#073 : 借金10億☆サーカスに行こう
領主騒動から数日。
街はようやく平穏を取り戻していた。
だが、そこに“元”領主の姿はなかった。
操られていたとはいえ、自らの民に牙を剥いた罪は重い。
あのまましれっと職場復帰とかされてたら、こっちがドラゴンスクリューで始末してたところである。
そして、その日。
王都から戻ったジルが、いつになく難しい表情で口を開いた。
ジル「……えっと。オーミヤの街、そして皆様の拠点・リンド村を含む ── “サイータマ領”の新たな領主に……私が任命されました」
サクラ「ん?」
エスト『え?』
辰夫「お?」
辰美「へ?」
全員、語彙力が完全に吹き飛んでいた。
ジル「本来の爵位的にも、私が次の候補ではあったのですが……皆様の功績も加味され、王より正式な勅命を頂きました」
サクラ「へー」
エスト『あー』
辰夫「ほー」
辰美「おー」
……内容は理解してないけど、とりあえず返事はする。これが魔王軍だ。どうだ?怖いか?
ジルは少し照れながら、私の方を見て言った。
ジル「……サクラさん。領主夫人……なんて、いかがですか?」
サクラ「ちょ、やめてよ……っ」
モジモジと視線を逸らす私の前に、辰美が一歩踏み出した。
辰美「だっ、ダメです!この人はそんなところで終わる器じゃないんですから!」
サクラ「……。」
……たしかに。
領主の妻って肩書き、悪くない。
玉の輿の上に、領主を後ろ盾にすれば、王都とのパイプもできる。
つまり、世界征服への近道──それが、今ここに転がっているわけで。
でも──私は……
サクラ「くっ……ダメよ!ここでゴールインなんかできるわけないじゃない!」
サクラ「私にはまだ、征服も胸も、途中なのよ!」
サクラ(心の声)(たぶん一度は夢見たよ、玉の輿も安心も。でも私、楽するよりもっとデカい夢で転びたい派だし?ヒゲボウズマッチョと結婚するのよ私は!)
私はジルの申し出を振り切り、エスト様を見つめた。
エスト様は、私の視線に気付くとニコッと笑った。
ジル「ふふふ。分かってましたよ。ここでサクラさんが目標を諦めるわけがない…とね。そんなところも含めて惚れてるのです。」
ジルは少し寂しげに微笑みながら、話を続けた。
ジル「では、今後は“領主”として、皆様の旅を全力で支援させていただきます。」
サクラ「あーいはいはーい!その流れでお願いしまーす!」
「はいこれ!リンド村の家賃と、温泉建設費と、ステージ照明と ── あと、えーと、私のツノ専用美容院代!」
私はジルをツンツンしながら、束になった請求書をドンッと差し出した。
だが ── ジルから返ってきたのは、予想外の拒否だった。
ジル「……すみません、サクラさん。それはできません」
サクラ「えっ!?なんで!?」
ジル「これらはすべて……サクラさんの、完全な私的浪費ですので」
……バッサリいかれた。
サクラ「ぐはッ……」
エスト『そりゃそうだ☆』
辰夫「ふむ……」
辰美「納得しかないですね」
下僕たちは全員うなずきやがった。
私は、ささやかな抵抗を試みる。
サクラ「……ぐっ……ぐぅぅ……」
エスト『“ぐうの音も出るもん!”って言ってるけど、それもう音だよ☆』
サクラ「嘘でしょ……ジル? 裏切ったの……?」
私はよろけながらジルに問いかける。
けれど、ジルは何も言わず、ただ視線を逸らした。
サクラ「信じてたのに……ジル? ジルぅ……!」
私はその胸にすがりついた。すがるしかなかった。
ジル「……ごめんなさい、サクラさん。私も辛いんです。でも、これは“仕事”なので」
残酷なまでに冷静な言葉だった。
サクラ「じゃあ……じゃあ、私は……このまま破滅するしかないっていうの……!?」
ジルは窓の外を見た。
そこには、激しい雨が降っていた。
まるで、私の未来の預金残高のように冷たく、重かった──。
…
……
………
しばらくの間、部屋を沈黙が支配していた。
誰も何も言わなかった。言えなかった。
私は、手元の請求書を見つめたまま震えていた。
サクラ「ど……どど……どうするの……?」
サクラ「この……10億……どう返せばいいの……?」
私はおばあちゃんの言葉……『金は返さない。でも感謝は忘れない。そう言ったら、おじいちゃん連れてかれたわ。』を思い出し、おじいちゃんを偲んだ。
全員『「「「10億!?どこに使ったんだよ!!!!!」」」』
私は請求書を握りしめ、震える声で読み上げた。
サクラ
「“幻のマグロ握り食べ放題フェス参加費:1億リフル”……」
「“ツノ専用ティアラ定期購入・年間契約:2億リフル”……」
「“勇者サクラ公式応援アイドルユニット・デビュー費用:3億リフル”……」
「“世界征服コンサート用ステージ照明一式:2億リフル”……」
「“イルカとシャチとアザラシのショー建設費:残り全部”……」
(沈黙)
エスト『お姉ちゃん……何このラインナップwww』
辰美「完全に浪費です!!」
辰夫「魔王軍の資金運用、崩壊しましたな……」
サクラ「っさい!!みんな、イルカとシャチとアザラシのショー見たいだろうがぁあ!!」
全員『「「「えぇ……」」」』
サクラ「ふっ……ふふ……しかたないわね……やるしか……ないか……」
私は決意の声で言った。
サクラ「辰夫!辰美!すぐに支度して!行くわよ!」
辰夫「はい?」
辰美「え、どこに!?」
サクラ「決まってるでしょう?」(……すまない、二人とも……)
サクラ「──サーカスよ」
辰夫&辰美「「売る気かよ!!」」
膝から崩れ落ちる2人。
サクラ「分かってる……分かってるのよ……!」
「でもね……!でもねぇえええええええええええ!!」
私も膝をつき、その場で嗚咽した。
そんな修羅場を見て、エスト様は大爆笑だった。
エスト『あははwww ショーとかサーカスよりも一番珍しい生き物はお姉ちゃんだしwww』
──こうして私は、10億リフルの借金を背負った。
(※1リフル=日本の1円と同価値)
サクラ「今から世界征服は中断して“出稼ぎ遠征”します!」
サクラ「魔王軍緊急出動!みんなでマグロ漁に行くわよ!」
エスト『いかねーよ☆』
(つづく)
◇◇◇
──今週のおばあちゃん語録──
『金は返さない。でも感謝は忘れない。そう言ったら、おじいちゃん連れてかれたわ。』
解説:
あの日、おじいちゃんは取り立てに向かってこう言ったのよ。
「お金はもう使った。でも、あの時間は本物だったんです」って。
誰も何も言わなかったわ。
取り立ての人が黙って頷いて、そのままおじいちゃんを連れていったの。
……おばあちゃんはその様子を見ながら、味噌汁にネギを足したそうよ。
《征服ログ》
【征服度】:4%(ジルが領主に昇格+街の信頼獲得)
【支配地域】:サイータマ領(オーミヤ・リンド村含む、名目上の領有完成)
【主な進捗】:
・“元”領主、消息不明(※事実上の始末完了)
・ジルが新領主に就任、魔王軍との直接協力体制が成立
・サクラ、領主夫人の誘いを華麗にスルーし「征服と胸はまだ途中」と明言
・10億リフルの借金が発覚
・辰美・辰夫、サーカス行きの危機に陥るもなんとか回避