訓練
エスカローネは礼拝堂で祈った。
(天地万物の創造主、唯一の神、私はあなたを信じます。こんにちの日ごとの糧をお与えください)
エスカローネは両手を合わせ、目を閉じて、祈っていた。
黙想の祈りだった。
沈黙のまま祈りの時間が過ぎていく。
アンネリーゼも祭壇の前で沈黙の祈りをしていた。
祈りは神との対面である。
まず、神に合う方法は祈ることである。
それをエスカローネに教えたのはムッター・テレージアである。
礼拝堂には何人ものシュヴェスターがいて、熱心に祈りを捧げていた。
ちなみに、ザンクト・エリーザベト修道会では一日四回祈る。
朝、昼、夕、夜である。
長い祈りを済ませると、エスカローネはアンネリーゼとともに食堂に移動した。
食事はご飯に豆腐とわかめのみそ汁、野菜が少々だった。
「ねえ、アンネリーゼ」
「何、エスカローネ?」
「ザンクト・エリーザベト修道会では普段は何をしているの?」
「普段はそうねえ……対悪魔用の訓練ね」
「訓練?」
「そうよ。あっ、それならいい機会だから見ておく?」
「ええ、そうね。私も見ておきたいわ」
エスカローネとアンネリーゼは修道会の中にある訓練場へ移動した。
そこには多くの修道女たちがすでに集まってきていた。
「あなたもやって来たのですね、エスカローネ?」
ふと、二人の後ろから声がかけられた。
後ろにはベアーテが立っていた。
武器として剣を帯びている。
「ベアーテ=アレクサンドラさん」
「ベアーテ!」
「うふふふ。アンネリーゼはともかくとして、エスカローネさんも当修道会の訓練に興味がおありですか? さすが軍人ですね」
ベアーテはほほえんだ。
「ええ、そうなんです。ザンクト・エリーザベト修道会では普段どんなことをしているのかと思いまして」
「そうですか。それでは、ただ見ているだけでなく、実際に訓練に参加してみませんか?」
ベアーテが真剣な口調で述べた。
「え? いいんですか?」
「せっかくの機会なんだから、出てみたら?」
アンネリーゼが促した。
「職業軍人さんには甘いかもしれませんが、私たちの修道会も戦いを生業としています。期待を裏切ることはないと思いますよ。ちょうど、これから訓練を始めるところでした。ぜひ、出てみてください」
「はい、私の方こそ喜んで!」
エスカローネは笑顔で答えた。
「マリア=ソフィア!」
ベアーテが呼んだ。
「はい!」
槍を持った少女が歩み出た。
「彼女があなたの対戦相手を務めます。見た通り、彼女の武器は槍です。あなたの武器、ハルバードとは良い相手だと思いますよ」
「マリア=ソフィアと申します。ご相手よろしくお願いします」
マリアはぺこりとおじぎした。
「ええ、こちらこそよろしく」
エスカローネも前に進み出た。
手からハルバード「エスカリオス」を出す。
エスカローネとマリアは中央に足を運ぶ。
二人とも武器を構えた。
「それでは……はじめ!」
ベアーテが合図した。
マリアは槍を水平に構えた。
それから槍で鋭い一撃を放った。
一点を狙った一撃がエスカローネに迫る。
エスカローネはハルバードの刃を当てて、マリアの一撃を止めた。
マリアはエスカローネに連続突きを繰り出した。
二人の武器は長柄で、リーチが長いことも共通していた。
エスカローネはマリアの連続突きを器用にハルバードで防いだ。
エスカローネが反撃する。
エスカローネはハルバードの斧部でマリアを攻撃した。
強烈な一撃がマリアを襲う。
マリアは槍を縦に構えると、エスカローネの一撃を受け止めた。
「くうっ!?」
マリアが思わず声を漏らした。
エスカローネの一撃は強烈だった。
エスカローネのハルバードがマリアに迫っていく。
マリアはこの一撃の力を槍でそらした。
マリアは槍の石づきでエスカローネを攻めた。
エスカローネは後方にジャンプして、この攻撃をかわした。
二人のあいだに間合いができた。
この距離感ができたことで、二人の緊張がいったん緩んだ。
マリアが槍を水平に構えつつ下げた。
「さすがですね。お見事です」
マリアがニコリと笑った。
「どういたしまして」
エスカローネもそれに答えた。
しばらく静寂が流れた。
「みなさん、よく見ていなさい! このような名勝負はいつでも見られるものではありませんよ! 二人の戦いをたたえましょう!」
ベアーテが発言した。
すると周囲のシュヴェスターたちから賛辞が飛んだ。
キャーキャー声が起こる。
こういったところはさすがに女子修道会といったところか。
マリアが言った。
「行きますよ?」
「ええ、いつでもいらっしゃい!」
エスカローネは真剣な表情をした。
マリアによる槍の薙ぎ払いがエスカローネを襲った。
マリアは一瞬で間合いをつめてきた。
マリアの攻撃を、エスカローネはハルバードの柄で止めた。
マリアはさらにエスカローネの胸を狙って、一撃、突きを出した。
この攻撃をエスカローネはハルバードの刃をぶつけてしのいだ。
マリアは槍で連続突きを繰り出した。
マリアの槍がエスカローネを襲う。
しかし、エスカローネは目を光らせると、マリアの連続攻撃にあるわずかな隙を狙った。
エスカローネはハルバードを振るった。
すると、マリアの槍は宙高く空を舞った。
マリアは信じられないというような表情をした。
マリアの槍が地面に落ちる。
「私の負け、です。お手合わせありがとうございました」
そう言うとマリアはペコリとおじぎした。
「こちらこそ、ありがとうございました、マリア=ソフィアさん」
「勝負、そこまで!」
ベアーテが判定した。
エスカローネはアンネリーゼのもとに戻った。
「やるじゃない、エスカローネ! お見事だったわ!」
「ありがとう、アンネリーゼ。マリアさんもすばらしかったわ」
「さて、エスカローネさんとマリアの対戦が終わったなら、次の対戦を決めねばなりませんね。そうでしょう、アンネリーゼ?」
ベアーテがアンネリーゼに問いただした。
「そうですね、次はシャルロッテかアウラがいいんじゃないでしょうか?」
アンネリーゼは他人事のように言った。
「何を言っているのですか、アンネリーゼ? 次はあなたに決まっているでしょう?」
「はい?」
アンネリーゼは素っ頓狂な声を出した。
次に自分が指名されるとは思っていなかったからだ。
ベアーテはまじめな声で告げた。
「次の対戦ではこの私が相手になりましょう」
「ははは、冗談がきついですよ、ベアーテ?」
「アンネリーゼ、この私が冗談を言うと本気で思っているのですか?」
ベアーテは語気を強めて迫った。
これは冗談ではない。
ベアーテは腰に差していた剣を抜いた。
「さあ、あなたも剣を抜きなさい。そして、私と勝負なさい」
「ベアーテ、私はちょっと用事を思い出して……」
アンネリーゼがくるりと背を向けた。
「何を言うのです? まったく、エスカローネさんに対して恥ずかしくないのですか? さあ、行きますよ?」
そう言うと、ベアーテはアンネリーゼの襟元をつかみ、引きずっていった。
「エスカローネ、助けてえ!」
アンネリーゼは往生際が悪かった。
「ご、ごめんなさい、アンネリーゼ……私には助けられないわ……」
「そんなあああ……!」
その後、ベアーテ対アンネリーゼの対戦が行われた。
戦いはベアーテの一方的勝利で終わった。