#002|桜002:魔王の願い。──血のかわりにココアを。
──光の中で、ココアの香りがした。
甘い。寂しい。──それでも、温かい。
(おじいちゃん、おばあちゃん……私、笑ってるよ)
……と、しみじみしたのは一瞬だった。
「……って、なんか……落ちてない?」
ヒュォォォオオオオ……!
「いや、落下してるぅううう!?」
「第二の人生、いきなり落下スタート!? チュートリアルどこ!?」
「やばい! スカート!? 全空にパンツ晒してる!?」
「……いや、ジーンズだ!!セーフ!!」
「って、まずは受け身だッ!!」
「そうだ!! 漫画で読んだ五点着地思い出せェェェ!?」
「いや、五点着地ってどうやんだよぉおおお!?」
私は叫びながら、異世界の空を落下した。
「五点って手足頭!? ……頭!?オデコか!?」
私はオデコをさすった。
(完璧なプランだ……)
《天の声:それ死ぬぞ》
◇◇◇
同じ匂いが、異世界にも漂っていた。
常闇ダンジョンの最奥。
近づくだけで肺が焼ける場所なのに、
なぜかホットココアの匂いがする。
魔法陣の足元にマグカップ。
その前で、銀髪の少女が魔導書を広げていた。
──魔王家最後の末裔、エスト。
「もう、ひとりはいや……
世界を征服しないと……!」
世界を征服できたら、パパが褒めてくれる気がした。
そうしたら、きっと誰かが帰ってきてくれる気がした。
「でも……ひとりじゃ戦えない。誰か……家族が欲しい!」
震える手で、魔導書を開く。
「えと……術者の血を一滴、魔導書に垂らすこと……ひぇッ……」
指先にナイフを近づけ──
「…………痛いのはいやっ!!」
反射的に、バッとナイフを遠ざけた。
視線が横のマグカップへ滑る。
「……いけるよね? ココアって血っぽいし……
ミルク入ってるけど、なんか成分多い方が良いよね」
小さな手でカップを胸に抱きしめる。
「血は痛いし……ココアは甘いし……
寂しさ、ちょっとだけごまかせるし」
すぅ……と、ひと呼吸。
「甘い方が、誰かと分けられるから」
こてんと首を傾け、ふっと笑った。
「……よし、砂糖増やしとこ!」
ざらっ、と砂糖を足した。
たらり──。
とろりとしたココアが、魔導書の上に落ちる。
「ほら! 全然バレない! セーフセーフ!!」
「あ、マシュマロ忘れた……ま、いっかぁ」
「……見ててね。私、ちゃんとできるから。」
──その直後。
足元の魔法陣が、バチバチと明滅し始めた。
「ぎゃあ!? やっぱバレた!?」
ココアの染みがみるみる広がり、不吉な紋様に変わっていく。
「や、やばっ! でももう止まらない! やるしかない!」
エストは必死で呪文を唱え始める。
「異界より来たりし魂……我に忠誓を誓わん!」
「……あれ、ちょっと待って!!」
「忠誠と忠誓どっち!?」
床に刻まれた魔法陣が、青白い光を強めた。
空間に、ぱきん、と亀裂が走った。
「来て……お願い! 私のそばに……!」
エストは両手を天に向けて広げる。
──バシュウゥゥンッ!!
……だが、次に訪れたのは沈黙だった。
「……え?……何も、出てこない?」
首をかしげて身を乗り出した、その瞬間──
──【サクラ:落下中(吸い込まれ中)】──
(……なんかいい匂いする……?)
落下しながら、私の鼻が何かを捉えた。
(てかココアじゃん。なんでココア?)
(なんか光ってる!? あれ穴!?
吸い込まれてるぅうう!? ココアの匂いの方に!?)
「よ、よし!五点着地か!?」
「い、今なんだな!? 耐えてくれよぉ!! 私のオデコぉ!!」
(左足・右足・右手・左手・オデコ!)
「確認よし!知らんけどいける!!」
私はオデコをコツンと叩いた。
「頼むぞぉ!!」
《天の声:いけねーよ》
──【エスト:召喚中(混乱中)】──
ピシ。ピシピシピシ……。
頭上の天井に、細かなひびが走った。
ドサァァァァン!!!
轟音とともに天井が崩れ落ち、
その中から何かが落下してきた。
……ポヨン。
半透明の塊が床に着地して跳ねた。
ゼリーみたいにぷるん、と震え、
黒髪ロングの人型の影がぐにゃりと揺れる。
掴もうとしてすり抜け、尻もちをついた。
「いたいっ!!
魂!? なんで天井から!?コントかよぉ!?」
魂は床でボヨーンと跳ねている。
その時だった。
床で跳ねていた魂が、急に方向を変えた。
マグカップの方へ、猛スピードで突っ込んでいく。
「えっ!? そっちは──」
ガシャン!!
ドバァッ!!
中身のココアが、魔法陣一面にぶちまけられた。
そして魂は、満足げにココアの海へダイブした。
「うわぁああああ!? 飲んだ!?
今ココア飲みに行ったよね!?
なんで!? 喉乾いてたの!?」
神聖な儀式が、ただのティータイムに堕ちた。
*
ココアまみれの魂は、ぴたりと止まった。
ふわりと、甘い匂いだけが広がった。
「……止まった……?
ココアで……くっついた……?」
エストは目を瞬かせる。
光の渦の中心で、
黒髪の女性の魂がゆらゆらと浮かんでいた。
「わぁ……綺麗……」
でも見ていると、胸が少し痛くなった。
白い光と黒い影が、ぐるぐる混ざっている。
「……寂しそう」
胸がきゅっと締め付けられた。
そのとき、魂がぐらりと揺れた。
ココアまみれで形が歪み始めている。
「ダメッ! 消えちゃう!」
エストは慌てて両手を差し出し、
自分の魔力を魂へと流し込んだ。
「わ、私の魔力をあげる! だから消えないで!」
魔力を込めるたび、
魂の輪郭が少しずつくっきりしていく。
それでも足りない。足元がふらつく。
「も! もっと……もっと強くッ!」
──メキメキ……と音がして、立派なツノが生えた。
「あ、やば。魔力込めすぎた……」
「……なんか生えた……」
「……進化した?」
冷や汗をかいた。でも止まらない。
「……ま、いっか! 強い方がいいよね! オシャレだし!」
とうとう膝をついた。
それでも両手だけは、まっすぐ魔法陣へ向けたまま離さない。
──バシュゥゥン!!
ドサッ。
長い黒髪の女性が、石床に倒れ込んだ。
浅い呼吸が、かすかに胸を上下させる。
「……やった……」
声が震えた。
エストはふらつきながら近づき、そっとその手を取る。
冷たい。
けれど、指先の奥だけが、ほんの少しだけ生きている。
「……家族……」
言った瞬間、喉がきゅっと痛くなった。
召喚陣の上には、ココア色の染み。
甘い匂いが、冷たい部屋の空気をやさしく塗り替えていく。
「……ココアで召喚とか……バカだよね」
エストは少し笑った。
「……でも、誰かにバカって言われたら……
ありがとう、って返すの」
「だって……私を見つけてくれたってことだから」
サクラの手を、ぎゅっと握る。
「私、ちゃんと見つけたよ。あなたを」
エストのまぶたが、重く落ちていく。
魔力を使い切った体が、もう言うことを聞かない。
眠りに落ちる直前、ひとことだけ呟いた。
「……家族に……なってね」
ふたりはココアの匂いの中で、静かに倒れた。
*
──しばらくして、サクラの寝言が響いた。
「……カルビ……タレで……」
「……あとココア……」
「……あ、ネギ塩も捨てがたい……」
《天の声:ココア召喚は前代未聞だな》
(つづく)
◇◇◇
──【エスト理論:バカの相対性】──
「バカって言われたら、ありがとうって返すの。
だってそれ、私を見つけてくれた証拠だから」
解説:
世界は、気づかれた瞬間に輪郭を持つ。
「バカ」と呼ばれるのは、ちゃんと声が返ってきたということ。
ひとりの部屋では、バカも天才も同じ沈黙だ。
恥ずかしさは、生きている証明書。
ただし、魔導書にココアを垂らすのは本当にバカ。
◇◇◇
──
──あとがき(読み飛ばし可)──
★超おまけ★
サクラの見てる夢(*本編とは無関係)
──
《天の声》
“恥ずか死” の初ケースとして、特別に女子限定ガチャ許可!
さぁ引け!そして生まれ変われ!
════════════════════
▼転生対象の超・異種族祭り限定種族
☆UR:ヴァンパイア Hカップ (4.999%) ← 確率UP!!
SSR:人魚 / Gカップ (10%)
KS:鬼 / Aカップ(0.001%) ← NEW!!
*KS=KUSA。引いたら草。以上。
もちろん!人魚/アラクネ/ラミア等の人気種族も多数排出!
[#鬼だけ異物感MAX #やべーの居る #右www]
《免責:転生後の苦情はAIが既読無視します》
《注意:読者の皆様も、ガチャは計画的に》
════════════════════
ガチャのバナー画像を見ると、優雅な美人種族たちの横で、ひときわ異質なマッスルな鬼が仁王立ちしている。
「……。」(一度見)
「は?」(二度見)
「女子キャラ限定……?」(三度見)
「マッスル鬼の存在感が異常!!」(四度見)
《天の声》
では、ガチャを回そう。
「待て!鬼がフラグにしか見えない!!」
《天の声》
レッツ!異世界ライフッ!!
\\ ♪ ぐるるるーん!どん ♪ //(*ガチャ開始)
「おい!私、引いてないぞ!?」
《ガチャ演出中……》
\\ドガァン!//【★★★★★確定演出★★★★★】
『天空に舞い踊る女神たち、黄金に輝く竜にまたがるヴァンパイア──!』
『選ばれし魂よ、新たなる運命の扉が今、開かれる!』(虹テロップ)
[#確定演出 #こんにちは巨乳]
「なんか凄い演出きたー!憧れの巨乳ライフ確定ィ!!」
(大当たりと見るや即ノリノリ。これが汚れた大人。)
──しかし。
パッ!
突然、背景が草原に変化
「あれ……草原?」
[#唐突な草原 #嫌な予感]
↓
スゥ……(神々しいSE)
“段ボール箱” が神々しく降りてくる。
「神々しい段ボール!?」
[#神々しい段ボールというパワーワード]
↓
“段ボール箱” が草原に静かに着地。
(……沈黙)
私は草原に佇む段ボール箱を見つめる。
「……。」(ゴクリ)
[#落ち着け #ここまではURある #諦めるな]
↓
段ボール箱から──
……ツノが出た。
\\ ニュッ。 //
[#ツノ出てんぞ #URはない #諦めろ]
…… 一瞬の静寂。
心臓が嫌なほど早く打つ。
↓
段ボールから、マッスル鬼が生えた。
\\マッスルッ!//
[#鬼引き #さようなら巨乳 #こんにちは筋肉]
「…………。」
視界の端で、さっきまでの虹色がゆっくり色を失っていく。
終わったの?
私の人生、二周目が始まる前に終わったの?
《天の声》
おめでとう!KS 鬼(Aカップ)0.001% を見事に引いたな!
「……へぇ?あの身体がどうやって段ボール箱に?」(天井の蜘蛛を見つめる私)
「…………」(震える手で髪の毛を一本つまみ、枝毛を発見)
「四つ葉の枝毛発見……ふふ……幸せの予感?」(現実逃避)
(深呼吸)
「……って鬼かよぉ!?私、あのマッスル鬼みたいになるの?」
《天の声》
文字通り “鬼引き” ワロタwww
「笑ってんじゃねぇぇぇ!!」




