#082 : バレたら死ぬ☆でも寝言は止まらない
── 一週間後。
「聖女様、聖典が十章に到達いたしました!」
大司教が分厚い巻物を抱えて嬉々として報告してくる。
「へぇ……じゃなくて、ほう……我が言葉、そんなに?」
「はい!第六章から第十章まで、それぞれ──『愛と枯渇の教え』『王者の帰還』『崩壊への序曲』『運命の交差点』『覚醒の真髄』!」
「……うん。わぁ凄い。(棒)」
「特に第八章の『夜の闇に抱かれし柔らかき存在こそ、魂の休息の源なり』は感動的でした」
「それ、ぬいぐるみのことだね…寝る前に抱いて寝てたからね…」
「第九章の『朝に焼かれし小麦の薄片を携え疾走するとき、次元の扉は開かれん』も名言です」
「それアニメあるあるだね…」
「既に信者が実践しております」
「うそでしょ!?危ないから止めて!!」
私はテーブルに突っ伏し──慌てて体勢を立て直す。
とりあえず腕を組み、目を閉じた。
「……意図せぬ言葉が……信仰を呼ぶとは……」
ローザ「現在はこれらをまとめております。」(メモを差し出す)
ローザ「第十二章『プリンは飲み物』」
ツバキ「えっ、まだ続くの?」
ローザ「第十三章『Wi-Fiの届かぬ所に神なし』」
ツバキ 「待って待って」
ローザ「第十四章『推しは推せる時に推せ』」
ツバキ「やめて!」
ローザ「第十五章『ポテチを一枚食べると全部なくなる不思議』」
ツバキ「もう止まらない!?」
ツバキ「全部私の寝言!?」
◇◇◇
──こうして、聖典は今日も分厚くなっていく。
月明かりが差し込む窓辺。
私はカメリア聖典を手に、そっとページをめくった。
「……私の、じゃなくて。我が言葉が、全部……か」
寝言。独り言。中二病。アニメの引用。
それが全部、“神の啓示”になっている。
「……でも、信じてるんだよね。みんな、本気で」
巻末には、信者たちの声が記されていた。
『聖女様の闇のお言葉で、私は前に進めるようになりました』
『ホーリービーム♡を見たとき、心が洗われるのを感じました』
『"あと5分だけ"の祈りで、焦りから解放されました』
『あの時ずっとパンの話をしてませんでした?』
「……本当に?」
私は窓の外を見た。
灯る明かりの下、人々はちゃんと生きている。
「……だったら、もういいか」
左目に力を込めると、ビーム♡が月明かりに反射し、部屋を七色に染めた。
「演じるの、しんどいけど……やるしかないか。灼瞳の神子として」
ベッドに腰を下ろし、月を見上げる。
「……でもホントはさ」
声が小さくなる。カイ様モード、解除。
「サクラなら『聖女?利用しろ利用!』って言うでしょ」
「カエデなら『お供えパンはメロンパンがいいよ!』とか真顔で言うね」
……ふふ。あはは!
誰もいない部屋で、やっと素の自分に戻れた。
「はぁ……アイツらのこと思い出したら元気でた…のかな…」
深く息をつく。
「明日も、やるしかない。」(バレたら死ぬ)
──こうして、ツバキは開き直った。
覚醒(=あきらめ)たのである。
翌朝の寝言はこうだった:
「絶望っていうか……荒野にも花は咲く、みたいな……うーん、だめなら……なんとかなるって……」
その言葉は第十五章『絶望の花園』として記され、
ツバキは、初めて自分の“本音”を綴った聖典を、静かに抱きしめた。
この世界は、誤解と寝言でできている。
そして私は──寝言で宗教を築いている。
……助けて。
(つづく)
おまけ
・第十八章『エアコンのリモコンは必ずソファの隙間にある』
・第十九章『勇気とは、半額シールの弁当を奪い取ること』
・第ニ十章『冷蔵庫のプリンには名前を書かねばならぬ』
ツバキ「私いつもどんな夢見てるの!?」
◇◇◇
──今週のカイ様語録──
『この感覚…“天界の焼印”が、我が存在を赦したのか…(つまりパンうめぇ)』
解説 :
TVアニメ『堕光のカイ』第950話「死と光と、あとパン」。
聖都陥落。仲間は全滅。右腕は欠損。魔力は枯渇。
そんな地獄の中、廃墟の片隅で拾った一枚の食パンを、無言でかじった瞬間に発されたのがこのセリフである。
なお、そのパンはいつ誰が焼いたかも不明。
床に落ちていた。しかもトースト済みだった。
バターは塗っていない。にもかかわらず湯気が出ていた。