#001 : 死因:恥ずか死。ニュースが私を“令和の弁慶”と呼んだ日。
《天の声:(心の声)……あ、いた。候補者の「佐倉 桜」ハッケン。さて、どうやって異世界に連れて行くか。》
「……え?」
《天の声:(心の声)……ん?》
「……『異世界』とか聞こえた?」
《天の声:(心の声)……は!? 聞こえてんの!?》
「いや、今はそれどころじゃないぃいいい!!」
真夜中の住宅街。
私は、空手の構えのイケメンと、ボクシングの構えの可愛い彼女に挟まれ、なぜかプロレスの構えを取っていた。
三人、戦闘態勢。流派はバラバラ。
風が吹いた。ヒュゥゥゥ……
(……なんで私も構えてんの!?)
──その瞬間。
ワンッ!ワンワンッ!(犬)
ニャニャッ!(猫)
ガシャン!(窓)
おじさん「もしもし、警察ですか……住宅街で夜中に三人が決闘してまして……」
三人「「「決闘じゃない!!」」」
カオスだ。完全にカオスだ。
「……なにこれなにこれなにこれぇええ!?」
そして次の瞬間──恥ずかしさが限界を超えた。
(死ぬほど恥ずかしい……あ、これ無理)
心臓が、変な音を立てた。ドクン……ドクン……
「ゴングを……」
ドクン………(心音が途切れる)
「……にゃらせ……」
最期の言葉、噛んだ。
プツッ。心臓が止まった──。
[挿絵:令和の弁慶爆誕(警察提供)]
──私は"恥ずか死"した。
《天の声:え? 死んだ? 恥ずかしくて死んだ?》
「は? 誰が? ……てか、さっきから誰ぇぇぇ!?」
………………
…………
……
\\ピロリロリーン♪//
【朝のニュース番組】──
(男性アナ)
『昨夜、都内で女性がプロレスのテーマを熱唱し、
ファイティングポーズのまま立った状態で心停止。
ネットでは “令和の弁慶” や “Japanese BENKEI” が話題になっています。』
[参考挿絵:ニュース再現CG(フォトショの無駄遣い)]
──
ニュースキャスターの声は、まるで他人事みたいに落ち着いていた。
(ちゅんちゅん! *外からスズメの声)
(……ん?あれ?)
「……って、私じゃん!?死んだの!?」
【令和の弁慶】【心停止】【ファイティングポーズ】
これらの文字が頭の中でぐるぐる回る。
待って。待って待って。
(ちゅんちゅん!……にゅん!)
「さっきからスズメうるせー!?……にゅん!? スズメじゃねぇ!?」
えっと……
これ──私の死に方、だよね?
は?……恥ずぅ!!?
すぅ……(呼吸を吸う)
「や、やめてぇえええええぇぇィィィ!?」
ゴロゴロゴロ!!(のたうち回る)
「私の死に様ニュース全国放送!?」
「ネット騒然って……こないだまでフォロワー5人(全員業者)だったのに……!」
(……)
「死んでからバズっても嬉しくないわ!?」
すぅ……はぁ……(深呼吸)
「……いや、でも」
(……)
「令和の弁慶……Japanese BENKEI……」
(ごくり)
「……ちょっとカッコよくない?」(ヒーローの顔)
(沈黙)
「……いや、やっぱ恥ずッ!!?」(ずこー!!)
《天の声:(心の声)……何してんだこいつ》
「……ん?また幻聴?」
──ここで音が全部、落ちた。
……バタン。
テレビの声も、鼓動も、世界も。
「……え……?」
(耳鳴り)
視界が暗くなる。
「……ちょっと待って……」
──音が、消えた。
(……そういえば鼓動の音がしてない)
心臓の代わりに、静けさが鳴っていた。
静かすぎる。寒い。
音がない。光もない。
誰もいない。
……いつも通りだ。
怖い……もう、独りは嫌だ……。
《天の声:(心の声)……いや、楽しそうだったが。》
「さっきから誰かいるの?」
◇◇◇
ここからは、私がどうして”恥ずか死”したかの話だ。
私、佐倉 桜。
22歳、推しはプロレスラーのザ・グレート・ムダ様。
(──回想開始)
私はブラック企業のOL。
毎日終電、仕事の刃・無限残業編。胃痛が友達。
唯一の希望が、深夜プロレス中継で見たザ・グレート・ムダ様。
ムダ様『完璧超人は孤独だ!だが、完璧超人も胃酸には勝てない!胃薬と共に勝利を掴め!』
……泣いた。ムダ様も胃が弱かった。私と同じだ。
部屋の壁一面にムダ様のポスター。
スマホもパソコンの壁紙もムダ様。
会社の同僚に「宗教?」って聞かれた。
違う。これは生き様だ。
……
昨夜──
ムダ様の試合、伝説の勝利だった。
泣きすぎてマスカラが滝。
試合後、幼馴染のカエデとツバキに「祝勝会!」ってメッセージを送った。
でも二人とも、明日早いとかであっさり断られた。
「じゃあいいもん。一人でやるもん」
……言って、ちょっと寂しくなった。
だから私は、焼肉屋へ行った。
一人焼肉──勝利の祝杯。
で、そのまま勢いでひとりカラオケ。
“孤独の贅沢フルコース(涙)”の完成。
\\俺の敵は胃酸だけ〜♪ 熱い魂、胸焼けと共に〜♪//
(胃薬の歌ではなく、プロレスラーのテーマソングです)
──ここまでは完璧だった。
テンションが上がりきった私は、夜中の帰り道で一人アンコール熱唱。
\\俺の敵は胃酸だけ〜♪ 熱い魂、胸焼けと共に〜♪//
歌い終わり、完全にキマった私は【ひとりプロレス】を開始。
「ムダ様スペシャル!必殺ッ!ドラゴン・スクリューッ!!」
クルクル回転──電柱に激突。
「痛ッ!?」
でも止まらない。これがムダ様への愛。
レフェリーのカウントのマネして電柱を叩く。
パンパンパン!
「決まったぁ!ワンツースリー!」
「勝者ぁ!ザ・グレート・ムダぁああ!!」
くるり、ガシィッ!!──最後の決めポーズと同時に決めゼリフ。
「……胃薬と共に……勝利を掴むッ!!」
完璧にキマった。
ふふっ、と決めポーズの余韻に浸った──
──その瞬間。
アイツらが、いた。
(……見られてた。全部、見られてた)
血の気が引いた。足が動かない。
……あとは知っての通り。
冒頭の「決闘じゃない!!」っていうカオスに戻るわけだ。
(──回想終了)
◇◇◇
── こうして”令和の弁慶”が生まれた。
……誰が名付けたんだよ、センスありすぎだろ。
ちなみにこのあとワイドショーで特集されたり、数々の快挙を成し遂げたらしい。
・SNSトレンド1位(10日連続)
・世界各国で「Japanese BENKEI」と話題に
・流行語大賞2冠:「令和の弁慶」「恥ずか死」
……知らん。死んでるから。
でも、世界がちょっとだけ賑やかになったなら──悪くない。
(沈黙)
──その時。ムダ様の声が響いた。
『恥ずかしい?笑わせるな。それはまだ“やり直せる”ってことだ。
俺はコンビニに「やっぱ温めてください」って言いに行ける。なんなら、割り箸ももう一膳ねだる。見習え。』
(沈黙)(どこかでチンッと電子レンジが鳴った気がした)
コンビニ……?
(沈黙)
でもありがとう……ムダ様……刺さった……
……うん。
うん?
コンビニ……?
ちょっとだけ、笑えた気がする。
……それだけで十分だよね。
……いや絶対むり。
(葛藤中)
……うん。笑って死ねたなら、まぁ勝ちだよね。
……いや、やっぱ負けかも。
あーそうそう。
私の「恥ずか死」?
これね……異世界でまさかの“バフ扱い”されるんだよ。
なんだよそれ?って思うだろ。
でも、ほんとなんだよねこれ。
……ツッコミはそのうち回収する。
覚悟しとけ。腹筋に。
(つづく)
◇◇◇
\\次回予告!//
恥ずか死、完遂。──だが終わりではなかった。
死後の世界に鳴り響く「天の声」。
転生先の募集要項:魔王軍・鬼族・福利厚生(不明)。
次回──
『転生しても恥は残る。──死因:恥ずか死からの再就職。』
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『恥ずかしい?笑わせるな。それはまだ“やり直せる”ってことだ。
俺はコンビニに「やっぱ温めてください」って言いに行ける。なんなら、割り箸ももう一膳ねだる。見習え。』
解説:
ムダ様にとって「恥ずかしさ」とは敗北ではない。
それは、まだ挑戦できる余白のことだ。
多くの者が失敗を恐れて立ち止まる中、ムダ様は立ち上がる。
しかも、コンビニのレジという最前線で。
「やっぱ温めてください」「あ、あと割り箸をもう一膳ください」と言えるその勇気こそ、彼の真髄だ。
恥をかくことは、人の目を気にするということ。
だがムダ様は、人の目よりも“唐揚げ弁当を温める勇気”を選んだ。
つまり、彼にとって羞恥は熱エネルギーの前段階──
恥を燃やして生きている。
そして、彼の「見習え」は叱責ではない。
それは“お前にもまだ再加熱のチャンスがある”という励ましなのだ。
──彼の教えは、いつでも再加熱可能である。




