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#057|桜037:福利厚生で世界征服

 私と辰美は、北の山からリンド村への帰路に着いていた。


 夕焼けが山の稜線に沈みかけている。

 空は茜色から藍色へと、ゆっくりと色を変えていく。


 ──その時。


「あ!サクラ様!」


 ワイトとサタンが前方から歩いてきた。

 二人とも疲れ切った顔をしている。


「あれ?あんたたち……

 あぁ、エスト様のスキルで呼ばれた?」


 私はうなだれる二人に声をかける。


「はい……」

 サタンが遠い目。


「なんの用事で?」


「暇だったからだそうです……」

 ワイトが目を見ない。


「マジか……(んふふッ)」

 私は笑いを堪える。


「本当にそれだけで……」

 サタンが震える声で続ける。


「で、今から80階層と90階層まで?」


「はい……」


「徒歩で?」


「はい……」


「……そっか。頑張って」


「……」

 二人はゆっくりと首を縦に振るだけだった。


「……ぷッ」

 私の口角が裏切った。


「!?」

 二人が私を二度見した。


 これからこいつらは数週間かけて徒歩でダンジョンに帰るのだ。

 面白すぎる。


 私は二人の背中を見送った。

 辰美が困惑した顔で私を見ている。


「……今の人たち、大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫。モンスターだから体力あるし」


「そういう問題じゃない気が……」


 *


「辰美?これからは村で人間と暮らす事になるけど、

 辰夫と同じく、人型にはなれるよね?」


 私は歩きながら辰美に尋ねる。


「まぁ……なれなくても、

 力技で人型にするけどなぁ……?」


 指をポキポキと鳴らす。

 関節が小気味良い音を立てた。


「ひぃ! り、竜人族の姿になれます!」


 辰美はガクガクと震えながら答えると、

 その場で光に包まれた。


 光が収まると──そこには人間の姿をした辰美が立っていた。


「……お?」


 私は思わず足を止めた。


 竜人族の辰美は、

 私と同じ10代後半くらいの姿だろうか。

 

 髪は炎のような赤いショートヘア。

 瞳も赤く、どこか野性的な輝きを持っている。

 

 ややキツめの目つきだが、

 それが凛とした美しさを際立たせていた。


 そして――私は、視線を下へと移す。


「……辰美ーーーーーぃッ!」


「は、はい!?」


 辰美がビクッと肩を震わせた。


「……私たち……ずっと親友だぜ……?」


 私は辰美の胸を凝視しつつ、

 最高の笑顔で親指をグッと立てた。


「くっ……」


 辰美は自分の胸を押さえ、下を向いた。


 そう――。


 辰美も、ペッタンコだった。


 上機嫌になった私は、スキップしながら辰美に話しかける。


「いやぁ良かったよー?

 もしも主人より大きかったらさぁ?

 刀で切り落とす必要があったからさ?」


 沈黙。


「……胸じゃなくて首をなぁ?」

 私はスキップを止め、刀をチラつかせた。


「ひぃッ……」

 辰美は、ペッタンコで良かったと心から思った。


 そして、私たちはリンド村に戻った。


 *


 村長に火竜討伐の報告をし、

 この一緒に居るのがその火竜だと告げる。


「か、火竜が!? 一緒に!?」

 村長は慌てふためいている。


「はいはい、詳しい話は後で」

 私は手を振りながら、宿屋へと向かった。


 村長の「待って!?」という声が背後から聞こえたが知らん。


 *


 宿屋の部屋の扉を開けると、エスト様はベッドで寝ていた。


「エスト様。ただいま戻り……あら……ふふ……」


 小さな寝息が聞こえる。

 穏やかな寝顔。


「この方が、魔王様……子供……」

 辰美はエスト様の寝顔を見て言った。


「ふふ。お腹を出しちゃって……風邪をひくわよ」


 私はエスト様が風邪をひかないようにと、

 そっと布団をかけた。


 布団の感触に反応したのか、

 エスト様が小さく寝返りを打つ。可愛い。


 ……


 ――そして、エスト様が目覚めた。


 目をこすりながら起き上がる。


「……うーん……?

 あ! お姉ちゃん!おかえりー!」


 エスト様は満面の笑みを浮かべた。


「火竜討伐に行って、火竜を配下にしてきたよ。

 あと、こないだの酒場の冒険者3人も成り行きで……」


 私はちょっと残念そうに戦果を報告した。

 別に三人組が欲しかったわけじゃないのだが。


「おおー!さすがお姉ちゃん!」


 エスト様は目を輝かせた。


「辰美。自己紹介を」


「はい。火竜の辰美……と言います。

 特技は火を吹く事です。

 好きな食べ物はタマネギ、

 嫌いな食べ物はピーマンです。

 夏が嫌いです。暑いから。

 宜しくお願いします」


 辰美が律儀にお辞儀をする。


「私は魔王のエストだよ!よろしくね!」


 エスト様は嬉しそうに笑った。


「あ! そうそう。辰美も”私の配下”ですので」


 私は念を押す。


「ぅん……そうだろうね……」


 エスト様は虚空を見つめながら呟いた。


 ……


 少ししてから、

 私は悪魔の面白いお姉さんのことを話した。


「というわけで、その人がめっちゃ面白くて。

 負けてられない。面白くなってやる」


「私!あの人にまた会えたら友達になってもらう!」


 私が説明を終えると、辰美は目を輝かせた。


「うーん? 悪魔のような……?

 心当たり無いなぁ……」


 エスト様は小首を傾げていた。


 ……


 次に、本題である温泉の報告をした。


「あと、北の山で温泉を掘り当てたから、

 その温泉をこの村と常闇のダンジョンに引っぱりたいの」


「温泉!?」

 エスト様が驚く。


「その工事に私の魔王軍を使おうかと。

 まぁ私の軍だし、良いよね。

 騒ぎにならないように夜にこっそりやる」


 私は真面目な顔で言った。


「魔王軍を工事に使う!?」

 辰美が目を丸くする。


「うん! いいよー!

 でも、村とダンジョンに温泉を引いてどうするの?

 あと、お姉ちゃんの軍じゃないよ、私が魔王……」


「……」


 私は無視した。


「……」


 エスト様は布団を握りしめた。


「どうするのかって?よくぞ聞いてくれた小娘!

 温泉は魔王軍のモンスターへの福利厚生だよ。

 魔王軍にもたまには癒しが必要」


 私はドヤ顔で語り始めた。


「それに、ダンジョンをモンスターの村にして、

 この村と繋げていけば──人とモンスターが共存する未来も、

 あり得るかもしれないしね」


 これは本気だ。


「ずっと真面目な話してるけど……

 お姉ちゃん?変なもの食べた?」


 エスト様が不思議そうに私を見つめている。


「黙って聞け! 小娘がッ!」


「……ああ! お姉ちゃんだ!!」


 エスト様は満面の笑みを浮かべて私に抱きついてきた。


「ふふ」


 私はエスト様の頭を撫でた。

 留守番が寂しかったのかな。


「話を続けるよ?

 コードネームは“地獄の配管工事”

 配管工事で世界を獲る。

 これが“魔王流インフラ侵略”」


「世界征服っぽい!?」

 エスト様が目を輝かせた。


「ワイトとサタンにも頑張ってもらわないとね」


「あ、その二人ならさっきまでここに居たよ!」


「うん。村の外で会ったわ。

 ……もう少ししたら、またスキルで呼んで」


「わかった!」

 ニパッと笑顔のエスト様。

 

「鬼がおる……」

 辰美が同情の表情。


「ちなみに辰夫は今のバイトを続行。

 私たちの生活費が無くなるからね」


「うん!そうだよね」


「……え?

 この魔王パーティーはバイト代で生活してるの!?」


 辰美は帰りたいと思った。



(つづく)

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