弟たちと商品テスト 後編
ディーネが握っているのは、精巧な球体関節型の人形。お顔は陶器で作成したのでつるりとなめらか、瞳も色付きガラスで作らせたので本物そっくりにできた。
弟のイヌマエルが興奮した様子でその人形ににじり寄る。
「ああああああ、姉さま、これはあああああ!?」
「これね……ジーク様のおにんぎょ」
「うひゃあああああ!! わあああああああああ!!」
イヌマエルが興奮してお人形をひったくったので、ディーネは最後まできちんと説明できなかった。
「ジークラインさまだああああああああ! かっこいい~~~~~~!!」
「何……? 皇太子殿下だと……?」
大興奮のイヌマエルがぶんぶん振り回すおもちゃに反応したのはレオだった。むちゃくちゃ見せてほしそうにぐるぐるとイヌマエルの周りを回りだす。
「ジークラインさま!?」
「ディーネ様、とうとうあれをお作りになったんですの!?」
「いやですわ、わたくしにも見せてくださいな!」
ついでに侍女たちにも火がついた。
「まあ、とっても素敵ですわ!」
「なんという造形美でしょう!」
「もう、ディーネ様ったら、ジーク様のことをこんなに格好よくお作りになるなんて、愛ですわね~!」
「ち、ちがくて! これは研究員たちが! 勝手に!」
ディーネの人形のほうもすでに販売されているが、そちらはやわらかい布素材でできているため、どちらかといったらぬいぐるみに近い形状をしている。
そういうもののほうが売れるだろうという研究員の判断だった。
で、今度はぬいぐるみに近いジークラインができてくるのかと思ったら、研究員たちは『それでは売れない』と難色を示した。やっぱり男の子の人形は流行らないのかしらねと思い、ディーネが忘れかけたころ、研究員たちがこの陶器製のジークライン人形を持ってきたのである。
構想に四か月かかった大作です! と研究員たちが言う通り、それはすばらしくいい出来をしていた。ディーネの人形よりもよっぽど美人で、精巧に動き、服のディティールなんかも細やかで、オプションパーツなども豊富だった。
この差はいったい。
ディーネもどちらかといったら美少女の部類に入る。その彼女には目もくれず、ジークラインの人形の研究開発に全力を注ぐ熱き研究員たちの戦いの記録は、まあ、ディーネもあまり思い出したくはない感じだった。
大戦の英雄とはここまで信奉されるものなのかとディーネも感心するのを通り越して呆れ果ててしまった。
「雑魚だな。遊びにもなりゃしねえ」
「あんまり強がんなよ。弱く見えるぜ」
「この俺の前で立ち尽くすことを許した覚えはない。まずはひれ伏せ。生きていたいのならな」
「薙ぎ払え」
「よく見とけ。俺が本物の戦闘ってもんを教えてやるよ」
「今のはほんの手慰みだ。俺に本気を出させたきゃ、この十倍は持ってこい」
「お前たちを気の毒に思うぞ。この俺と敵対しなきゃなんねえんだからな」
「きゃあああ~! ジーク様素敵ぃぃぃ~!」
「ジーク様あぁぁ~!!」
弟たちの腹話術でジークラインの有名な決め台詞が次々と飛び交い、侍女たちも大喜びだ。
「このお人形、本当によくできてますわぁ~!」
「いってはなんですが、ディーネ様のお人形の百倍ぐらい気合が入ってますわね……」
「おもちゃの開発部はバームベルクの軍部なのですって!」
「ああ、それで……」
「皆さまジーク様が大好きでございますからね~」
「あぁ~、それにしてもわたくしもほしゅうございますわぁ~」
「ただのお人形さんとしても価値がありますわよね、これは!」
置いてけぼりを食らったディーネは、釈然としないものを胸のうちに抱えつつ、喜んでもらえたならいいのかな、と思うことにした。
***
八月の末日になり、弟たちの夏休みも終わりを告げた。いよいよ学校に帰還するという日の朝、弟たちを見送りにいくと、すでに出かける準備が整っていた。制服の上から正装用のマジカルなマントをはおり、学者帽をかぶっている。マントのすきまからチラチラのぞく短パンの膝小僧がほんのりピンクでまぶしい。
「姉さま! もう離れ離れなんて寂しすぎます~!」
イヌマエルがぎゅーっとすがりつてくる。
「十月ぐらいまでご一緒したかったです!」
「うん……まだまだ暑いもんね……」
「でも姉さま、見ててくださいね! 僕はいつか姉さまより立派なひえひえの魔法使いになって、ひとりで快適に寝られるようになってみせます!」
「いや、そのときはレオとかも一緒に寝かせてあげたらいいんじゃないの……?」
「ハゲるからいらない……」
青い顔をしてつぶやくレオ。
「次は十月の秋休みかしら? そのころにはおもちゃもできていると思うわ」
「分かりました! 楽しみにしてますね! それからジーク様のお人形も!」
イヌマエルはディーネからゲットした試作品をかばんにつめていた。入りきっておらず、生首が飛び出している。ちょっと怖い。
「……それ、陶器製で割れやすいから、気をつけなさいね……」
「はーい! わかってます! 学校のみんなにたくさん自慢してやりますよー!」
腕とかばんをぶんぶか振って、弟たちは馬車に乗り込み、去っていった。
……あの調子で振り回していたら、そう遠くないうちにパリンといきそうだ。
そんなこんなで賑やかな弟たちの夏休みは終了した。