わず椅子から立ち上がり、二人の元に駆け寄ってしまう。
怒鳴られて怯えた表情をしていた獣人少女二人は、いきなり現れた俺を見て戸惑うような表情に変化する。
一人は制服から見える肌すべてに気持ちの良さそうな、白い輝くような短い毛が生えており、顔にも毛が生えて鼻も猫っぽい。わかりにくいが、多分俺より少し年上だろう。毅然と男達をにらみ返している。
もう一人は頭に猫耳、お尻に尻尾が生えているだけの、一見コスプレみたいな感じだが、良く見ると目は猫目で、顔も猫っぽい印象がある。こちらは同い年ぐらいだろう。先の獣人の後ろに隠れ気味に怯えている。
触りたい、撫でたい、モフりたい!!!
「なんだお前は……あぁ?今日入ってきたしょぼい奴じゃねぇか?」
怒鳴っていた男の言葉に、他の3人がにやにや笑いながらそうだそうだと相づちを打つ。
「あ、あの、すいません、お名前をお教え願えませんか」
俺は二人に近寄り、きわめて紳士的にキリッと声をかける。
「無視するんじゃねぇ!」
「え?え?」
「うるせぇ、獣は黙ってろ!」
男達の一人が、おどおどと返事をしようとした若い獣人(コスプレっぽい方)を、何が気に入らないのか蹴飛ばそうと足をあげる。
「ふざけるなぁ!」
俺はカッとなって、思わずその男の軸足を蹴ると、思いっきりバランスを失った男は後頭部から地面に激突し、頭を押さえて唸っている。
「てめぇ、何しやがる!」
「それはこっちの台詞だ!か弱いケモ耳を男が寄ってたかっていじめるとは、何事だぁ!!」
「な、何言って……」
「ちょ、ちょっとラフ、どうしたの?」
普段大きな声をほとんど出さない俺に驚いたのか、アプトが俺を押さえるように割り込んでくる。
「なんだ、お前もこいつの仲間か?」
男達の一人が、アプトの肩をつかむ。
その瞬間、俺は肩をつかんだ男を、無意識に魔力の圧で弾き飛ばす。
瞬間的だったのと間にアプトがいたのでそこまでの力は出していないが、それでも男は壁に激突してそのまま動かなくなる。
「貴様!」
残った二人が腰につり下げた剣の柄に手をかける。
「「そこまでだ!」」
気がつくと、グラスドールとロプトルが俺の横に立っている。
「あ、グラスドールさん、なんでこんな所に」
騎士学校の上級1位の顔を知っているらしい男達の顔色が変わる。
「たまには気分を変えたいときもある。そんなことより、貴様ら何をしている」
「いえ、食堂に獣人がいたので、立場を教えてやろうと……」
グラスドールがちらりと獣人少女二人を見る。
「獣人がここで食事をすることに何か問題があるのか?我がポートヴェイルでは獣人は立派な労働力であるし、ここ騎士及び魔法学校では、全ての生徒は平等と定められている」
「それは……」
ポートヴェイルは教会圏南に位置する国だ。大変栄えた港があると有名で、南方との取引も盛んだという。
「まだ何か問題があるというなら、その剣を私に抜いてみるか?」
「そ、そんな、とんでもない!」
「ならとっとと仲間を回収して消えろ」
男達は壁でノビている男と、頭を押さえている男を助け起こし、すごすごと食堂から出ていく。
「ありがとうございます、グ――」
「アプト殿、お怪我はありませんか。」
「これだから騎士学校の者は野蛮で困る。しかしさすがはアプトさんの魔法は素晴らしい」
俺の礼の言葉を無視して、グラスドールはアプトに話しかけ、ロプトルは男が触ったアプトの肩に浄化の魔法をかけている。
「え〜っと、ありがとうございますにゃ」
「ありがとうございます」
そんな俺をかわいそうに思ったわけでもないだろうが、獣人少女二人が俺に礼を言ってくれる。
「僕はラフ・ド・ウェンデール。あらためてよければお名前をお教え願えませんか」
「私はタルーニャ。それでこっちはアイラにゃ」
「にゃって言った……にゃって……」
タルーニャと名乗った白い毛の獣人は、自分の後ろに隠れるようにしているコスプレ獣人を指さして紹介する。
「は、はじめまして」小さい声で返事をするアイラ。
「いえ、美しい毛並みを守るのは当然のつとめ」
「「は?」」
「本当に君とは気が合いそうだよ」
いつの間にか、タロス先輩が横に来ている。
「何かお礼ができれば良いんにゃけど、わちし達は何も持ってないからにゃぁ」
「ごめんなさい」
「いや、本当にお礼なんていいですよ!にゃで幸せでもう」
「だったらっこうしないかい?」
タロス先輩が示した案に俺は大いにやる気を出し、アプトの機嫌は急降下していった。




