神話の真実⑤
「ドニーズ」
黙って棚に寄りかかっていたローランが口を開いた。
「リンの怪我は大丈夫そうかな?」
「しっかり化膿止めを塗り込んどいたから、大丈夫だよ」
「そうか、よかった」
ほっとしたような表情をした後、ローランは湿ったような空気を纏った。何度か顎に手をやり迷うような動作をし、眉を下げる。
「ドニーズ、ソラを覚えてるか?」
「黒髪に青い眼の騎士だろ?覚えてるさ。何度、ここに来たと思ってるんだい」
「あの頃から世話になってるよ。ありがとう」
ローランは口を一度は閉じたが、また口を開き、「あ」の形にしたまま止まった。そして、意を決したように声を発する。
「ソラも……ソラも月の妖精とやらの加護持ちだったのか?」
「わからんな。年老いた眼では見えなかった。ただ」
ドニーズは目を閉じる。
「ただ、眼を閉じても眩しく感じることがあった。きっと、何かの加護は持っていたんだろとは思う」
「そうか」
ローランもゆっくりと閉眼した。ドニーズはそれと共に開眼し、ローランの穏やかな表情を眺める。
「今も悔やむかい?」
「わからない。ただ、忘れられないだけなのかもしれない。悔みたいがために」
棚に持たれかかり腕を組み、閉眼したままのローランは閉じた眼の中で何かを見ているように見える。
「忘れたいかい?」
「いいや、死ぬまで覚えてたいよ」
「じゃあ、悔めばいいさ。形は何だっていい。お前が覚えていたいなら、あの青い眼の騎士もそれを望むさ」
ローランは未だ開眼せず、首を横に振る。
「ソラは望まないと思うな」
「いいや、お前が望むなら青い眼の騎士も望むさ」
「本当にそう思うか? あのソラが?」
「ああ、お前が覚えてることを望むさ。絶対に」
執拗に譲らないドニーズにローランが眼を開ける。
「何でわかるんだ?」
ドニーズはエメラルドの瞳を三日月型にして微笑み、ローランの頭を指さす。
「経験の差さ。根拠なんてありっこないだろ」
「何だ。聞いて損した」
ローランは軽口を叩いて軽く微笑んだ。
「でもね、奇跡を望んじゃならないよ。ローラン」
「すごいな。望んでるってわかるのか?」
「1週間前にはない表情をしているからね。伊達に長く生きてないさ」
ドニーズは茶化すような口振りだが、すぐ近くに座るリンには見えた。ドニーズの瞳が真剣そのものであることが。
「いいかい。奇跡は望むものじゃない。手繰り寄せるものさ。肝に銘じときな」
ローランはドニーズの視線を汲み取ったのか、神妙な面持ちで頷いた。横を見るとユリアも涙の粒が乾いた顔で頷いている。
リンは頷かず、記憶に留めようと頭の中で繰り返す。「奇跡は手繰り寄せるもの。望むものではない」、頭の中で繰り返すと記憶の中のロザリーが風に靡くように頷いた。
秋風のように悲しむロザリーの記憶がリンには沢山残っている。黄泉の国に旅立つまで泣き暮れていたのだから、ロザリーの最新の顔は悲しい顔だ。でも、記憶の中でくらい沢山笑っていてほしい。
リンは壁一面の得体の知れない瓶を焦点の合わない眼で眺めながら思う。
ロザリーが笑っていられるように、もっと笑おう。
奇跡は望むものではない。運命と同様に自分で手繰り寄せなければ。
毎日、22時更新中です。
ブックマークや評価、ご感想ありがとうございます!励みになっています!
年末年始の予定は後日アナウンス予定です。




