怒る客
入学すると、夜間中心の生活が始まった。
最初は授業中に眠くなることもあったが、一週間も経つと大分慣れて来た。
食堂での働き方も板について来たと思う。
今日もお昼のピークを乗り切り、お昼の3時を回った。一番の暇な時間である。
そんな時に来店のベルが鳴り、
笑顔で、
「いらっしゃいませ」
と振り返ると、金髪で青い目をした青年が眉をひそめて立っている。
いつもはここで注文があり、お金を受け取るのだが、青年は全く動かずこちらを睨んでいる。
「いらっしゃいませ。もう夕方のメニューになります。A定食とB定食どちらになさいますか?それともお飲み物のみのご注文ですか?」
笑顔で話しかけると、
「先に席に案内もしないのか、この店は。だから、平民が営む食堂など来たくなかったのだ。」
と言い捨てた。
「お客様、いったい」
言葉を紡ごうとすると、後ろからマリナが、
「どなたか存じ上げませんが、店に入ったからには店のやり方に従ってもらう必要があります。わからなければ聞けば宜しいでしょう。そのように乱暴に言い捨てるなど子供のすることだわ!」
と火に油を注ぐような事を言った。
「なんだと!無礼が過ぎる。俺はもう16歳だ。立派な成人に向かって、子供とは!」
マリナに掴みかかりそうな勢いで叫ぶ青年の後ろで入店のベルが鳴り、初老の男性が急いで歩いて来て、
「カイル様!あれほど待っていて下さいと申しましたのに。それに店内で叫ぶとは何があったのですか?外まで声が聞こえておりましたよ。」
と青年を宥めようとする。
「爺、この店は無礼が過ぎるぞ!向こうで教わった通りだ。席に案内はしない、子供のすることだと難癖をつける、品がなさ過ぎる。」
「カイル様、この食堂では席に着く前に注文を言ってお金を渡すシステムです。席も好きな席に着くのです。このような構造の店は多くあります。店の者が席に案内しなかったのはそのためです。それを理解しようとせず、いきなり怒鳴ったのなら、品がないのはこちらの方です。」
爺と呼ばれた初老の男性は静かにカイルに言い聞かせ、こちらへ向き直り、
「カイル様がとんだ失礼を。申し訳ありません。」
と頭を下げた。
「…爺がそこまでするなら、俺が間違っていたのだろう。すまなかった。」
まだ、不満そうな顔をしたままカイルは頭を下げずにそう言った。
「わかりました。そちらのお爺さまに免じて謝罪を受け入れます。ご注文は?」
マリナも納得していなさそうな表情ではあるが、注文を受けるようだ。
「アイスコーヒーを1つ。いくらだ?」
とカイルはリンに尋ねた。
「はい。おひとつ150Gです。ミルクとお砂糖はどうされますか?」
引きつりそうになりながら、笑顔を作る。
「どちらも必要ない。どこでも座っていいんだったな。」
と言い残しスタスタとカウンターの一席に着席した。
「アイスコーヒー1つです。ミルクお砂糖なしです。」
とヨーゼフに注文を飛ばすと、苦笑しながらマリナと話している。
「あいよ!」
マリナがヨーゼフの返事と共にこちらに帰って来て、
「もう!少し言い過ぎだって!」
と不満そうに口を尖らせている。
そうこうしていると、入店のベルがカランコロンと鳴る。
「いらっしゃいませ。」
気持ちを切り替えて接客に戻らなければと考え、口角を上げるよう意識した。
カイルはヨーゼフに出されたアイスコーヒーを美味しいとも不味いとも言わず飲み干し、何も言わずに帰って行った。
それから、もう二度と来ないであろうと思われたカイルであったが、この日から初老の男性を連れて連日訪れるようになる。