マルガレーテ
エスカローネがザンクト・エリーザベト修道会にやってきて一週間が過ぎた。
エスカローネは修道会の生活に慣れてきた。
そんな時の話である。
エスカローネはマリアといっしょに礼拝堂を掃除していた。
マリアはモップで礼拝堂の床を磨いていた。
エスカローネはぞうきんで礼拝堂の窓をきれいに拭いていた。
「細かいところが汚れているわね。やっぱり、頻繁に掃除しないと汚くなるわね」
「私たちの修道会では掃除もまた、神に近づく手段なんですよ。ですから、しっかりともれなく掃除しましょう!」
マリアが答えた。
「そうね。マリアの言う通りだわ。ごめんなさい、しっかりと掃除するわね」
再びエスカローネは右手を動かして、掃除を始めた。
今、エスカローネはシュヴェスターたちと名前で呼び合う関係になっていた。
これはエスカローネもシュヴェスターの一人と認められたからである。
服装は相変わらずの軍用スーツ――黒い上衣に、黒いタイトスカート、黒いストッキングだったが。
「ちょっと二人ともー-! ニュースよ! ニュース!」
そこにアンネリーゼが現れた。
「アンネリーゼ?」
エスカローネは振り返った。
「どうしたんですか、アンネリーゼ? 今私たちは掃除中なんですが……」
マリアが不快な表情をした。
「ああ、ごめん! でも、でも、それだけじゃないのよ!」
「どうしたの、アンネリーゼ?」
エスカローネが尋ねた。
「グレートヒェンが、私たちの修道会に来ることになったのよ!」
アンネリーゼがにこやかに言った。
「グレートヒェン?」
エスカローネはそれが誰かわからなかった。
「グレートヒェン(Gretchen)――総大司教のマルガレーテ(Margarete)様のことです」
マリアが冷静に解説した。
「そうなのよ! みんなこの話題で持ちきりなのよ!」
「そんなにすごいことなの?」
エスカローネにはよくわからなかった。
「そうですね。マルガレーテ様は35歳で総大司教に選挙で選ばれました。一般の信徒とよく交流される方で、とても気さくだと有名です」
「それはすごいわね。そんな人が来訪するの」
エスカローネは驚いた。
「もう、今から待ちきれないわ! グレートヒェンが来たら何を話そうかしら!」
アンネリーゼは興奮していた。
総大司教マルガレーテの来訪の日がやって来た。
ザンクト・エリーザベト修道会は総出でマルガレーテを迎えた。
「真珠騎士団」という、マルガレーテの側近親衛隊が左右に並び、剣を上に上げてマルガレーテの通り道を作った。
列の中央に一つの馬車が到着した。
馬車は二頭の馬が引く、質素なものだった。
馬車の中から、一人の貴婦人が出てきた。
長いレモン色の髪に、白い法衣に身を包んだ女性――
総大司教マルガレーテである。
真珠騎士たちが剣を両手で持った。
騎士たちの左手には一つの盾が備えられていた。
「みなさん、お出迎えご苦労様」
マルガレーテの第一声だった。
彼女はにこりとほほえんだ。
マルガレーテは騎士たちのあいだを歩いて通り抜けていった。
ムッター・テレージアがマルガレーテの前に立った。
「ご来訪、ありがとうございます、マルガレーテ様。私たちの修道会を案内しましょう。さあ、どうぞこちらへ」
ムッター・テレージアが道を示した。
そのとたん、ザンクト・エリーザベト修道会のシュヴェスターたちが左右に分かれて道を作った。
マルガレーテはムッターに付き添われて歩み出した。
その雰囲気には権威主義的なところがなく、気さくで自然な感じがした。
「あら? あなたは?」
途中、マルガレーテがエスカローネに目を止めた。
「え?」
「あなたは修道服をきていないのね?」
それはヴェヌシタシア王国の軍服じゃないかしら? もしかして軍人さん?」
マルガレーテが気さくに話しかけてきた。
「えっと、その……」
エスカローネは緊張のため、うまく答えられなかった。
そこにムッター・テレージアが助け船を出した。
「彼女は修道会の者ではありませんが、ゆえ合って、悪魔から狙われていおり、私たちが保護しているのです」
「ふうん、そうなの。それは大変ね。でもザンクト・エリーザベト修道会は信頼できるから安心してね。汝に平安あれ!」
「あ、はい、平安あれ。ありがとうございます」
「じゃ、握手しましょう」
「はい」
エスカローネは右手を出した。
マルグレーテはエスカローネの右手を両手で包み込むように握手した。
エスカローネはマルガレーテに包容力を感じた。
エスカローネとアンネリーゼ、そしてマリアはムッター・テレージアに呼び出された。
三人はムッターの執務室に入った。
そこにはくだけた服装のマルガレーテもいた。
「はあい、三人とも。よく来てくれたわね」
マルガレーテがにこやかにあいさつした。
「マルガレーテ様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
三人を代表してアンネリーゼが答えた。
「いやあねえ、ここには護衛の騎士はいないんだから、くだけた調子でいいのよ? ねえ、おばさま?」
エスカローネがご疑問を口にした。
「ふふふ、私とマルガレーテはおばとめいの関係にあるんですよ」
「そういうこと。もっとも私は堅苦しいのって苦手なのよね。だからプライベートではくだけた調子でね?」
「それではグレートヒェンとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
アンネリーゼが直立不動で答えた。
「ええ、いいわよ。マルガレーテ様っていうのも私は苦手なの」
「グレートヒェン、お会いできるのを楽しみにしていました。平安あれ!」
「平安あれ。そう言われるのも悪くないわね」
「マルガレーテ、そのくらいにして本題に入りましょうか?」
ムッター・テレージアが促した。
「そうですね。あいさつはこれくらいにして本題に入りましょうか、おばさま」
「本題、ですか?」
エスカローネが言った。
「首都フレイヤで、最近悪魔の目撃情報があるのです」
「今わかっているのは、その悪魔が白いということと、突然現れたり、消えたりするっていうことよ」
「神出鬼没ですね」
とマリア。
「その悪魔は人の精神エネルギーを食べる悪魔らしいのよ。もう何人もの人が襲われているわ」
「その悪魔を見つけ、退治するのが今回のあなた方のミッションです」
「わかりました、ムッター。私たち三人でその悪魔を退治してみせます!」
アンネリーゼが言った。




