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2章6話 二人の間にあるもの

「アプトの所に案内して欲しいんだけど?」


 俺がこの言葉を言うのは、2度目だった。

 バルターとの話し合いの後、少し時間がかかってしまったため心細い思いをしているだろう、アプトと合流するために使用人に案内されていた。

 最初使用人は、アプトを呼んできますと提案したが、アプトが来るのも俺が行くのも変わらないと思い、案内させていたのだ。

 俺の勝手な予想では、上階のハインやバルターの部屋に近い場所だと思っていたので、どんどん外へと向かう使用人に、少し不信感を抱いたのだ。


「アプト様は、離れの方へご案内させていただきました」

「離れ?」

「はい、アプト様はラフエル様と同じ部屋に泊まりになると勘違いされていたようなので、身分の違いがあるので同じ様な部屋にお泊めすることは出来ませんと、お伝えさせていただきました」


 俺は驚いて足を止めてしまう。案内のため目の前を歩いていた使用人がそれに気づき、振り返る。


「どうかされましたか?」

「いや……」


 一瞬この使用人を首にして貰うよう、バルターにお願いする考えが頭に浮かぶ。

 だが喉元まででかかった激しい言葉を、何とか飲み込む。この使用人がしたことそれ自体は、この世界では普通のことだったのだ。

 俺が言えば普通に一緒の部屋に出来るだろうし、と考えていた。

 アプトのいる離れに案内されるまでは。


「なんだこの部屋は」


 城の離れと言えば聞こえは良いが、細長い木で出来た建物に、いくつかの扉がついている。見た目は長屋というか、長屋そのものだ。

 しかも、一つ一つの部屋はかなり狭そうだ。恐らく、外から来た者をとりあえず待機だけさせるためだけの部屋に見える。


「こちらは従者の方や、遠方から来られた平民の方などにご利用いただく施設になります」

「ほう、では聞くが、あなたはアプトを何だと思っているのですか?」

「申し訳ありません、詳しくは伺っておりませんが」

「なぜ確認しない。彼女は将来の宮廷魔術師候補で、ポラルト王、つまり私の父ゼレスもとても期待をしている。この意味が分かるか」

「も、申し訳ありません!」

「もういい。こちらの伝達ミスもある。下がれ」


 使用人が真っ青な顔で、体を震わせるように下がっていく。


「あぁ、待って。今後彼女に対して接するときは、私と同等の礼を持って接するように全員に伝えて下さい。あと、私が王子だと言うことは他言してはならない」


 再度深々と礼をして去っていく使用人。

 こんな自分の物ではない権力を笠に着て、偉そうに人を叱るのは本当に嫌だ。もっと冷静になるべきだ。


 アプトのいる部屋の扉をノックする。


「……は、はい!」

「アプト?僕だよ、入っていい?」

「え、あ、うん……はい!」


 部屋の中に入ると、アプトが椅子から立ち上がって俺を出迎える。


「ごめんね、手違いがあったみたいで」

「い、いえ、わた、私もその、勘違いしてたって言うか、ラフ様の優しさに勘違いして、ご、ごめんなさい」


 アプトのこの言葉に、先ほどの使用人に対しての怒りが爆発しそうになる。くそ!アプトに何を言ったんだ!僕の、僕の心を許せるただ一人の子に!


「ごめんなさい!」


 顔に怒りが出てしまったのを勘違いして、アプトが深々と頭を下げる。


「アプト、やめてよ!」

「でも、ラフ様はウェンデールの貴族で、私なんかただの平民で」


 アプトは名誉階位を持っているが、彼女がそれを人に言うことはなかった。


「そんなもの!ただの生まれの違いだよ!」

「でも、やっぱり……」


 肩が震え、顔を伏せ気味に目を剃らしている。

 あぁ、少し赤くした目に涙をためている。1人で待っている間、とても不安だったのだろう。くそ!くそ!くそ!


 部屋の中を進みアプトの前に立つと、体を引いて下がろうとするアプトの肩を掴んで、そのまま抱き寄せる。


「前みたいに、ラフって呼んでよ。嫌だよ」

「でも、でも」

「僕がそうして欲しいんだ。それに、絶対に誰にも文句は言わせない。誰にも」

「……うぅ、えぇぇぇ」


 アプトが腕の中で堰を切ったように泣き出した。

 俺は黙ってアプトの頭を撫でる。ほんの少し彼女の身長の方が高いのが格好つかない気もするが、他に誰も見てないからいいだろう。


「落ち着いた?」

「……うん……怖かった」

「何が?」

「ラフが、もう、遠くへ行っちゃうんじゃないかって……うえぇぇ」


 その時のことを思い出したのだろう、また目に大粒の涙をためて、泣き始める。


「大丈夫。どこにも行かないよ」


 アプトは何度も頷いて鼻をすすっている。

 ああもう、かわいいなぁ。食べちゃってもいいよね、もう。


「よし、行こう!」


 アプトが泣きやんだのを見計らい、手を引いて城の中へ戻る。

 わざと人の多そうな所を通ると、すれ違う度に使用人が仕事の手を取め、深々と頭を下げる。

 俺はこれ見よがしにアプトの手を握り、堂々と歩くのだが、慣れないのだろう、アプトは通り過ぎる度に頭を下げた使用人に頭を下げ返している。


 本来ならこんな偉そうな態度、俺はとったことがなかった。

 最初、ポラルトでも使用人は同じような態度を示していた。皆無言で頭を下げ、道をあける。

 俺はそれがどうしても嫌で、頭を下げる使用人全員に「おはよう!」と挨拶をしていた。そうする内に、返事をしてくれる人が増え、皆笑顔で挨拶をするようになっていった。

 当然、ゼレスや兄たちにも挨拶を勧め、ポラルトの城は階位など関係なく、皆笑顔で挨拶するようになった。

 ゼレスなど「城の中が明るくなったようだ」と変化を楽しんでいたようだ。


 明日には出発してしまう城。だが、たとえそれだけの時間だとしても、もうアプトにつらい思いなどさせたくはなかった。


「バルター叔父さん!」


 バルターの執務室の扉を勢いよく開ける。

 この城でバルターのいる部屋の扉をそんな風に開ける人間がいないのだろう、最初少し怪訝な顔をしたが、俺の顔を認めると、相好を崩して椅子から立ち上がり、はめていたモノクルを机に置くと、俺たちの前に歩いてくる。


「いかにも、バルター叔父さんだ!」


 俺とアプトの頭をとても大きな手のひらでぐりぐりする。


「少し手違いがあって、アプトだけ離れに泊まることになってたんだけど、一緒の部屋でいいよね!」

「離れに?」


 バルターは少し考えるような顔をする。

(怒られてしまえ)と意地悪な心が持ち上がる。いかんなぁ。あの使用人の態度もこの世界では普通のことなんだろうし。でも、アプトの泣き顔を思い出すと。


「いや、もちろんそのつもりだった!」


 バルターは使用人を呼び、いくつか指示をすると。


「今日は疲れただろう。夕食までゆっくりするといい」


 俺とアプトは使用人に連れられて、城の三階にある俗に言う貴賓室、VIPルームに通された。

 部屋は四つに分かれており、寝室やバスルームに応接室まであった。

 人の城泊まりに来て応接室もって、よっぽど偉い人用の部屋じゃ……


「ラ、ラフ、どの部屋使っていいんだろう……このふかふかのカーペットの上で寝ていいのかな」


 アプト、そこは応接室だし、ベッドもあるし。


「ここから繋がってる部屋全部使って良いみたいだよ」

「えぇぇー!」


 怯えたような顔をするアプト。

 そりゃ俺も気後れはするけど、怖がらなくても。


「そ、そ、そんなお金無いよ!?」

「いや、甥っ子からお金取ったりはしないと思うよ?」

「そ、そうだよね。でも、落ち着かないよ!?」


 何故かリビングに敷かれているカーペットの角に、怖々座っているアプト。

 その後もソファーに座ることを勧めると「ふああぁぁ!沈む、体が沈むよ!」と慌てるのを宥めたり、ベランダに出ては「高い!すごく高いよ!」と怯えたりするから、飽きることなく食事の時間まで待つことが出来た。


「え、食事はバルター様と一緒、ですか?」

「そうみたいだね」

「そ、そんな、もし粗相したらどうしよう!」

「大丈夫だよ、バルターしょ……おじさんは、とても優しい人だから」


 それでも「大丈夫かな、私は部屋で食べた方がいいんじゃないかな?」と言うのを「そんな事したら逆に悲しむから」と、なんとか説得して夕食の席に連れて行く。


 結果的に出てくる料理すべてに感動するアプトを、孫に甘いおじいちゃん目線で見ているバルターという、俺の想像した通りの夕食となった。

 バルターの子供はハインラットだけだし、近親者に女の子がいないことでよけいに可愛くて仕方ないらしく、部屋に戻るとシンプルだが可愛らしいドレスが何着か届けられていた。


「えぇぇ、こんなの貰ったら、どうお礼をしたらいいかわからないよ」

「ん?お礼なんて簡単だよ」


 翌日、出発の時に、アプトは昨日貰った服の中から、オレンジ色をしたフェルト地の上着を羽織って、バルターにお礼を言う。

 下は「汚したくないから」と、いつも着ているチュニックだったが。


「うんうん、良く似合っている。もし困ったことがあれば、教都のウェンデール館に何でも言いなさい」


 もうね、俺の時の比じゃないね。

 俺の時でも、目に入れても痛くないって感じではあったが、アプトはもう目に入れてるわ。

 ハインラットが独身だから、余計に孫みたいなアプトが可愛いんだろうなぁ。


「ありがとうございましたバルター叔父さん!」

「ん?あぁ、ラフエ……も元気でな」


 ……俺のこと忘れてただろ。泣くぞ?


「そうだ、ラフエル様。ワイバーンの件で少しだけわかったことがあります」

「はい」


 バルターが俺に顔を寄せ小声で話しかけてくる。


「依頼者はロイラスと名乗ったそうです」


 その聞き覚えのある名前に、ハッとなる。


「では、ポラルトの事件と繋がりが?」

「そこまではわかりませんが、注意するようにギルドや警備の者には通達しました。ラフエル様、教都でもお気をつけ下さい」

「わかった。バルター叔父さん」


 俺がにやっと笑ってそう言うと、バルターも笑いながら俺の頭を撫でた。

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