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#056|桜036:正義って拳の形してるの知ってる?

 温泉を掘り当てた私たちは、

 ひとまずリンド村に戻ることにした。


 辰美と三馬鹿には、今の私たちの状況──

 そう、エスト様のことや世界征服の野望を簡単に伝えた。


 全員、「この人正気か?」という顔をしていたが、

 まあ気にしない。


「ああっ!?

 しまった、バイトの時間が迫ってます!」


 辰夫が慌てた声を上げた。


「サクラ殿!!

 申し訳ありませんが我は一足先に!」


 そうだ。辰夫は夜間のバイトが入っていたのだ。


「はいよー! ガッポリ稼いできなさいよ!」


「はい! 任せてください!」


 私は辰夫の背中をドンと叩いて激励する。

 辰夫は嬉しそうに笑い、バサッ! バサッ……!

 と翼を羽ばたかせて飛び立っていった。


「ねぇ……

 なんで竜王がバイトしてんの……?」


 辰美は呆然と辰夫の背中を見送っている。


「それよりも……

 なんで嬉しそうだったの……?」


「イチロー! ジロー! サブロー!

 お前達はリンド村までダッシュだ!

 少しでも強くなれ!

 で、リンド村でお前達のバイトの話をするからな!」


「「「……え? 俺たちもバイト……?」」」


 三人が困惑した声を重ねる。


「はい! 早く行く! ほらほら!」


 私はパンパンと手を叩いて三人をうながす。


「「「は、はい!」」」


 三人はダッシュで山を駆け降りて行った。

 土煙が舞い、小石が転がる音が遠ざかっていく。


 ……


「さてと! 私たちも村に戻りま──」


 ──その時である。


「……その力……邪魔だな………」


 突然、声が聞こえた。


 低く、冷たく、どこか機械的な響きを持つ声。

 空気が重くなる。


「「なッ!?」」


 私と辰美は反射的に身構えた。

 背筋に冷たいものが走る。


 ビキビキビキ……


 空間が、割れた。

 まるで硝子にヒビが入るように、現実が裂けていく。


 その裂け目から、漆黒の翼がゆっくりと広がった。

 辰美が息を呑む音が聞こえた。


 沈黙。


 やがて、その裂け目から──何者かが出現した。


「……ふむ、今のうちに摘んでおくか……」


 その存在は、ゆっくりと私たちを見ると、

 そのまま睨みつけながら言った。


 私はその姿に戦慄した。


 漆黒の翼が背中から生えている。

 額には小さく鋭い角。


 美しいが冷酷な顔立ちの女性。

 肌は青白く、瞳は血のように赤い。


 まさに──悪魔そのものの姿だった。


「悪魔……?

 本物の悪魔が出てきた……?」


 私の声が震える。

 呼吸が浅くなる。心臓が早鐘を打つ。


 ──私の直感が告げる。


「あ……ぁ……

 そんな、ま……まさか……悪魔王、なの?」


 沈黙。


 悪魔の女は、わずかに首を傾げて――


「……………違う」


 申し訳無さそうに答えた。


「……私の直感………ここは仕事しろよ……」


 私は地面をドンドンと叩きながら悔しがった。

 拳が痛い。でも悔しい。


「ここは空気的に当てるとこだった!」

 辰美が慰めるように私の背中をポンと叩いた。


 ──私は再び立ち上がる。


 深呼吸。

 私は全力で直感を叩き起こした。

 脳内で何かがブレーカーを上げるような音がした。


 カチッ。


「ま、まさか……だ、悪魔大王なの?」


 沈黙。


「…………………違う」


 またしても悪魔の女が申し訳無さそうに答えた。

 その表情には明らかな困惑が浮かんでいる。


「ぇぐ……ひっく」


 気がつくと私は地面にうずくまって泣いていた。


 これは……そう。

 大嫌いな給食の牛乳を飲むまで帰れなかった時と同じ絶望感だ。

 胃の辺りがキュッと締め付けられる。


「どんまい!!

 ……まぁでもさ?

 悪魔大王ってセンスが無いとは思ったよ?」


 辰美が優しく背中をさすってくれた。


 ──その時だった。


 ムダ様の言葉が、脳内にねじ込まれるように響いた。


『正解かどうかは、俺が殴った後に考えるんだよッ!!』


「……そ、そうだよね……そうだよね……」


 私はぶつぶつと呟きながら、

 よろよろと立ち上がる。


 膝が笑っている。でも立つ。


「……ムダ様は

 殴ってから考えろって……言ってた……

 そう言ってたもん……!!」


 目が虚ろにギラつく。

 拳がぷるぷると震えていた。


「だから私は正しい!!

 ね? ねぇ?だってそうでしょ?

 拳を振れば全部分かるでしょ?

 違うの? 違わないよね!?

 正義って、こぶしの形をしてるんでしょ!?」


「ま、待って!? その発想はまずい!!

 脳まで筋肉なの!?」


 辰美が必死の形相で止めようとする。


 私は拳を掲げ、悪魔の女をじっと見据える。


「ぶん殴ればわかるよ……世界のすべてがッ!!!」


「待って!!拳で会話すな!!」


 辰美が涙目でしがみついてくる。

 私はそれを完全に無視して一歩前へ──


 ──すると。


 その悪魔の女は、急に顔を上にあげた。

 首の角度が不自然に変わり、あごが天を指している。


「ぷッ……ぷぷッ……グッ……キッ………」


 全身が小刻みに震えている。

 肩が上下している。


「めっちゃ笑いこらえてる!

 やった! ウケたんだ!」


 私はガッツポーズをした。

 両手を握りしめ、肘を引く。

 顔には大きな笑みが浮かんだ!


「私!この人の事が大好きだ!」


 辰美も喜んでいた。

 その声には興奮が滲んでいる。


 悪魔の女は、ずっと上を向きながら話を続ける。


「んふッ……き、興が削が(きょうがそが)……ぷっ、れたわ」


 笑わないように必死だ。

 悪魔にも、笑ってはいけない事情があるらしい。


「まだウケてる! ここまでウケると嬉しい!」


「私! この人と友達になりたい!」


「今日の……ググッ……キッ……

 ぷぷ……ところは……見逃してグッ……やる」


 上を向いていた顔が、今度は下を向いた。

 必死にプライドを保とうとしている。


「どうしてもカッコをつけたい!」


「大事なところだからこっちの目を見て話をして!」


「次に、キッ……会った時……」


 肩が小刻みに震え、口角がわずかに引きつっている。

 プライドと笑い声がせめぎ合う、顔面筋肉の激戦。


「……が……貴様らの、キッ……さ、最後……だ」


 ゆっくりと正面を向いた悪魔の女の顔は紅く、

 目には涙が溢れていた。


 頬は火照り、目尻には笑いをこらえきれず、

 出た涙が光っている。


「感情とプライドの熾烈な戦い!」


「私! 今凄いものを見ている!」


 そして、悪魔の女は震える手を空間にかざし──

 ビキビキと空間を割ると、

 めっちゃ早歩きで割れ目に消えて行った。


 スタタタタタ!


 全力の早歩きだった。

 走ったら負けだと思っている早歩きだった。


 *


「最後まであっぱれな人だった……」


「また会いたいな」


 いやぁ良いもの見たな!と、

 胸がいっぱいになった私と辰美は、

 悪魔の女のモノマネをしながら村に向かった。


 夕暮れの空が徐々に暗くなり、

 最初の星が瞬き始めている。


 私たちの笑い声が、

 静かな山道に響き渡る。


「グッ……キッ……」


 私は笑いこらえる顔真似をする。


「ちょ! やめて!? 似すぎてる!」


 辰美が笑いながら抗議する。


 私たちは笑いながら、ゆっくりと村へと歩いていった。



(つづく)



──天の声です。

ええ、どうも。お久しぶりですね。

ちなみに今の”悪魔の女”、観測できませんでした。ログにも痕跡ゼロ。


……なんか、めっちゃヤバい気がするんですけど。


でもサクラが笑ってたから、ま、いっか☆


◇◇◇


──【今週のムダ様語録】──

『正解かどうかは、俺が殴った後に考えるんだよッ!!』


解説:

言葉は後付け、拳が先。

議論より実践、推理より実打。

ムダ様はすべての選択肢を、力技で納得させる。

もう大好き。

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