表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編

2年ぶり……。皆様からの熱い声援を受けて、ちまちま書き続けました。これからも、細々続けていきたいです。2年ぶりだと前編忘れていませんか?本当に申し訳ありませんでした。

――ワー、パン


シオン様の挨拶から、運動会は開始された。

園児たちは、日頃の練習の成果を、両親に見せるべく精一杯競技や、お遊戯を行っている。

その中で、私の視線はサクラに……それ以上に彼に向いていた。

私がサクラをみているためか、彼もサクラをよく見ていてくれているようだった。

サクラの頑張りが、父親である彼に見てもらえるということが、嬉しくてたまらなかった。

彼に、もちろん、サクラの記憶にも少しでもお互いの姿が残ればいいと……。

もう、会うこともかなわない親子だから……。特に、サクラから父親を奪ったのは私の自己満足からだから……。


「……活躍しているようですね……。」

「はい!頑張って練習していたようだったので、とてもうれしく思います。」

「そうですか……。」


彼が微笑みを浮かべた。

その微笑みは、お城でご家族の方々と居た時に、浮かべていた笑みと同じものにみえた。


「!どうされたのですか!!?」

「え……。」


彼の手が私の頬にそっと触れた。


「泣いていますよ……。」

「え、あ……。」


知らないうちに涙が流れていたようだった。

彼のあの笑みが、サクラに向けられたことが嬉しくて……あまりに嬉しくて……。

サクラが……私が……彼の家族になれたような気がして……。


「そんなに私と居るのが嫌なのですか?」


自分の思いに浸っていて、彼のつぶやきが聞こえなかった。


「え?すみません。聞こえませんでした。」

「何でもありません。……お子さんが走る順番が来たようですよ。観なくていいのですか?」

「え、あ、どこですか?」

「真ん中のコースみたいですよ。」


――『よーい』パン


――ワー、ガンバレー


「サクラー頑張ってー!」


サクラはどんどんお友達を抜いていく。

ゴールテープを切るころには1番になっていた。


「やったー!見ました!?サクラが1番をとりましたよ!!!さすが私の娘!」

「そんなに言わなくても、ちゃんと見ていましたよ。すごいですね。練習の成果をきちんと発揮できていましたね。」

「はい!」

「……ところで、先ほどから気になっていたのですが、あの子の首についている呪具(まじない)はなんですか?」

「……え……。」

「見たところによると、相当強力に何かを隠していますね?」

「……何の話でしょう……。」

「……言わないつもりですか?」

「……私には、何のことだかわかりません。」

「まぁ、今はそれでもかまいませんよ。今はね……。」

「……。」


そう言うと彼は、競技が行われている園庭から目を離した。


その後運動会が終わるまでの間、彼と会話することなく、身の回りの世話を多少する程度であった。


***


「おかあさん見てくれた?サクラ1番とったよ。」

「もちろん観てたよ!すごかったね。とっても速かったね!」

「えへへ。」


親子の楽しい時間……日常では簡単に持つことのできるものである。

しかし、今日、彼が近くにいるというだけでそれは叶わないらしい。


「待ってください。」

「……まだ何かありましたか?」

「ええ、今日の給金について、話があります。」

「給金など結構です。」

「そういうわけにはいきません。それに……保育園の先生から聞きました。私生児だそうですね……。貰えるものは貰うに、越したことないのではないですか?」

「!!!いりません!結構です!!!」


なぜ愛する人から、憐みによる施しを、受けなければならないのであろう……。

私はそんなもの望んでいないのに……。

サクラと幸せになりたかった。彼の明るい未来を創りたかった。愛する者に幸せになってほしかった。

私が望んだことは、そんなに罪深いでしょうか?


「おかあさん、しせいじって何?」

「……サクラみたいな子のことを言うのよ……。……私も、サクラも真っ当に生きているつもりです。そんな風に言われるいわれはありません。お金など結構です。どうかこれ以上私達親子に関わらないでください。」

「……ですが……。」

「いいんです。サクラ帰りましょう……。」

「うん!おかあさん?サクラみたいな子ってどういうこと?」


サクラの質問に答えることなどできず、笑ってごまかすしかなかった。

サクラも私の顔を見て、何かを察したのだろうそれから聞くことはなかった。


彼の視線を背中に受けながら、サクラの歩幅に合わせ、ゆっくりゆっくりその場を後にする。

今にも流れそうな涙を、砕けそうな心を、握った体温の高い小さな手が癒してくれた。


***


サクラが眠った後、流れ出した涙を止めることができなかった。

何に対して泣いてるのか、自分でも理解できない。

彼に再会できたこと、彼がサクラを褒めてくれたこと、サクラに一瞬でも父親を見せられたこと、彼から侮辱され、施しをされそうになったこと、それでも彼を愛している自分。

そのどれもが、涙の理由であり、また、違うような気がした。


ただ、ただ、泣きたかった。


また明日から、私とサクラの新しい生活を始めるんだ。

流れ続ける涙を、止めることはできないけど……私にはサクラがいてくれる。サクラのためになら頑張ることができる。

この道を選んだことを、絶対に後悔したくない。

今日の涙は、明日の糧にしよう。


***


コンコン―――


「……ん……。」

いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまっていた。


コンコン―――


外から控えめなノックオンが聞こえる。

眠ってしまっていたので、正確な時間はわからないが、もうだいぶ深夜に近い時間だと検討はつく。

正直怖い。しかし、サクラが寝ている。このままノックオンが続いたら起きてしまうかもしれない。起きてしまうならまだしも、危険なことに巻き込まれたら……。


覚悟して玄関に向かう。ただし武器になりそうな麺棒を持って。


「……どちら様ですか……。」

「夜分にすみません。私です。」

「!!!」


どうしてこんな時間に彼が……?

自宅の場所は伝えていないはずなのに……。


キィ―――


「何の御用ですか?給金なら必要ないと、昼間伝えたはずですが?」


扉を開けて、矢継ぎ早に伝えた。

邪魔をされたくなかったから。私とサクラの生活を……。

彼はこの国の王子様で、一市民の私の生活なんて、きっととっても貧相に映るだろうから……。

昔、こんなレベルの低い女を相手にしていたなんて、思われたくはなかった。


「……そのことで来たわけではありません。」

「では、何の要件ですか?娘も眠っていますし、こんな時間に来るなんて、いかに王子様といえど、失礼ではないですか?」

「……確認をしないで、扉を開けるなんて危険ではないですか?」

「は?」

「ただでさえ、女性と子供の二人暮らしという危険な状況なのに、あなたに危機感はないんですか?」

「へ?」

「だから、私に付け込まれたんではないんですか?そのくせ、希望を与えておいて、逃げ出すなんて……そんなに私が憎かったですか?嫌いですか?」

「……何を……言っているのかわからないんですが……」

「わからない?ええ、あなたにはわからないでしょうね。私があの時感じた絶望感なんて、やっと手に入れたと思ったものが、朝には泡のように消えていたんですから。探して探して、でも見つけられなくて、こんなに時間がたってしまったんですから。」


なんか、よく分からないけど……とりあえず入ってもらった方がいいのかな?

このままだと、たとえ、家と家の距離が離れてる田舎でも、近所迷惑になりそうだ。


「…………話が有るのでしたら家の中で聞きますが……。」

「そんなに簡単に、男を家に入れるのですか?また、期待させる気なんですか……。私はそんなに易く見えますか?」


易くなんて見えない……。

みえないから……あまりにも立場が違うから……なにも言わずに離れることしか出来なかった。

それ以外の選択肢を知らなかった……。


「!!!……どうしたんですか?」

「……え……。」


知らず知らず涙が流れていた。

涙に驚いた彼が声をあげる程度に……。

泣きつかれて眠るほど泣いたのに……もう泣けないと想っていたのに……彼のことでは、涙は枯れてはくれない……。


「……泣きたいのはこっちです。」

「え?」

そういいながら彼は、暖かい指先で私の頬につたう涙を拭う。

久々の触れあいに胸が高鳴る。涙なんて直ぐに引っ込んだ。


「……この涙は、私の為に流してくれているのではないのですか……?なぜ、私の前から居なくなったのですか?」


とても辛そうな、悲しそうな顔で彼が問う。


「私には、あなたがどうしたいのか、どうしたらあなたの希望に沿うことができるのか、……あなたをこの腕に抱くために、何をしたら良いのかが、わからないのです。」

「……。」

「……愛する人を手に入れるために、私には何ができるのか教えてください。そして、今度こそ私にも真名を 、あなたに告げさせてください……マルチナ。」


愛しい人の姿がぼやけていく。引っ込んだと思っていた涙が、堰を切った様に溢れ出す。

伝えなければならないことがあるのに、漏れる声は嗚咽ばかり。


「……っ……ぅ。」

「……あなたが泣き止むのを待つ時間くらい、これまでの時間に比べれば些細なものです。好きなだけ泣いてください。……でも、そのあとにはあなたの言葉を、想いを聴かせて下さい。」


そう言いながら、彼の優しい暖かな手は、私の頬を何度も何度も撫でる。涙を拭うために………。


***


それからどのくらいの時間が経ったであろう。

私は玄関先で泣き続けた。

リビングで落ち着いて、彼に背後から抱き締められながら、話をする頃には、深夜というに相応しい時間となっていた。

泣き続けたことで、声も嗄れ、目は腫れ、とても人様に見せる姿には相応しくないが、待ってくれた彼に申し訳無い。あと、抱き締めるのをやめてほしい。

話なんて、恥ずかしくてできない。


「……いったい、何から話せばよいのでしょう……。あ、あとできれば離してください……。」

「あなたが話したいことからで、構いませんよ。ああ、それとその提案には賛成出来かねます。逃げられたらかないませんから。」


無茶苦茶だ。一応話す気はある。たぶん逃げない。……たぶん……。


「……あの……では、なぜシオン様は此方へ……。」

「……。」


しまった。これは、わたしからの質問だ……。言ってしまってから後悔した。


「……わかりました。私が、あなたの質問に答えるのだから、貴方も私の質問に答えてくださいね。」


彼の提案に頷く。

「黙秘はなしですよ。」


その提案には、頷くことができなかった。


「まぁいいでしょう。ええっと、何でしたっけ?私がここに来た理由でしたっけ?そんなことは、決まっています。あなたがここにいたからですよ。探して、探して、やっとの思いで見つけたからです。たまたまこの地方に査察に出ようとしていた、母に理由を話して、一発殴られて、査察を代わって貰った。それだけです。」


……神子様……結局、殴ったのですね。


「今度は私からの質問ですね。なぜ私の前から姿を消したのですか?」


その質問は、サクラの事を話さなければならない。私には、答えることが出来ない。


「…………。」

「……答えられませんか……。私も焦り過ぎていますかね……。では、質問を変えます。貴方が居なくなって、私が探すとは思わなかったのですか?」


前の質問に答えられなかった。今回も黙秘とはいかないだろう。


「……正直思いませんでした。居なくなったベビーシッターなど……多少気になっても、すぐに忘れると思っていました。」

「それは、私が何の気持ちもない女性に手を出すと、思っていたということですね……。」

「そ、そんなことはありません‼……ただ……私などとるに足らないと……。」

「……その言葉が、肯定ですよ…………。」


彼が自傷気味に笑う。


「だって、あの時……シオン様は、何も言ってくれなかったじゃないですか!!み、身分だって私よりもうんと上の人に抱かれて、何にも言ってくれなくて、あ、遊びだって思ってもしょうがないじゃない。それに、貴方は私に対してずっと敬語で……心を許して貰っていないんだと……。」

「……それが、あなたからの質問ですか?」

「そ、そうです‼」

「……言わなくても伝わっていると、思っていたんです。」

「え……。」

「元来俺は話をするのが得意じゃない。」

「……今……俺って……。」

「……あなたが、こんなことで安心するならいくらでも。敬語は、もう癖みたいなものですが、できる限り頑張ります。あと、言っておきますが、安心できない人と、無言で過ごす趣味はないですし、気を許してない人の前で裸になれるほど、危機感のない人間ではないから。」

「そ、そんなこと言わなきゃわかるわけないじゃないですか……。」

「あなたといると気が休まります。安心するんです。この気持に名前を付けるなら……愛でしょう?それに、竜族は一目ぼれ気質なんです。あなたに初めて会った時から俺は、運命を感じていましたよ。」


彼は嬉しそうに、私の髪に頬擦りしたり、鼻をうずめたりしている。


「貴女の気持ちはどうなんです?俺と同じだと思っていいのでしょう?」


見なくても分かる。私の顔は間違いなく赤いだろう。

でも、このまま彼の問いに答えていいのだろうか?彼には、これからこの国を背負っていく使命がある。私が無責任に、彼の人生を決めることはできない。

そんなことを悶々と考え、答えることができなかった。


「俺の生まれとか、貴女の生まれとかそういうものを関係なしに、あなたの素直な気持ちを教えてください。それさえわかれば、後は俺が何とかするから。頼むよ。」


私を抱きしめる彼の腕に力が入る。彼の手から想いが、伝わってくるように感じた。


「……好きです。世界で一番……。シオン様が好きだから、離れなくちゃいけないと思ったの。私には、あなたがくれた宝物と、この想いがあるから……たとえあなたとともに、この先を歩むことができなくても、ずっと、頑張っていけると思ったの。」


たくさん泣いたはずなのに、話している途中から涙が流れ出す。


「でも、やっぱり想像したよ……。一緒に居れたらって……。サクラのことを伝えていたら、喜んでくれるかなって……。出産の一番つらいとき、手を握ってくれたのがシオン様だったらって……。いっぱい、いっぱい、想像したんだ。」


息ができなくなるくらい、強く抱きしめられた。彼からの言葉はない。

……ただ、背後で静かな嗚咽が聞こえ、首筋に時々冷たい滴が落ちた。


私は静かに抱き締められていた。彼の気持ちがまだ少し、わからなかったから。

ただ、同じ気持ちであればいいと、思ってはいたけれど。


***


それから、時間にして10分くらい経っただろうか……私を拘束するうでの力が緩んだ。


「……時間をとらせて、ごめん。次はあなたの番ですよ。」

「……シオン様は、わざわざこんなところまで来て、こんな話をして、どうするおつもりですか?」


本当に不思議だった。王位継承権第一位の王子様が、こんな片田舎にきて、昔の女と気持ちを確かめ会う意図が、いったいなんなのか。


「え?わからないんですか?そんなことは決まっています。あなたと、俺のかわいい娘と、暮らすためです。」

「!!あの子は貴方の子では……。」


弾かれるように後ろを振り向いて、言い訳を言おうとした唇に、一本の指が押し当てられた。


「その言い訳は聞きません。先程あなたが話してくれたでしょう?妊娠を伝えていたら、喜んだろうか。産むときに、手を握っていてほしかったって。それは、子の父親の役目でしょう。それに、たとえ俺の子供じゃなくたって、貴女の子供なら愛せる自信がありますよ。何しろ俺のすべてで、貴女を愛してますからね。それに、あの子の首についてる呪具も、この家の呪具も、あの夜あなたがつけていた呪具も、すべては竜の気を封じるための物です。それが、どんなことかわからないわけないじゃないですか。」

「でも、貴方はこの国の王子様で……。」

「そのことなら心配ありません。俺はすでに王位継承権を放棄しています。明日からは、この地方の領主です。」

「へ?」

「面倒だとは思いますが、一緒に暮らしたいので、明日の朝から引っ越しをお願いしますね。もちろん、領主の城に。仕事は続けていただいても、やめても構いません。ただ、領主の奥さんの仕事もなかなか大変ですよ。あの子の保育園はどうします?」

「お友達がいるみたいだから……できれば行かせ続けたい……。ってそうじゃなくて!!」

「じゃあ護衛を付けなければいけませんね。」

「今、王位継承権を放棄って……。ど、どうして……。」

「運命の相手がいて、その人との間にかわいい娘がいて、他の世界から人を呼ぶ必要性はないと思いますが?」

「じゃ、じゃぁ王位はディラン様が?」

「うーん。ディランも継がないと思いますよ。本人が気づいてるかは別として、気になっている相手がいるみたいですから。他にも王子は2人いるんですし、その中で誰かが継ぐか、双子のどちらかが婿をとるか、どうにでもなるでしょう。」

「でも、でも……。」

「貴女が気にするようなことはないんです。それに、俺はここに来るとき、母に一人の女性を一時でも不幸にしたこと、男としての覚悟が足りなかったこと、土壇場で相手に頼ってもらえなかったことが、どういうことなのか、殴られた後、懇切丁寧に説明を受けましたよ。」


神子様素敵……。トキメキを感じてしまう。


「?どうかしました?」

「い、いえ……なんでもありません。」

「そもそも、この地方にあなた達が送られなのは、国境近くで警備を多少は気にしなくてはいけなくて、将来的に俺が領主に収まっても、異論が出ない地方だというのも理由です。もちろん、隣国とは平和協定を結んでいますし、あなた達の身の安全を保障できる地域ですがね。」

「そうなんですか……。」

「そうなんですよ。だから、あきらめて俺のお嫁さんになってくれませんか?」


進撃な瞳で言われたら……もう、あきらめるしかない。


「……私……真名をマルチナと言います……。」


あの時は怖くて見れなかった、彼の顔を見ながら伝えた。一瞬、怖くて目を伏せそうになった。その瞬間、今まで見たことないような笑顔で彼が答えた。


「俺の真名は、シリオン・フィードです。」

「シリオン様……。」

「様はいりません。ぜひ、二人の時はシリオンと呼んでください。」

「そ、そんなことできません。」


真名を教えてもらえたからって、私は平民だ。王族の彼とは違う。呼び捨てなんてできるわけない。

…………彼からの無言の訴えがすごい。美形の目力ヤバい。


「……なれるように努力します……。」

「では、そのようにお願いします。」

「はい。」


時間も時間なのだが、いろいろありすぎたせいか、安心したら眠気が……。彼の腕の中で船をこぎ始めてしまった。


「おや、眠いんですか?」

「……はい……。」


もう答えるのもやっとである。


「仕方ないですね。寝室はどちらですか?。」

「左から……2番目の扉……。」


答えた後、体がフワリと浮いた気がした。心地よい揺れが体に伝わる。あっという間にやわらかいベッドの上についた。サクラが先に寝ていたおかげか、子供の体温でとても温い。


「今夜は、このまま泊まっていきますよ。明日の朝一番に、俺のことをサクラに紹介してください。」


本当に眠くて、彼の言っていることなんて、理解もできていなかった。


「……ぅ……ん……。」


クスっと笑った気配がした。


「仕方ないですね。おやすみなさい。」


優しく髪を撫でられて、思わず笑みがこぼれる。

私には、この後の記憶がない。

だからこそ、朝起きて隣に寝ている人に驚くことになるのだ。


***


「仕方ないですね。おやすみなさい。」


彼女の髪を撫でながら告げた。

髪を撫でられるのが心地いいのか、彼女は笑う。とても暖かい気分に満たされた。しばらく、彼女の髪を撫でて、彼女の隣で寝ている娘に目を移す。


娘を見たとき、確信した。自分と彼女の子であると。何しろ娘は幼いころの自分に瓜二つで、それだけでも十分に親子関係を証明していた。それに、この子の首からかかる呪具は、とても特殊なもので、竜王しかその秘術を伝承されない。何の関係もない子にこんなものを、父が渡す必要もない。


では、なぜ彼女は俺の前から姿を消したのか。

今となっては、気持ちを伝えなかったことが、一番の原因であると理解できる。

しかし当時は、彼女から真名を告げられ、舞い上がっていた朝に、彼女がやめたという知らせを母から聞いて、冷水を浴びせられたような気分だった。彼女に逃げられてしまった夜は、明日があると、明日でいいと単純に考えてしまった。当たり前のことなど何一つないのに……。


その時神子である母に言われた。


『自分が何をしたのか、よく考えなさい。彼女があなたの前からいなくなったのは、当たり前のことよ。自分の大切な人も守れないくせに、一国なんて背負えるわけがないわ。もちろん、私たちは彼女の居場所は教えない。会いたいなら、自分の力で探しなさい。そして、彼女に謝りなさい。一緒に居たいなら、土下座してでも頼みなさい。あなたがしでかしたことは、そういうことよ。まぁ、あんまり時間かかると、彼女かわいいから素敵なお相手が見つかるかもね。』


探して、探して、やっとの思いで見つけることができた。父に話をつけ、この地方に行こうとしていた母に頼んだとき、拳が飛んできた。


『やっとわかったのか、バカ息子!!!とっとと行け!そして、彼女たちに謝り倒せ。一生をかけて償え。』


彼女たち?その言葉に疑問を感じ得なかった。そしてわずかな期待も。

この地方に来て、彼女を見つけ、その娘の名前を聞いたとき思い出した。


『お母さんのいたところでは、春になると薄紅のきれいな花が、いっせいに咲き乱れるの。できることならもう一度見たいわ。』


その言葉を聞いた父が、母を強く抱きしめていた。まるで、帰さないとでも言うかのように。


『大丈夫。もう一度見たいけど、ひとりでじゃなくて、あなた達家族とよ……。花言葉もとってもきれいなの。』


この話を母が覚えていて、意図して名前を付けたかはわからない。

けれど俺へのヒントであることは確かだった。


二人の寝顔に誓いを立てる。


「とても大切な二人に、今まで苦労を掛けてごめん。これからは、俺が君たちを守るよ。君たちが泣かない。笑顔でいられる場所を作るのが、俺のこれまでの償いと、発破をかけてくれた、母と父への感謝の気持ちだ。」


***


幸せな朝が来る。

愛おしい人から真名を呼ばれ、夢から覚める。

かわいい娘から、遠慮がちにパパと呼ばれ、抱きつかれる。


そんな毎日が、これからずっと続いていく。続けていく。


君があの夜、真名を告げなかったら、俺はこの幸せをあきらめていたかもしれない。

名を告げてくれてよかったよ。本当にありがとう。


ディラン編もプロットはできてるのでいつか……。頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ