弟たちと商品テスト 前編
公爵令嬢ディーネは訳あって借金を返済すべく、事業などに乗り出している。中でもおもちゃ部門は子どもに人気なので、やりがいのある仕事となっていた。
おもちゃといえばサイコロかトランプの二択しかないワルキューレ帝国。子どもたちの明るい未来のためにも、おもしろグッズをいっぱい作って流行らせたいというのが、ディーネや開発に付き合ってくれている研究員たちの総意だった。
ディーネの部屋に付随している大きな応接間には、今、次に量産するおもちゃの試作品がずらりと並んでいる。
それらを厳しい目で審査しているのは初等学校に通っているふたりの弟たち。
おもむろにレオが水車のおもちゃを手回しした。車輪には卵のぬいぐるみがついている。それが下まで回り、地面につぶされて、上から出てくる。すると、卵はかわいいひよこさんのぬいぐるみに代わっている――
卵。ひよこ。卵。ひよこ。くるくると入れ替わるおもちゃを弄り回しながら、レオはなにやら爆笑しはじめた。
「ぶっ……ふっふっふっふ……」
レオの爆笑は非常にレアなので、ディーネは目を見張った。
――受けてる……!
なんだかこちらまでうれしくなってくる。
次、小さなドラムを手にしたイヌマエルが、何かハッとしたような顔をした。必殺技を開眼したときのカットインみたいな鋭い視線で太鼓にいさましく打ちかかる。熱いビートで繰り出される魂のドラミング。
そこにレオが参戦した。ルンメルポットと呼ばれる、棒を皮革にこすりつけて音を出す奇妙な太鼓でラフな雑音をかき鳴らし、バックミュージックを盛り上げる。
「……なかなかやりますね……!」
「イヌマこそ」
何がどうやるのかは、ディーネには分からない。しかし、子どもには何か琴線に触れるものがあったのだろう。
「ご覧くださいまし皆さま。こちらのおもちゃ、すっごいですわぁ~」
侍女のひとり、レージョがおもちゃを手に取って眺めている。蝋燭が一本立てられる燭台で、挿し芯がついた受け皿とその台座に取っ手がついており、手で吊るして、持ち運びができるようになっている。
「こちらの燭台、逆さにしても蝋燭が倒れないのですわ」
「あら本当! さかさまにしても、受け皿がくるんと上を向くようにできているのですわね」
「すごいですわぁ。どういう仕組みになっているのかしら?」
「これがあれば、うっかり倒して火事になる心配もございませんわね」
この上を向く蝋燭の仕組みはディーネも少し面白いと思った。
水銀と分銅を使って受け皿の水平方向を保つ仕組みになっているらしい。
その他、振ると中から何かが飛び出す杖だの、お姫様変身セットだの、細々とした品物が出揃ったあと。
「インパクトに欠けますね」
イヌマエルがしれっと言った。
「いやあんた、さっきまでノリノリで太鼓叩いてたじゃないの」
「そうなんですけど! でも僕がほしかったのと違うんです~!」
イーッとしてだだをこねる末っ子。
「姉さま、僕、兵隊さん人形がほしかったんです」
「うっ……うん……言ってたね」
「帝国軍第一連隊の雷撃飛竜隊! バームベルクの青鷲騎士団騎士歩兵! チャリオット搭乗兵!」
「ええとね、一応用意はしてみたんだけど……」
軍服を着た陸軍兵風の兵隊さん人形を取り出すと、イヌマエルはフンと鼻で笑い飛ばした。
「これまちがってます! 一見バームベルクの砲兵隊の制服に似てますけど、色が違うし、こんな制服の兵隊さん見たことないです! それに肩の憲章は少将と同じですよ!? 平の歩兵にこんなのつけるなんてありえません!!」
「えっそうなの……詳しいわね……」
――マニア怖い。
ディーネがおののいていると、イヌマエルはがっくりと肩を落とした。
「兵隊さん人形を百個くらい並べて薙ぎ払うやつがしたかったのに……」
「ご、ごめんね、姉さま兵隊さんごっことかよく分からないからごめんね」
しかし、こんなにも不評ということは、もうイヌマエルたちにおもちゃの概要を考えてもらったほうがいいのではないかという気がしてきた。
「わかったわ、兵隊さん人形はもうちょっとコンセプトデザインから考え直す。で、あとひとつ見てほしいのがあるんだけど……」
この分だとこれも酷評されるかなと思いつつ、ディーネは隠しておいた人形をオープンした。
ひと目見た瞬間、イヌマエルがぴくりと反応した。
「ね、姉さま……!?」
「あの、これなんだけど……」
「そ、そ、それはああああああ!!??」
さきほどまでの落胆はどこへやら、イヌマエルが突如として興奮した様子でディーネの手元に近寄ってきた。