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初依頼と初魔法

聖十字教会が営む孤児院はスラムの入り口あたりにあった。

以前は通常の商業区域だったのだが、他国の侵入から逃れて安全なハルキスに着いたものの商売に失敗して貧民化するものが近年多く、そうした貧民が多く住むことで治安が悪化して元からの住民が逃げ出してしまった区域なのだという。

人の雰囲気がよくない。

道を歩くのは男の割合が明らかに多く、女性は肌もあらわな娼婦の如き装いをした者が目立つ。

そういう場所に立つ孤児院は場違いな白い建物で、最近建ったと思われる。

門には聖十字教会のシンボルが簡単に書かれていた。

「おじさん、誰ですか?」

庭にいた何人かのうち、一番年かさと思われる少女が緊張した顔で聞いてきた。

「冒険者ギルドからの紹介で来たヨーハン・ハイデンベルクと申す。司祭様にお取次ぎ願いたい」

「司祭様?いいよ!聞いてくるね」

奥に駆け込んでいくと、しばらくして初老の男と一緒に戻ってきた。

「この教区を預かっておりますビブラと申します。何のご用でしたかな」

「わざわざ呼び立てて申し訳ない。こちらをお読みくだされ」

冒険者ギルドからの紹介状を渡す。

しばらく読んでいたが、

「なるほど、信徒の方なのですな。こちらへ」

と中へ案内された。

食堂の隅に司祭の机を置き、その横に祭壇がしつらえてある。

「簡素なものですな」

「内実が伴わぬ華美な祭祀を神は喜ばれません……とはいえ、たしかにもう少しなんとかしたいところではありますな」

ビブラ司祭は笑う。質実な男のようだ。

「祝福を授けて欲しいとフェリシア嬢からの手紙に書いてありましたが、珍しいお志ですな。祝福がないとレベルアップしないとは」

「故郷の慣わしゆえ」

「なるほど。故郷の司祭殿と同じかどうかはわかりませぬが、努めさせていただきますぞ」

ビブラ司祭は祭壇に複雑な印を結んで祈り、我をひざまづかせた。

「聖なる水と魚と舟の導きを、神の子に与えん」

水と魚と舟の三位一体か。やはりオールドワールドの神を思わせる。

水に浸した指で両肩と頭に触れ、祭壇に置いてあった大きな干し魚を捧げ持って口に触れさせる。

「水によって自在、魚によって豊穣たり、舟は聖所へむかうべし」

最後にもう一度祈って簡素な祝福は終わった。

「いかがでしたかな」

微笑みながらビブラ司祭は言った。

「素晴らしい祝福を授かりました」

言い訳に使っただけなのに素晴らしいもないものだ。

少々後ろめたかったので大目の喜捨をしておく。

「ありがたい。孤児院をはじめてはみたものの経営は楽ではありませんでな。援助も微々たるものでありますから」

「お役立てくだされ。ところで依頼のことであるが」

「ああ、あの依頼をお受け下さったのか」

ビブラ司祭は悲しげな顔になった。

「薬草を集めてこいということだったが」

「いや、あれはもう意味がなくなりました。もう少し早ければよかったのですが」

「どういうことかな」

「実はあの薬草は煮詰めると非常に効果の高い傷薬になるのですが、それを投与するはずだった者が手遅れになりました」

「亡くなられたのか」

「いえ、まだですが、熱が高くなっておりまして、時間の問題でありましょう。そうだ、同じ信徒でもありますからお見舞いくださらんか」

断る理由も見つからず、病室に使われているらしい比較的広い一室に案内された。

寝台にねかされ、青白い顔で浅い呼吸をしている十代前半の少女の周りには数人の子供たちが集まり、祈ったり、手を握ったりしている。

「この院で一番年長で、冒険者の真似事をして孤児院の経営を助けてくれておりました。ダンジョンでゴブリンの攻撃を避けそこねたようで、かろうじて帰っては来たものの寝ついてしまい、もう半月になります」

包帯の巻かれた脇腹には血がにじみ出ていた。

顔に既に死相が現れていた。

慕われているのだろう。子供たちは目に涙を浮かべながらも懸命に世話をしていた。

意識はあるようで、何かを言おうとしているが、声にならない。

「信徒のハイデンベルク殿がお見舞いくださってな。大層な喜捨をいただいた。良いから寝ていなさい」

ビブラ司祭が優しい声で言った。

少女の目がふと遠いものになる。次に意識を手放せばもう戻れまい。

何度も見た光景だ。自分が手にかけたことも数え切れぬ。

だが、今は何故か痛ましいものに思えた。

いたたまれない思いで少女の額に手をやる。

『邪悪なる治癒』

心の中で唱えると暗黒魔法が発動した。

治癒というからにはなんらかの治療効果があるのだろう。いくらか苦しみを和らげられればよい。悪影響があってももう死ぬなら関係あるまい。

「我を崇めよ。我が命に従う者に生命を与えん」

冷たい声が響いた。

辺りを見回すが、ビブラ司祭も、子供たちも何も聞こえていないようだ。

掌からにじみ出た黒い光が少女の体をゆっくりと包み込んで行く。

少女の浅い呼吸が楽になったように見えた。

顔に生気が戻っている。

「これは……神聖魔法では?」

ビブラ司祭が驚愕した目で此方を見てくる。

「未熟者ですが、効果があったようでよかった」

「神聖魔法を使えるのは神に愛された者のみ。わしもこの町ではほとんど見たことがないが、貴方は何者なのです……いや、そんなことはどうでもよいことですな」

何か事情があると察してくれたようで、ビブラ司祭はそれ以上追及してこなかった。

代わりに頭を下げた。

「ありがとうございます。これならこの子も持ち直すかもしれません」

"邪悪なる治癒"は思ったよりも効果が高かった。先ほどまで漂っていた死の気配が今はない。

こうなると"邪悪なる"という部分が気になってくる。先ほどの声は我以外の者には聞こえていないようだったが、どういう意味なのか。

突然、少女が目を大きく見開いてばね仕掛けのように上半身を跳ね上げた。

ぐるりと此方を向き、開いた目が我をとらえる。

顔に一気に血色が戻り、むしろ上気して赤くなった。

「貴方様を崇めます。ご主人様」

悪影響は洗脳効果だったようだ。


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