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借金一千万改め、二百七十万令嬢

 時はあっという間に進み、九月になった。

 夏の収穫物を刈り取る人や、冬穀用の畑にライ麦の種を撒こうと、土を掘り起こしている農民の姿を見かける。


 公爵令嬢のディーネは借金の返済を目指して、未整理の不良債権を整理していたのだが、数十名のチームを作って取り組んだ結果、なんとひと月足らずでそれがすべて終わったのである。


 ハリムがすべての書類をチェックし終わった。

 そこには今回の調査結果がすべてまとまっている。


 かたずをのんで見守るディーネに向き直って、ハリムは重々しく告げる。


「……総額、七百万超の追徴が決定しました。おそらく、遅くとも年末までにはすべて支払われる見込みです。これにより、公爵領の借金は残り二百七十三万と七千になりました」

「きゃああああ!」


 これが悲鳴をあげずにいられようか。


「ちょっとちょっと、すごくない?」

「さらに、公爵領の毎年の地代収入が、今後は年三万から、年三十六万にUPする予定です」

「十倍以上ですがな!」


 一千万の借金が二百七十万まで目減りをするとは大事件である。それだけでもすごいが、地代収入まで増えてしまうとは。


「ということはなに? お父様は、今まで、年三十六万ほどの地代収入があるべきところを、書類を適当にうっちゃってたせいで、三万しか取れてなかったってことなの?」


 ――どんだけザルだったんですか。お父様。

 よくこれで公爵領が保っていたものである。豊富な魔法石の産出量ボーナスと、ジャガイモを初期からゲットしているという食料ボーナスのふたつがあって初めて可能になった軍拡主義プレイだろうが、内政無視の侵略極振りでここまでやれるのも、ある意味ひとつの天才の血脈なのかもしれないと思うディーネだった。


『領地の経営に正解はない。あなたは次々と国土を拡張していってもいいし、内政を極めてもいい。』


 そんな二人称文体のモノローグを思い浮かべつつ、ディーネは気になっていることをハリムに聞いてみることにした。


「でも、いきなり税金が十倍になって、農民たちに問題が出ないかな? 飢え死にする人たちが出ないといいんだけど……」

「そうですね、一度代官たちを呼んで、影響がないかどうか聞いてみましょうか」

「それがいいわね」


 ――即日招集された代官たちは、こう分析した。


「おそらく大丈夫でしょう」


 代官が書類をめくりながら言う。


「わが領の地代収入の増加分の実に五割は、死亡税によるものです」

「死亡税……?」


 領地代官が語ったところによると、彼が任じられている土地では原則、平民は農奴の扱いを受けていて、土地や家畜の所有が禁じられているため、死亡したときには全財産が領主のものとして没収されるらしい。これを死亡税というのだそうだ。


 ところが長いザル経営によってこの制度はほとんど実行されなくなり、平民の所有していた土地は妻や子に受け継がれることになった。


 それをいいことに、今度は教会がその所有財産の寄進を平民たちに広く呼びかけ、死亡税を取り始めたからさあ大変。メイシュア教の教会そのものに、広範な土地が集まりつつあるらしい。


 教会が土地を所有するというと奇妙に聞こえるかもしれないが、教会組織は聖職者個人の財産所有を認めていない。なので聖職者の財産は教会にあるものを一時的に借用しているだけ――という体裁を取っているのである。いってみれば法人格のようなものだ。


 教会によると『過ぎたる富の保有』は地獄への片道切符なので、死後に天国へ行きたければ土地や財産は教会に寄付すべきだ、ということで、もとはバームベルク公爵のものであった土地が、じわじわと領主から平民へ、そして平民から教会へと所有権が移っているとのことだった。


「死亡者の土地が教会へと没収されているケースが多々見受けられるのですが、もとの法的根拠をただせば、これはわれらが公爵さまの土地でございますからな。土地を返還するか、さもなければ地代を払うべしと選択を迫ったことにより、大幅な土地の税収アップとなったのでございます」

「なるほど……じゃあ、税収が増えたのは、おもにメイシュア教から土地が返却されたおかげ、ということなのね?」

「御明察でございます」

「わが領も、三割ほどが死亡税からなっております」

「私どもも同じですな」


 代官たちの話を総合すると、今回の書類整理で納税の負担が増えたのは、おもに教会関連の施設だ、ということだった。それも、もとをただせば公爵領のものだったわけなので、負担が増えたと表現するのも不適切だ。単に『借りを返しただけ』というべきだろう。


「農奴の納税額が増えて困っていたり、反乱が起きそうだったりするところはない?」

「問題はありません」


 代官たちに、死亡税以外の税収増要因を細かく説明してもらい、ディーネはようやく彼らの結論が腑に落ちた。


「……どうやら大丈夫そうね」

「そのようですね」


 ハリムも同意してくれたので、ディーネは問題なさそうだと判断することにした。


「なんにせよ、税収が増えるのは喜ばしいことね」

「まったくでございます」

「お嬢様の経営手腕には恐れ入るばかりでございますなあ……」

「そうですなあ」

「まさか、今年から地代収入が十倍になるとは……」

「これで、ずっと保留していた治水工事の資金にめどがつきそうです」

「それもこれもすべてお嬢様のおかげ……」


 ディーネは口々に褒めそやされて、困惑する。今回の税収増にしろ、ディーネは大したことをしたつもりがなかった。単にバームベルクの歴代公爵が内政不得手でいろんな案件が焦げ付いてただけであって、それを少し片付けたのみのディーネがここまで持ち上げられてしまうと、なんと返答したらいいのかも分からなくなってしまう。


「一年といわず、ずっとお嬢様に経営をみていただけたら、バームベルクもあと三百年は安泰でしょうになあ……」

「もう、大げさね……」


 ディーネは笑いながら話を切り替える。


「さて、税収の不安も片付いたことだし、次は残り二百七十万ちょっとの借金を返済する方針なのだけれど――」


 ――その後の話し合いはあまり実を結ばず、領地代官たちによる会議は終了となった。


***


 会議を終えて、帰路に着く間、ゼフィア地方の領地代官・ギーズはうっかり転んでしまい、手のひらと膝小僧に傷を作ってしまった。痛みをこらえつつ情けなさにため息をつく。ずっとあることが気懸かりで注意力散漫になっていたのだ。


 ゼフィアはバームベルク領内でもっとも巨大な大聖堂を擁する、宗教都市である。そのトップに君臨する大司教主はメイシュア教会の総本部から送られてくる人材が就くことになっており、今期に赴任してきた男はまだ若いながらも潔癖かつ高邁な人格で知られていた。


 ギーズの気懸かりは、この大司教主のことだった。


 バームベルク領内の教会は、領主とはまた違う独自の組織力を持っている。農民の多くは領主に地代を払い、教会に対して十分の一税を払うのがしきたりだ。つまり農民たちは税を二か所に納めているわけで、教会もほぼ領主と同等の権力を農民たちに対して持っていると言っていい。


 領内最大のゼフィア大聖堂の大司教主ともなると、ときには領地代官の発する領令をはねのけて、農民たちを保護してしまえるほどの力を持っているのだ。


 そんな大司教主に、『死後のミサ代に』と寄贈された土地を領主のところへ返還するよう働きかけるのはなかなか大変だった。最終的には帝国の徴税官長というその道の大御所がやってきて話をつけてくれたので大司教主も一応は納得したが、その顔には強い不満が現れていたのを、ギーズは見逃さなかった。


「大丈夫じゃろう、たぶん……」


 今回の税収取り立ての法的根拠ははっきりしているし、大聖堂がある関係上、巡礼にやってくる人たちからの観光収入でゼフィア領内はかなり潤っている。ウィンディーネお嬢様の御厚意により、取り立てをする相手の選定にはかなり気を遣わせてもらえた。ここからなら取っても問題ないだろうというところばかりだ。


 それでもギーズの脳内に焼き付いた、生意気そうな大司教主の若造の姿はなかなか消えてくれなかった。





農奴制

中世期の西南ドイツ・トリーベルク地方などでは、平民はすべて領主の土地を耕すための道具と見なされ、結婚や移転の自由はなく、農作業で得た成果物の所有にも制限がかかっていた。この厳しい自由の制限がドイツ農民戦争の一因となった。


死亡税

農奴の死後の財産は領主の権利に帰する。これを死亡税、死者の手、マンモルトと言う。


死後のミサ代

中世期の教会において、死後にミサをあげるという約束で得る土地や財産の寄進は重要な税収源であった。


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