第一話 予兆
煌永28年3月2日、日本国。
午後13時半、東京23区。
誰かは遅い昼食をとり始める。
他の誰かは読書にふけり、また他の誰かは友人と雑談をする。
そのまた他の誰かは体調を崩し、何処かには電車を逃してがっかりする者もいる。
ゲームを楽しむ者も、昼寝を始める者も、何かの当選発表をまだかまだかと待ち続ける者もいる。
救急車や選挙カーにうんざりする者、その反対の反応を示す者。
告白に成功して喜ぶ若者、妻の机からかきかけの離婚届を発見し、嫌な顔をする亭主。
生徒の机から禁止物を発見した爆発寸前の教員、中にはよからぬことを企む青年もいるかもしれない。
そこでは千数百万の人々がさまざまな感情を抱いてそれぞれの1日を過ごしている。
大富豪に生活困窮者、学生に老人、日本人に外国人、…。
その日常は極めて平穏だ。
犯罪は起きようと、テロリズムや戦争は起こらないから平穏といえよう。
少なくとも、それ以上を求めないのが俺の主義だ。
俺は田崎翔一。
三十二歳の男で、独身だ。
総務省に勤めている。
別に景気がいいわけでもないが、今の東京で普通に一人暮らしをできていれば十分だろう。
某有名大学の名誉教授の話によれば、今の東京で普通に一人暮らしをするためには令和初期の数倍の資金が必要だそうだ。
令和——いくつも前の元号だが、はっきり覚えている。
明治、大正、昭和、平成、令和は世界も日本も大きく変わった時期だからだ。
歴史の教科書では「激動の200年」などと呼ばれていて、二学期分の歴史の授業でそれだけをやっていた覚えがある。
そんなことを考えていると、同僚の高崎が慌てた様子で話しかけてきた。
なんだか、とんでもないことが起こりそうな気がした。
「おい、田崎、大変だ」
「わかってるよ。お前がそんな慌てたの初めて見た」
「実は…」
「…」
数秒の沈黙を挟んだのち、会話が再開された。
「正体不明の脅迫メールが…」




