【番外編6】クリスマスと再会の歌
「へぇ、結構人いるねぇ」
「はい。女の人ばっかりです」
穂積先生が驚いたような声を出して、わたしもそれに頷く。
今日はクリスマス。
瀬尾先生に誘われて、教会で行われるチャリティライブにやってきた。
大学生の時に秋吉さんは瀬尾先生とバンドを組んでいたようで、今日はそのバンドのメンバーで、チャリティライブを開く事になったらしい。
「若槻。来てくれたんだな」
そう言って、瀬尾先生がこちらにやってきた。
「すごい人ですね」
「結構人気あるバンドだったからな。チケットは全部売り切れた」
わたしの言葉に、少し得意げに瀬尾先生が言う。
「穂積先生ありがとうございます。若槻を連れてきてもらっちゃって」
瀬尾先生が、穂積先生にお礼を言った。
穂積先生はもうすぐ三十歳になる独身の女の先生で、隣のクラスの担任だ。
あまり話したことがなかったのだけれど、今日ここにくるまで一緒にいて、物凄く気さくな先生だなと思った。
明るくて、話していて楽しい。
それでいて妙に懐かしいというか、先生や秋吉さんと一緒にいるときのような、不思議な安心感があった。
「気にしなくていいって。私も暇だったしね!」
「だろうと思って誘ったんですけどね」
何故かちょっと自棄気味に口にした穂積先生に、瀬尾先生はそんなことを言って、二人してはははと声をそろえて笑い合った。
「それはどういう意味かな、瀬尾先生?」
「彼氏がいなくて一人寂しくケーキを食べながら酒を飲むより、よっぽど有効的な時間の使い方でしょう?」
口元をひくひくさせてる穂積先生に対して、瀬尾先生はさらりと口にする。
穂積先生をからかっているというよりも、気安さからくる言葉のように見えた。
……なんか、瀬尾先生いつもと違う?
私や秋吉さんに見せる態度とは、また違うというか。
穂積先生に対しては対等に振舞っているというか、全く遠慮がないように見える。
学校での瀬尾先生は、少し人と距離を置いているというか、素を見せていない感じなので、こんな砕けた瀬尾先生は珍しい。
もう少しで始まるからと言い残して、瀬尾先生は準備のために去って行った。
教会の中にドラムとかがあるのは不思議な感じがしたけれど、これは教会の牧師さんの趣味らしい。
瀬尾先生のお母さんは外国の人で、教会に通う習慣があったらしく、小さい頃から先生はいつもここでお祈りしていたんだとか。
そこで牧師さんに楽器を習ったのだと、瀬尾先生はライブに誘ってくれた時に教えてくれた。
瀬尾先生が大学生になって、今ドラムの前に座っている大きな熊さんみたいな人が、バンドをつくろうって言い出したらしい。
先生が大学の二年生の時に秋吉さんが入学してきて。
秋吉さんは前世で弦楽器と歌がとても上手だったらしく、それで先生はバンドに誘ったようだった。
「秋吉が演奏するところ、見たくないか?」
クリスマスが近づいたある日、先生にそう言われてわたしはもちろん頷いた。
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演奏が始まる。
瀬尾先生の担当はベースという楽器で、低い音が出るギターみたいなものらしい。
英語では土台という意味にピッタリな楽器で、皆の音を支えているのがわかった。
先生のベースを弾く姿は、とても様になっていた。
時々秋吉さんの声に被せるように、先生の声がするのだけれど妙に色気があるというか。
見に来ているお客さんに愛想よくパフォーマンスをしながら、時折目線を流していて、そのたびに女の人たちが嬉しそうにしていた。
一方の秋吉さんは、真剣な表情で歌を歌っていた。
あんなに早く指先が動いているのに、同時に歌もなんて秋吉さんは凄いと思う。
しかもそれを、なんてことのないようにこなしていた。
低く響くような声。
耳から心臓に直接響いてくるようで。
切なげな歌詞に乗せて、秋吉さんの感情が伝わってくるかのようだった。
思わず見惚れていたら、目が合って。
秋吉さんが甘く微笑んでくれたから、思わずドキッとする。
「凄く格好よかった……」
曲が終わり、隣にいた穂積先生が呟いた。
横をみれば頬がほんのりと赤くて、その視線が秋吉さんを捕らえているような気がした。
やっぱり秋吉さんって、他の人の目からみても格好いいんだ。
そのことがちょっぴり優越感で、それでいて周りの女の子たちが秋吉さんに釘付けになっているのが、少し面白くなかった。
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「未来、見ていてくれましたか?」
「うん。すごく格好よかった!」
演奏が終わって、秋吉さんにそう言えば嬉しそうに目を細めた。
「凄く素敵な演奏でした!」
穂積先生の言葉に、秋吉さんがそちらへと目を向ける。
そして固まった。
「……どうして、あなたがここに!?」
秋吉さんの目は大きく見開かれていて、何かに驚いているみたいだった。
秋吉さんはすぐ近くにいた瀬尾先生を見て、何か言いたそうに口を開き、それからまた口を閉じて穂積先生を見た。
秋吉さん、どうしたんだろう。
なにか戸惑っているみたいに見える。
「何だ秋吉。挙動不審だな」
瀬尾先生もわたしと同じ事を思ったらしかった。
「……彼女が、少し知り合いに似ていたものですから」
「ふーん、そっか。この人は俺の同僚の穂積先生。暇そうだったから、若槻をここに連れてくるよう頼んだんだ」
瀬尾先生が少し楽しそうに笑いながら、秋吉さんに穂積先生を紹介した。
どうもと穂積先生が頭を下げ、秋吉さんも同じように返す。
「さてと秋吉。若槻に曲をプレゼントするんだったよな。ほらリュート」
そう言って、瀬尾先生が秋吉さんに弦楽器を手渡す。
ライブが終わって後に、前世の私や秋吉さんの故郷の曲を弾いてもらう約束になっていた。
「あぁそうだ、穂積先生。俺が頼んだやつは練習してきた?」
「一応練習してきたよ」
「若槻は?」
「もちろんです。歌詞はやっぱり適当ですけど」
穂積先生とわたしにそれぞれ尋ねてから、瀬尾先生はオルガンの前に移動する。
「? どういうことです」
「折角だから皆で演奏しようと思ってさ。あの曲、学芸会の時に秋吉が持ってきてくれただろ。若槻も穂積先生も気に入ってくれたみたいだったし」
一人だけよくわかってないのか、首を傾げた秋吉さんに先生が答える。
前の学芸会の時に、秋吉さんは民族調の音楽を瀬尾先生に提供していた。
それは劇のワンシーンに流れる曲だったのだけれど、妙に耳に残って。
学芸会が終わって尋ねてみれば、前世の秋吉さんと私がよく歌っていた曲だったらしい。
「これ、CDに入ってるのは秋吉のリュートだけなんだけどさ。いつもは皆で演奏してたんだ。ルドルフがグリュレトを弾いて、テオが笛を吹いて。俺はピアノ。それで姫さんが歌うんだ」
気づいてくれたことが嬉しいというように、先生は優しい顔でそう口にしていた。
大学時代に秋吉さんにギターを渡した時に、一番最初に秋吉さんが弾いた曲らしく、前世の私や秋吉さんの故郷の歌だという事だった。
ちなみにテオというのは、王子だった先生の親友で、騎士だった秋吉さんの部下らしい。
お姫様だった私とも、とても仲がよかったとの事だ。
どうせなら、皆で秋吉さんを驚かそうと先生が提案してきて、密かに練習してきたのだ。
穂積先生は吹奏楽部の顧問をしていてフルートが上手く、瀬尾先生が書いた楽譜をすぐに覚えてしまったらしい。
ただ秋吉さんのCDには歌詞が入ってなくて。
音階はわかっても詳しい歌詞はわからないらしい瀬尾先生に、適当に歌ってくれと頼まれてしまった。
――適当って、全部あで歌っていいのかな。
それともラで歌ったほうがいいんだろうか。
直前まで悩む。皆みたいに楽器ができたらよかったなと、こんな時には思った。
「じゃあ行くぞ」
先生がオルガンに手を添えて、穂積先生がフルートを構える。
わたしも息を落ち着けて、肩幅に足を開いた。
秋吉さんはまだ戸惑った様子だったけれど、リュートの絃に指を乗せた。
奏でる旋律に、フルートとオルガンと音が重なる。
――わかる。わたしは、この歌の歌詞を知ってる。
不思議なことに、考えなくてもわたしの口から歌が零れ落ちた。
秋吉さんの驚いた顔が、何かを噛みしめるようなものに変わり、唇から紡がれて行く音が意味をもった言葉なのだとわかる。
これは歓迎の歌だ。
出会えたことを感謝して喜ぶ、お祝いの時の定番の歌。
以前にもこうして、何処かの一室で歌ったことがある気がした。
目を閉じればそこに思い浮かぶ、微かな記憶のかけら。
それをすくい取るように、音にのせる。
心まで弾むような、明るいテンポ。
サビの部分には掛け合いがあって、歌い手の言葉をゲストが繰り返すことで、親密さを楽しむ。
目線を秋吉さんに向けて、語りかけるように。
そうすれば秋吉さんが私の言葉に答えてくれる。
次は先生に歌いかければ、弾む鍵盤の音と共に柔らかな声がわたしの耳をくすぐる。
そして穂積先生に語りかければ、フルートの音が陽気に踊りだして。
全ての音が一体となって、体の中に流れ込んでくるような心地になった。
『エリシアの声好きだ。もっと聞きたい』
『次はもっとテンポの速いやつにしようよ、エリシア様』
『なら次はカレドのダンスの曲なんていかがでしょうか、姫様』
いつかどこかで、そんなやりとりがあったような気がして。
自然とわたしは微笑んでいた。
『会えて嬉しい』
そう伝えるように、伝わるように。
音に乗せて。
ふわふわと頭の中まで痺れるような感覚。
共有するこのひと時が、楽しくて、懐かしくて。
演奏が終わって後も、高揚した気持ちが治まらなかった。
折角クリスマスなので作ってみました。
編集している間に投稿されてしまったようで、すいません。