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103 貴方は非道い人

「このサラージュに転移されて三ヶ月近く。まだ兆しが見えない役立たずです。だから」

「はな、して」

「私の話しを聞いて。ある意味ではペネの件はいい追い風です。カミーラの歯を調べることが成人の儀式の遂行の鍵になるかも」

「可能性、ですか」

「残念ですが、自分の歯や牙の条件だと、黄楊の義歯でもダメ。付け歯もダメ。精々噛みちぎって出血を舐めるかすするしかない」

「それでは吸血族の『成人の儀式』ではありません」

「だから、長期戦をお許し願いたい。だからこそ、協力が欲しいんです」

「貴方は非道い人」

 どうしてなんだろう。目の前の美少女が微笑んだら、とても嬉しかった。もちろんカミーラの笑顔だって満点だ。

 でも、洋次はエメラルドグリーンから真珠のような涙が発生させてしまった。


「そりゃ私は役立たずです。最初にそう言いました。だから独りじゃ問題を解決なんてムリです。メアリー、そしてカミーラ本人の協力を必要とします」

「令嬢を傷つけても」

「『成人の儀式』がお望みなら、でもカミーラの歯を調べてペネと対比することが儀式の糸口になればと」

「なるのですか?」

「誓います。必ず、儀式を完結させる。そのために我慢してください」

「でも」

 洋次は、拘束していたメアリーの二の腕を開放した。自由になった美少女から平手打ちやゲンコツでパンチのニ、三発を覚悟していた。でも、メアリーは萎れるようにしゃがみ込んだ。


「誓って頂けるんですね。そうしたら」

「もちろん、もしカミーラに非難されるのは私だけで充分。メアリーは稀人にダマされたと」

「私の八重歯も、噛んでしまう癖も」


 ……。

 は? 八重歯?

 しゃがんだ勢いで地面を見ていたはずのメアリーの視線と交差する。


「ごめんなさい。令嬢には全てをお話し致します。私から」

「メアリー」

「ごめんなさい。では、すぐ令嬢に」

 滅多にないけどメアリーが走るときはいつもこうだ。足首を露出しない、でも機能性を考えたギリギリの長さの漆黒ワンピースの裾を摘んで走る。


「なんだよ、これ」

 出会った最初の衝撃イベント。結局不首尾に終わった『成人の儀式』で、間違いなくメアリーは自分の歯。歯列をムダな八重歯と呟いていた。

 ともかくカミーラ、ご主人様優先な理想的なエルフ美少女メイドのメアリーにとっては自分のコンプレックス解消も密かに洋次に期待していたのだろうか。


「なんだよ。どうしてなんだよ、なんて非力な、いやこれじゃ詐欺じゃないか。『モンスターの歯医者さん』だなんてさ」



 少しどころか身体が震えて、洋次は一時停止解除をする。

「悪いな、心配させたな北風バンシー、それにコチ、南風フェーン西風ゼピュロス

 洋次を包囲していた風の精霊の幼生体たち。


「悪いついでにメアリーのそばにいてくれるか? ありがとう」

 いつもメアリーの胸にぶらさがっているゼピュロスがコチとフェーンを従える陣形で飛行する。


「行かないのか、バンシー」

(行かない)

 精霊だから実体はないらしいバンシーが首を振る。


「そっか。でも私は行かなきゃならないんだ。メアリーだけに泥を塗るのは男の恥だからね」

(なら行く)


「冷た」

 実体はない。それでも氷を触ったような感触がある。


「コンラッドが待ってるし、間もなくペネもご到着らしいし」

 洋次もメアリーも敬称略だったうっかりミスを見逃したままだ。


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