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ユリアの瞳②


「もういい、帰れ。半日休だ」


 ついにヅッタの堪忍袋の尾が切れたようだ。もうすぐ昼休みというところだった。


「すみません。集中します」


 リンが懇願するがヅッタは首を横に振るばかりだ。


「患者にもチームにも迷惑だ。手の怪我も日が浅い。半日で十分だ。ほら、帰れ」


 ヅッタが、「ザーロリフ教育担当には俺から通しておくから」と背を向けた。テオがリンを積年の思いを乗せたような目で追っている。


 後ろ髪引かれる思いだったがリンは、「すみません。失礼します」と一息に頭を下げて振り返り走った。寮ではなくユリアが勤務している病院へ。

 

 ユリアが何かをまた諦めようとしている。

 外勤に出ないという行動がそう思えてならない。


 外勤の制服のまま走ると何人かに呼び止められ、足止めを食らった。そのため、早急に更衣室へ向かい私服に着替えた。

 いつもの簡素なワンピースだ。


 病棟への道は私服に着替えたためか、今度は声をかけられることがない。功を奏したと思い、階段を駆けあがろうとした。

 その時やっとユリアが今どの病棟に勤務しているか知らない事実に気づいた。


 息が切れ、膝に手をつく。


 こんな格好のまま階段で止まっていると、勤務中の衛生師に具合が悪いのかと声をかけられてしまう。


 何でこうも考えなしに走ったのか。


 様々な思いが交差する中、ゆっくりと起き上がり、リンは最初にユリアと一緒に勤務した心臓外科内科混合病棟へと階段を駆け上がり始めた。


 心臓外科内科混合病棟に着くとリンは自分が早退扱いになっていることを忘れ、ユリアを探すため堂々と衛生師の情報室に顔を出した。しかし、そこには誰もおらず、病棟を徘徊することとなった。


 すれ違う衛生師や患者家族に会釈しながら、ユリアを探す。衛生師の中には「今日は怪我の受診日なの?」と声をかけられることもあったが曖昧に微笑むことで交わした。


 廊下の端の方で、黒髪のハーフアップが揺れる。


 ユリアだ。


 リンとユリアは今、廊下の端と端にいる。


 こんなに遠い距離にいるのに、リンにはユリアが枯葉のように背を落としていることがわかる。

 一歩、一歩とユリアにリンは近づいていく。


 ある一定の距離でユリアがリンの方を向いた。リンの姿を見て驚き、後ろめたそうに歩み寄って来た。

 ユリアの暗緑色の瞳が翳(かげ)り揺れている。



「ユリア」


「今、仕事中なの。リン、どうしてここにいるの? もう怪我はいいの?」


 ユリアは瞳を隠すように目を細め笑った。


「ユリア」


「怪我、痕は残りそう? 大丈夫なの? あ、行かなくちゃ、また寮で会いましょ」


 笑顔は葉が無くなった木のように寒々しい。会話を早く切り上げようとする魂胆もわかりやすいほどだ。


 リンはここが病棟だということも頭から消え、燃えるように熱い心臓を押さえて言った。


「ユリアっ! 諦めるの!」


「リン、今仕事中だから」


「じゃあ、仕事が終わるまで控え室で待ってる!」


 強引に話し合おうとするリンにユリアは力なく肩を落とした。



毎日、22時更新予定です。

ブックマークや評価、ご感想励みになります。

ありがとうございます!


年末は毎日更新ではなくなるかもしれません。

その際は○月○日から再開しますとお知らせ致しますのでよろしくお願いしますm(__)m

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