01. 歌声
鍋の中では、どろどろに煮溶けた薬草がぐつぐつと煮詰まっている。
そこから立ち上る青臭い薬草の香りが、森の中にある小さな家を満たしていた。
木べらで静かにかき混ぜるたび、湿った熱気が顔を撫でる。
人間に売ればちょっとした商売になるのだと、旅の魔女が熱弁していた。
あいにく私はそういうことには興味がない。
これはただ、この森で独りで暮らす魔女としての、日々の生活に必要な備えだ。
ふいに、開け放たれた窓から、澄んだ音が滑り込んできた。
――歌声だった。
鳥のさえずりでも、風が木々を揺らす音でもない。
水のように澄んでいて、どこか陽だまりのような温かさを持った声。
千年の時を重ねて、静寂に塗り込められていた私の部屋に、その声は遠慮もなく響き渡っていた。
「……人間か」
木べらを止め、窓の外へ視線を遣る。
木漏れ日の下にいたのは、素朴な布の服を着た、ひとりの若い町娘だった。
小さな籠を抱え、足元に生えた薬草を摘んでは、楽しそうに歌を口ずさんでいる。
そこへ、一匹の痩せた野良猫が近づいていくのが見えた。
警戒して足を止める猫に、娘がふっと目を細めて微笑む。
しゃがみ込み、やわらかな手を差し出すと、その歌声に誘われるように猫がすり寄っていった。
娘は嬉しそうに顔を綻ばせ、歌いながら猫の頭を撫でている。
陽光を浴びて揺れる髪と、猫の毛を撫でる指先には、愛おしむような柔らかさがあった。
――お気楽な人間だ。
私はため息をつき、鍋へと視線を戻した。
この森は誰のものでもない。
人間が立ち入ろうが、どうでもいいことだ。
森の外では、年を追うごとに石造りの家が増え、夜になっても消えない明かりが灯るようになったという。
だが、どれほど人間が繁栄しようと私には関係がない。
春に芽吹き、冬に眠る木々と同じように、私はただこの森で静かに時を過ごすだけ。
千年の間、そうしてきたのだ。
――そう、思っていたのに。
歌声が、途切れた。
ふと窓の外を見ると、娘が満足そうに立ち上がり、さらに森の奥へと足を進めているところだった。
あちらには、町付近には出ない凶暴な魔獣がいる。
牙を持つもの、爪を持つもの、毒を持つもの。
人間など一溜まりもなく噛み砕く獰猛な獣が蠢く場所だ。
愚かな人間が森の犠牲になることなど、今まで何度となく見てきた。
冷たくなった死体から道具を漁ったことだってある。
人間に対して特別な感情などないし、向こうだって『森の恐ろしい魔女』と私を忌み嫌っているのだから。
――それなのに。
気づけば私は、目を閉じ、探知の魔力を伸ばしていた。
風のそよぎ、木々のざわめきを越えて意識を飛ばす。
弱々しい町娘の気配の目と鼻の先に、禍々しく巨大な魔力の塊を感知した。
無防備な人間が遭遇すれば、間違いなく命はない。
目を開けると、静まり返った部屋の中に、さっきまでの澄んだ歌声の余韻だけが取り残されていた。
沈黙が、やけに耳に障る。
「……はぁ、まったく」
私は木べらを置き、鍋の火を消した。
古びた外套を羽織り、先のとがった帽子を被る。
理由なんてない。
ただの気まぐれだ。
せっかく千年の退屈を紛らわせてくれた歌声が、悲鳴に変わってしまうのは――少しだけ、寝覚めが悪いというだけなのだから。
https://x.com/tokumeikigo/status/2086655096256119173
小説ブートキャンプ『毎週お題』にて執筆した作品の転載です。
限られた期間で執筆するためAIを多めに活用していますが、AI感を感じないように調整しているつもりです。
中身はいつものハッピーな百合なので、楽しんでいただけると幸いです!




