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殿下のご来訪 (2/3)

 公爵令嬢のディーネは、自宅を訪問してきた婚約者を連れて外の庭に出た。


 侍女たちを残して、ふたりで屋敷の外に繰り出す。季節の花々がきれいに植わった花壇を抜けて、森へ行き、背の低い植木のあぜ道をジークラインと進む。


 前世の記憶を取り戻して以来、彼の自信過剰で厨二マインドあふれる発言に辟易しているディーネとしては、あまり気乗りしないイベントであった。


「ところで、本日は何のご用でしたか?」


 早く帰ってほしいなと思いつつ、用件をズバリと尋ねてみると、ジークラインは変な顔をした。


「何ってこたねえけどよ……ディーネ、お前、最近変なもん売り出さなかったか?」

「変なもの……」


 ディーネがここ三か月ほどでやった事業は、四月と同じ。現状維持で変わりはない。

 特筆するようなことは何もなかったが、順調に売り上げを伸ばしている。

 まだきちんと仕訳をしていないが、七月から八月にかけて、大金貨一千枚超を売り上げているはずだった。


 ジークラインが歯切れの悪い説明を付け加える。


「なんか……ほら、俺の人形……とかよ」

「あ……」


 ――そういえば作ったなぁ。


 ジークラインの兵隊人形は絶賛発売中である。セクハラや厨二病の概念がない世界なので、肖像権についてもとくに規定はないだろうと思って無断で彼のネーム入り商品を作ってしまったが、よくよく考えたら勝手にというのはマズい。本人にも相談をして、許可を取っておくのが人としてあるべき対応だったのではないか。


「申し訳ありませんでした、わたくしったら勝手なことを……」

「いや、構わねえけどよ……」


 ジークラインは珍しく、困った様子だった。

 どうやら言葉とは裏腹に、結構『構う』感じのようだ。しかし人形ごときでぐだぐだ言うのも男らしくないという葛藤もあるのか、はっきりと言い出せないらしい。


 ディーネは意外に思った。どんな恥ずかしいパフォーマンスに参加させられても眉ひとつ動かさないどころか、とても格好いい決め台詞まで恥ずかしげもなく繰り出すジークラインが照れているなんて、かなり珍しいことである。


「……意外とこの、自分のネーム入りの人形っていうのが、精神にくるんですわよね……」


 ディーネがぼそりと言うと、ジークラインは気まずげに目をそらした。


「……おう」


 小さく同意したところを見ると、やっぱり、相当恥ずかしかったらしい。


 ――あれ、結構かわいいかも?


「わたくしも、自分のネーム入りの人形はさすがにいかがなものかと思ったのですわ……」

「……別に、お前んときはなんとも思わなかったけどよ……」

「人のときは気にならないんですのよ。でも、これがあなたですよ! って言われると、すごく、こう、なんというか、やめてほしいなって……」

「……まあな……」


 ジークラインがへこんでいる。

 あのジークラインが。


 さまざまな武功を立てたかどで『戦神』の通り名が定着し、吟遊詩人たちから舌噛んで死にたくなるような恥ずかしいポエムと尊称を山ほど贈られても決して動じなかったあのジークラインが。


 ディーネでもちょっとないなと思うぐらいの、いつか現代日本で見た巨大テーマパークを彷彿とさせる、踊り子、儀仗兵、チャリオットからなるピカピカのパレード行進のメインディッシュとして三日間市中引き回しの刑を受け、軽く戦車数十台分にも及ぶ花束を市民から投げ込まれても決して疲れや躊躇を見せなかったあのジークラインが。


 ――皇太子の仕事は基本的に恥ずかしいものばかりだ。


 なのでディーネはよくやってられるなあといつも感心していたのだが、そんなジークラインにも一応、羞恥心はあったらしい。口には出さないだけで、この男でもそれなりに恥ずかしいと感じることもあるのだなと思うと、ディーネは急に親しみを覚えた。


「でもこれ、すごく人気なんですのよ。うちの弟もたいそう喜んでおりましたわ」

「そうかよ……」


 ジークラインの戸惑ったような返事に、ディーネはぼそりと言い添える。


「……俺の人形なんか持って何が面白いんだよって、ちょっと思ってらっしゃるでしょう?」

「いや……いいんじゃねえか? 帝国貴族の男子として生まれたからには、帝国史最高峰に位置するこの俺の偉業を修練の旨とするのはごく当然のことだ」

「……でも、人形なんですのよ。ジーク様の姿かたちが受けているのですわ」

「俺が美しいのは自然の摂理だろう? 俺をひと目見たことがある人間なら誰もが知るところだ」


 ジークラインの厨二病発言に若干の無理を感じて、ディーネはちょっと楽しくなった。彼がかわいく感じられてならない。


「この、髪の毛さらさら、お肌つるつる、おめめぱっちりの、ちょっと女の子みたいな造形のジーク様人形には熱いファンがついているのですわ」

「……」


 ジークラインは額を手で押さえて、黙り込んでしまった。

 しばらくそのポーズで渋く悩んでからようやく、とても切り出しにくそうにぼそぼそと言う。


「……なあ……あの人形、どこらへんが俺に似てるんだ? なんか……俺はこうじゃねえだろ……? 作るにしてももっと……なぁ……?」


 なるほど、そこが問題だったのかとディーネは思った。

 常日頃男らしさの代名詞のように言われているジークラインだからこそ、かわいらしく女性味を加えてデフォルメされてしまったことが、ショックだったらしい。


「あら、お人形はデフォルメが肝要なのですわ。格好よく作るには、ときとして本人に似せない努力も大事なのでございます」

「……似てない、よな?」

「ええ、全然似ておりません」

「……そうか、そうだよな……」


 どうやら『似てない』と言われたことで自信を取り戻したらしいジークラインが、大きなため息をついた。


「いやまあ……なんだ? お前には俺がああいう風に見えてるのかと思ってよ……」

「あら、そんなことはありませんわ」


 そんな小さなことを気にしてわざわざディーネのところに押しかけてくるとは、なかなかかわいいところがあるのではないかとディーネは思った。こらえきれずに小さく笑うと、ジークラインから非難がましい視線を浴びてしまって、ますますおかしくなった。


「本物のジーク様のほうがずっと素敵ですわ……」


 思わず本音が滑り出た。

 しまった、と思ったときにはもう遅い。


 ――ちょっと、何言っちゃってんの!?


 まるで告白でもしているかのようだ。


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