神聖力の発現
エンペリオン城に来て、一週間が経った。
陽光が心地よく差し込む庭園のテラス席で、私は鏡に映る自分の顔を感心して見つめていた。
「……肌のツヤが違うわ」
目の下にあった一生取れないかと思われたクマは綺麗に消え去り、肌はまるで発光するように瑞々しい。体にもだるさは一切ないし、むしろ体を動かしたい気分だ。
その理由は明白で、三食、料理人が手塩にかけた至高の料理を食べ、ふかふかのベッドで八時間熟睡する快適生活である。
「健康って……本当に素晴らしいわね」
しみじみと呟きながら、目の前のティーカップに手を伸ばそうとした、その時だった。
「あっ」
手元が狂って、降ろそうとしたティーカップがテーブルの端から落ちそうになる。
とっさに手を伸ばす。間に合わない――と思った瞬間、胸の奥からじわりと温かい何かがが湧き上がってきて、体全体に広がったような気がした。
ふわっ
「……え?」
私の手のひらから、温かな金色の光が溢れ出した。 すると、落下しかけていたティーカップが宙でぴたりと静止し、まるで目に見えない優しく温かい手に包まれるようにして、静かにテーブルの上へと戻ったのだ。
それだけではない。 光の余波が広がり、庭園に咲いていたつぼみたちが、一斉に美しい大輪の花を咲かせていく。
「……ん?」
自分の手と、満開になった花々を交互に見つめ、私は盛大にフリーズした。
「だ、大丈夫ですか、ロムティア様?!…一体先程は何が起こったのでしょうか…」
遠くで見守っていた側近のモースが、慌てて駆け寄る。彼も今、この場で一体何が起こったのかを理解できていないようだった。 周囲にいた侍女たちも、口ぐちにざわめき始める。
「な、なんですか今の光は……!?」
「私にはロムティア様がコップを止めているように見えました…」
「侍女長!昨日まで蕾も無かったアイリスの花が咲いています…!」
大パニックに陥る周囲を前に、私はダラダラと冷や汗を流した。 周囲の混乱は最もだが、彼らの困惑以上に当の私自身が、この状況を全く理解できていなかったからだ。
カツーン、カツーン…
そこに足跡を響かせながら、ヒュリオスがやってきた。 相変わらずの顔面国宝だが、満開の花々と私の手元を一瞥すると、満足そうに鼻を鳴らした。
「騒がしいぞ、モース。……当然だ。私のティアだから」
「ひ、ヒュリオス……これは一体……」
動揺する私に、ヒュリオスは優しく歩み寄り、私の両手を包み込むように握った。
「この世界では一般人に魔法は使えない。だが、君と私は堕ちたとはいえ神だ」
「そ、それは前世のお話でしょう? 今の私は、ただの人間で……」
「いや。君の体には元々、神のマルガレーテとしての膨大な神聖力が眠っていた。本来であればティアがが話せるようになる頃には、この力が使えるようになっていたはずだった……ただ、カンテェーレでの十年間があまりにも酷すぎたらしい」
ヒュリオスはどこか苦々しい顔をして、私の手をぎゅっと握りしめた。
「極度の睡眠不足、栄養失調、そしてストレス……。あまりに劣悪な環境のせいで、君の体は神聖力を使う余力すら奪われていた。……それが、ここで美味しい食事をとり、十分に体を休めたことで、ようやく君の本来の力が目を覚まし始めたのだろう」
私は彼の解説を聞いて、じわじわと頭を抱えたくなった。
そんな…そんなことって…
「最高じゃないですか!!」
「…元気だな。そんなに嬉しいのか」
「みたところ、私は物を浮かすことができる能力が発現したようですから、この能力を使えば書類整理が格段に効率よくできます!」
パッと目を輝かせた私に対し、ヒュリオスは不機嫌そうに片眉を下げた。
「ダメだ」
「なぜですか!? 確かに休養を目的にこの国に来ましたが、これまでの手厚いもてなしに少しでも恩返ししたいんです…!」
「君の今の仕事は『休むこと』だ。過労は絶対に許さない」
間髪いれずに拒否され、そのままひょいっと抱き寄せられる。 相変わらずの過保護っぷりだが、その腕の温もりに、胸の奥がくすぐって、反抗心が小さくなる。
「……でも、やっぱり…」
「そんなに’恩返し‘したいなら、いつでも私の妻の席に座ってくれて良いんだぞ?」
耳元で囁かれた甘い声に、顔が赤く、熱くなるのを私は必死になって隠し、絞り出した小さな声で呟いた。
「降参です…」




