通う客と授業
初日に言い合いになったマリナはヨーゼフから3時になると洗い場をお願いされることが常となった。
今日もおやつ時の3時過ぎに入店のベルが鳴り、相変わらずブスっとしたままのカイルが現れる。
「いらっしゃいませ。」
とリンはいつもの笑顔で接客すると、
「ああ…、最近、道が馬車でよく混むな。」
と話し始めた。
「あ、はい、そうですね。」
リンが答えると会話が途切れる。こちらとしては注文を早く言ってほしいのだが、ここからしばらくカイルは沈黙する。
思い返せば、最近はいつもそうだ。
リンが「はい」か「いいえ」で返せる質問ばかりするのだ。
何か他に言いたいことでもあるのかと、カイルの青い目をジッと見れば、
「おまえの目は髪と同じ栗色だな。」
と毎日鏡を見ているだろう本人に言ってくる。
『そんなことは物心ついた頃から知っています』と言えたなら、カイルの会話に付き合わなくて済むのだろうか。
この一連の沈黙が特に害にはなっていないのだが、居た堪れないのだ。
「はい。栗色です。ご注文はお決まりですか?」
「いつものアイスコーヒーを」
ようやくカイルが注文し150Gをリンに手渡す。リンがヨーゼフに注文を飛ばし、机の清掃を始めると、視線を感じる。
思わずため息をつきそうになった。
これも毎回なのだ。カイルは後ろ姿もジッと見てくる。
やりにくいことこの上ない。
言いたいことがあるなら言えばいいのに。
カイルはアイスコーヒーを1時間かけて飲み干し、来店したお爺さまに連れられて帰って行った。言うまでもないが、毎度のことである。
夕時のピークを過ぎ、勤務上がりに夕食を食べ、軽くシャワーを浴びて、制服に着替え、
乗り合いの馬車に乗って衛生師学校に行く。
今日は1年次で1番単位を落としやすいと言われている『人体の解剖と機能』の授業がある。
厚さ5cmもあるぶ厚い本なのに大まかな知識のみで専門的な解剖と機能は、勤務後に専門の科でさらに知識を深める必要があるそうだ。
また、『薬学』ではどの薬がどう作用して身体に効き、代謝されていくか学ぶ。その過程での副作用も学ぶのだが、『人体の解剖と機能』がわかっていないと全くわからない。
先生方は口々に、
「人間の身体は1つ覚えればいいと言うわけではない。」、「1つから100、それ以上に連鎖して考えられるよう知識を深めなさい」、「連続して考えられるほど理解していないと意味がない」等と仰る。
人の身体とは奥が深いのだ。
そして、衛生師は命を扱う仕事である。
入学時に代表して挨拶された教授は、
「人に針を刺してご覧なさい。それはただの傷害だ。衛生師はどこにどの血管が走り、神経が走っているかと言う知識に加え、どの部位に何のために針を刺すのか、患者に説明し、どれくらい鋭角の針でどのくらいの大きさの針を、
どの角度でどのくらい深く針を刺し、どのくらいの速さで投薬するかという技術を持って針を刺す。これを治療補助というのだ。知識や技術のないものは命に触れる資格はない。それを常に覚えておいてほしい。」
とスピーチした。
このスピーチは毎日通る掲示板に貼ってある。リンはこの掲示板に毎日目を通した。
今日も掲示板のスピーチに目を通し、難関とされる『人体の解剖と機能』の授業に向かった。




