キザな茶葉缶
鬱々とした気持ちは抜けず、勤務中にもついため息を抑えきれない。
「どうかしたのか?いつもより元気がないように見える。」
今日もおやつ時に現れたカイルがアイスコーヒーとパンケーキには見向きもせず、リンに話しかけている。
「少し学校からの帰りが遅かっただけで、何ともありません。大丈夫です。」
「…、そうか。何の学校に通ってるんだ?働きながら、勉学を勤しむのは大変だろうに。」
「衛生師の学校です。」
ぴしゃりと言い、背を向ける。
カイルは昨日の今日なのだが、やたらと絡んでくるし、今も背中に視線を感じる。
また、ため息を吐きたくなった。
ーー今日はほっといてほしい
レポートの課題でナイーブになっている自覚はある。
一晩中、いや、朝方中かけて考えても結論が出ないのだ。
「あの、リン、これを。」
カイルが背を向けていても話しかけてくるので振り向くと、紅茶の缶らしき物を持っている。
「ここの食堂に初めて来店する日まで留学していたところの茶葉なんだ。標高が高く茶葉の風味も豊かでリラックス効果もあるらしい。疲れているようだから、丁度いいと思う。受け取ってもらえるか?」
高級そうな手のひらサイズの缶を差し出してくるが、
「お店にでしたら、ヨーゼフさんが試し飲みをしないと出せません。私にでしたら特定の方からは受け取らないようにしています。申し訳ありません。」
と拒否した。冷たい言い方だっただろうかとカイルの顔を伺うと、緩やかにカイルは笑みを作り、
「そうか。当然だな。これはリンにと思ったんだが、ここのカウンターに捨て置いて行くことにしよう。好きに処分してくれ。」
と言い紅茶の缶を少し離れたところに置いて、やっととっくに冷めたパンケーキを食べ始める。
リンは困った顔をしていたと思うが全く無視され、緩くなったアイスコーヒーも飲み干し、そのまま食事を終え、初老の男性の迎えと共に帰って行った。
言うまでもなく、カウンターに高級そうな茶葉の缶を置いて。
面倒な方法を使う人だと思い、しょうがなく缶を手に持ち、裏に回る。
ヨーゼフとマリナに経緯を説明し、茶葉をどうするか相談すると、ヨーゼフは缶の蓋を開けて中身と香りを確認し、
「少し試し飲みしていいか?」と聞くので、
「もちろんです。」と返答した。
味が良ければ店に出すのかなと思って見ていると、
「うん、問題ない。ただの高級な紅茶だ。」
と感想を述べた。
「じゃあ、安全ね。リン、捨ててもいいし、飲んでもいいし、誰かにあげてもいいわよ!リンの前に誰かさんが捨てるように置いて行ったんでしょ?好きな形で処分しなさい。はい、これ。」
マリナがリンに缶を手渡す。
「え、でも」
「昨日から表情が暗いから私は飲んで処分することをおすすめするけどね!」
この時になってヨーゼフが安全を確認するために、缶を開けて試飲したと気づいた。マリナの言葉も「好きに処分しなさい」が「安全なものだから好きにしていいわよ」に聞こえ、二人の優しさが身に染みる。
リンが缶を受け取ったまま沈黙していると、
「嫌だったら言ってね。私達、あの貴族の坊ちゃんを出禁にするくらい簡単だから!」
と戯けたようにマリナが言う。ヨーゼフも「そうだよ。簡単だよ。」と同調する。
二人でリンを守ってくれていることが伝わり、努めて明るく口を開く。
「ありがとうございます。この紅茶は、わたしが飲んで処分することにします。捨てられていたけど、ヨーゼフさんの折り紙付の安全な茶葉なので!」
リンも戯けるように言い、微笑んだ。
夫妻も安心したように微笑み、
「その処分方法が一番理にかなってるわ!さすがの判断ね!」
「俺の折り紙付だからね。売って来てもよかったんだよ?」
夫妻がいつまでもそのスタンスを崩さないので面白くなって笑った。3人で笑っているど、落ち込んでいた気持ちが浮上してしていく。
間接的にだが、3人で笑い合えるきっかけを作ってくれたカイルに感謝した。
しかし、マリナもヨーゼフも見落としていた。
茶葉の缶の底に、
『香りと共に少しは俺のことを思い出し、考えてくれると嬉しい。カイルより』
と書いてあったことを。
それを部屋で見つけたリンがキザ過ぎると苦笑するまであと、4時間ちょっとである。
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