↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【14万PV突破】魔王がポンコツだから私がやる。──バグってる異世界をぶん殴る女たち  作者: さくらんぼん
第14章 : 【カエデ&ツバキ】中二と天然と信者の、世界ぶっ壊し珍道中
PR
82/172

#082|楓椿006:聖女の仮面

 ふ……虚無より現れし者……ツバキと名乗ろう。

 語らせよ!運命の代弁者たる我が、真実を──


 *


 シーガの街の門をくぐった瞬間、

 肩から何かが落ちた気がした。


 整った石畳、規律正しい門番、

 どこか懐かしい市場のざわめき──。


 久しぶりに、“まともな世界”に来たと思えた。


 せめてこの街では──

 誰かが「聖女様!ご神託を!」なんて叫ばない、

 穏やかな日々を過ごせると思っていた。


 ……思っていた。


 *


「見てくださいっ、あれ……!」


 ローザの言葉に顔を上げた私は、絶句した。


 ──街の中心、教会の壁。


 そこには金文字でこう刻まれていた。


【カメリア聖典 第九百五十章】

『平穏なる幻想に飲まれたか……?』


(……私がびっくりした時に発した言葉……だよね?それ!)


 まさかそれが教典として刻まれるなんて思いもしなかった。


 さらにその下には、鮮やかな額縁。

 賛美歌の練習をしている子どもたち。

 信者らしき人々が、ろうそくを手に祈っていた。


 彼らの顔は皆、真剣で、希望に満ちている。


 私の言葉を、本当に神の教えだと信じて。


「いつの間にこんなに……」


 私が呟くと、ローザは胸に手を当て、目を細めた。


「ここは信仰の地として、素晴らしい風土がありますねぇ。

 ツバキ様のお言葉が、これほど早く根付くなんて……

 まさに奇跡です」


 いや、そんな話はしてない。


 私は何もしていないのに……。


 *


 市場では、私の名を冠した商品が並び始めていた。

 

・聖女まばたきパン(やわらか仕上げ)

・ツバキ茶(意識が高まりすぎるお茶)

・神託クッキー(たぶんローザ製)

・カメリア様の微笑みマスク(私の顔を模した仮面)


 商人たちは私を見つけると深々と頭を下げ、

 「聖女様のお陰で商売繁盛です!」と感謝の言葉を口にする。


 子どもたちは私の姿を見ると目を輝かせて走り寄ってくる。

 

 この人たちは、

 私という”人間”を見ているんじゃない。


 “聖女”という偶像を見ているだけ。


 その偶像が実は空っぽの器でしかないことを、

 誰も知らない。


 *


「ねえツバキ〜、このお菓子見て!

 私たちの顔ついてるよ!あははw」


 カエデが嬉しそうに言う。


 クッキーに描かれた似顔絵は確かに微妙で、

 私は目が三白眼、カエデは髪がボサボサ、

 ローザは異様に筋肉質に描かれている。


 ローザは教会関係者と笑顔で会話しながら、

 新たな”御言葉”の展示について交渉していた。


 そんな二人を、私はどこか遠くに感じていた。


 まるでガラス越しに見ているような、

 現実感のない距離があった。


 でも、カエデを見ていると──

 私は、ここにいていいのかなって、まだ思える。


 ……ありがとう。カエデ。


 *


 ──その夜。


 宿に入って間もなく、

 騒がしい足音と馬の嘶きが響いた。


 街の衛兵たちが緊張した面持ちで宿の外に整列していた。


 十二人、いや十五人はいるだろうか。


 彼らの鎧は王国軍の正式なもので、

 胸には王家の紋章が刻まれている。


 そして、その中央にいた男が一歩進み出る。


 顔に深い傷跡のある、歴戦の騎士のようだった。


「聖女ツバキ殿に──

 キューシュー王国陛下より、緊急伝令!」


 鼓動が、跳ねた。


 王国からの直接の連絡なんて、今まで一度もなかった。


「こちらをお納めください」


 差し出された封書。

 見覚えのある封蝋。

 間違いなく、王直属のもの。

 重厚な紙質、丁寧な装飾。


 これは間違いなく、正式な王命だった。


 私はそれを受け取った。

 手が、わずかに震えているのがわかった。


 衛兵たちは無言で一礼すると、去っていった。


 蹄の音が遠ざかっていく。


 街の人々のざわめきも、やがて静まった。


 *


 部屋に戻り、静かに蝋燭を灯す。


 ローザもカエデもまだ帰ってきていない。

 市場で夕食の材料を買いに行っているはずだった。


 私はひとり、封を切った。



『王命』

魔王軍、タマイサ地方へ侵攻。

オーミヤに魔王出現。

国王、これを由々しき事態と判断す。

よって、聖女ツバキに命ず。

魔王を討伐せよ。

なお、本命令は王国の総意なり。

拒否は許されず。



 ──魔王。

 ──討伐。

 ──聖女、ツバキ。



 視線が揺れた。思考が止まった。


 言葉が、出ない。


 (……私に、“討て”と?)


 信仰が広まりすぎて、もう引き返せないと感じていた。


 でも、それは──「言葉」だけの世界だと思っていた。


 ずっと”演じていれば”何とかなると思っていた。


 聖女のフリをして、誰かの救いになったフリをして──。


 それなのに。


 ここで初めて、“命令”が来た。


 “誰かを討て”という、“現実”が来た。


 魔王って、どんな存在?

 本当に、私が討つべき相手なの?


 ──私が……人を……殺すの?


 疑問が次から次へと湧き上がってくる。


 でも、王命には「拒否は許されず」と書かれている。


 地図で見たことがある。


 タマイサのオーミヤはラウワ王国にある。

 このシーガの東の国だった。

 キューシュー王国とは友好関係にあったはず。


 そこに魔王が出現したということは、

 いずれ魔王軍がこちらに向かってくる可能性も高い。


 ……理解はできる。


 でも、納得なんてできない。


 私が、魔王を討つ?

 戦場に出て、命を奪うの?

 誰かを、正義の名で裁くの?

 私が正義なの?どうして?誰が決めた?


 この旅で少しは戦えるようになった。


 ローザの指導で、それなりに形にもなってきた。

 でも、それは「聖女らしく見せるため」の演技だった。


 本当に人を傷つけるためじゃない。


 夜風が頬を撫でていく。


 教会の鐘が、遠くで時を告げていた。


 もうすぐ八時。

 ローザとカエデが帰ってくる時間だ。


 信者たち。御言葉。カエデの天然。ローザの笑顔。


 その全てが”喜劇”のように、

 軽やかに、私を”聖女”として持ち上げてきた。


 村で困った人がいれば、適当な言葉をかけて。


 町で信者が集まれば、それっぽい説教をして。


 子どもが泣いていれば、頭を撫でてあげて。


 でも──


(私は、そんな自分に応えたことがあっただろうか?)


 本気で世界を救おうとしたことがあった?

 誰かのために、命を張る覚悟があった?


 ……私はただ、生き延びたかった。


 偽って、媚びて、演じて──

 この世界で、“聖女じゃなければ殺される”と思ってた。


 誰にも笑われないように。

 見下されないように。

 嫌われないように。


 ──それは全部、“死にたくない”という叫びだった。


 そうやって、“偽物”のまま、ここまで来た。


 “それっぽく振る舞って”、

 “それっぽく御言葉を吐いて”、

 “それっぽく……それっぽく……“──


 ──でも私は、“本物”じゃなかった。


 みんなこの”偽物”の私を、ずっと信じてくれてた。


 *


「──ツバキ?」


 声がした。カエデだ。

 いつの間に帰ってきていたのだろう。

 ……気が付かなかった。


「さっきのお手紙……そんなに大変な内容だったの?」

 彼女は、何も知らない瞳で、私を覗き込んでくる。


 心配そうな表情。純粋な優しさ。


「……ううん。大丈夫だよ。

 ちょっと…びっくりしただけ」


 私は、笑った。


 ──“聖女”らしく。


 この笑顔だけは…壊せない。

 壊したら、私が壊れてしまうから──。


「そっか! ツバキは強いもんね!」


 カエデは少し安心したような顔をして無邪気に笑った。


 ……強い?……私が?


 こんなに迷って、震えて、逃げ出したくて仕方ないのに?


 *


 夜、ローザが私に言った。


 彼女はもう、王命の内容を察していた。


「ツバキ様……明日からは、

 進路をラウワ方面に切り替えましょうか」


「……うん。そうだね」


「魔王に、会いに行くんですね」


「……うん。そうだね」


「──きっと、ツバキ様なら、

 “魔王をも救える”のではと……私は、そう信じています」


「……うん。そうだね」


「……ツバキ……様……?」


「……うん。そうだね」


 ローザの声が遠く感じた。


 いや、ローザの声だったのかも分からない。


 ……聞こえてるのに、聞こえてないみたいだった。


 私は……頷いた。


 ──それが本心じゃなくても。


 *


 そう。


 私は”聖女”なんかじゃない。


 だけど──


 “聖女でいること”でしか、

 この世界では生きていけない。


 ここで初めて、私は誰かに必要とされた。


 頼りにされて、愛された。


 たとえそれが偽りでも、演技でも。


 だから私は──演じ続ける。


 騙しても、裏切っても、笑ってでも。


 この仮面が”私”である限り、私は壊れない。


 涙が出そうになった。


 でも、泣けなかった──


 泣いたら……

 この仮面が剥がれてしまう気がしたから。


 ── “聖女”は、こんなところで泣いてはいけない。


 *


「……討ちに行こう、“魔王”を」


 そう呟いた声が震えていたのは、恐怖か、虚しさか……


 ──罪悪感だったのかもしれない。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。