フォークダンスと幼女 (4/4)
「ちょっと、誰? この子――」
「このあたりの子……?」
公爵令嬢のディーネといえども、辺境の村にまで顔が売れているわけではない。となれば名乗っても効果はないだろう。
「盗品ではございませんわ。ですからどうか、それはソルちゃんにお返しくださいませ」
「ディーネさん!」
大人に囲まれ、詰め寄られて怖い思いをしていたソルちゃんが駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きついてきた。頭をなでてやってから、農婦たちに、「さあ、さあ!」と手を突き出すと、彼女たちはしぶしぶといった風にティアラを手放した。
「この真珠は、わたくしが実験的に作製したものですわ。ですから、天然の品ではありませんの。いくらでも作れるものですもの、ほしければあなたがたにもさしあげますけれど――」
ディーネはこれみよがしに農婦たちを上から下まで眺めてやった。
「……まさか、こんな無価値のくず真珠がほしいだなんておっしゃいませんわよね? 子どもが身につけるような代物ですのよ。いい大人の方々が、小さな女の子から奪い取ってでもほしい……だなんてそんな、はしたないこと、おっしゃるわけがありませんものね?」
先ほどソルを責めていた言葉、『はしたない』をそのままお見舞いしてやると、農婦たちは顔色を変えた。
変装をしているとはいえ、ディーネの身に着けているものはそもそも農民が自ら機を織ってこしらえる日曜手芸品とはものが違う。きちんと採寸され、専属のお針子によって仕立てられているブランドものだ。レースなどの飾り気は抑えているとはいえ、ぴしっとした襟や袖口は、荒っぽい短毛で織られた手作り品では絶対に出せない風合い。
「くっ……」
「ちょっと美人だからっていい気になって……!」
「シッ、やめておきなさいよ」
「そうよ。この子、たぶんすごくいいところのお嬢さんよ」
「目をつけられないようにしたほうがいいわ」
相手にしている人間の身分が違いすぎるということをなんとなく悟ったのか、彼女たちはもうディーネに逆らう気をなくしてしまったようだった。
たっぷり数秒、農婦たちを睨みつけてやってから、ディーネはソルに向き直る。
「ソルちゃん、お祭りはもうおしまいなの?」
「あ、はい……水を撒くのは、もう終わったから……あとは、ごはんを食べるだけです」
「そう。じゃあ、行きましょう? おじいさんも待っているわ」
会場からソルを連れ出してやり、おじいさんのところへ向かう最中、ソルがぽつりと言った。
「……ごめんなさい」
「どうしてソルちゃんが謝るの?」
「だって……こんなにいろいろしてもらって、今日だってせっかく来てもらったのに、いやなところをお見せしてしまって……」
「そ、ソルちゃん……」
ディーネは心配になる。この子は子どもなのに、気を回しすぎじゃないだろうか。それだけ苦労しているのだろうが、子どもが子どもらしく振る舞えないのは辛いことだと思った。
「私がソルちゃんに会いたかったから来たんだよ。ソルちゃんがひどい目にあわされていたら悲しいし、私がなんとかしてあげられることだったらやってあげたいって思うわけ。だからね、ソルちゃんは謝ることなんて全然ないんだよ?」
「でも……」
「大丈夫! ソルちゃんが笑ってくれたらそれが一番なんだよ。だからもう、悩まなくて大丈夫」
空いているほうの手で、ソルちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でまわしてあげた。
「よくがんばったわね」
ソルちゃんがつないだ手をぎゅっと握り返してくる。爪が食い込んで痛い位だったけれども、きっとそれはいろんな思いがこもった動作だろうと分かっていたので、ディーネは我慢した。
「私、ディーネさんと会えて、よかったです」
「私もよ! 私もソルちゃんが大好き」
「えへへ……」
ソルちゃんの笑顔をゲットした。これがゲームならばここがスチルになったであろう、素敵なはにかみ顔だ。なんてかわいらしいのだろうとディーネはほっこりした。
ちょっと年は離れているが、友達が増えるのはいくつになってもうれしいことだ。
領地の経営の一環として、金貨は何枚も稼いできたが、このときほど充実感を覚えたことはなかった。
どこからか、バグパイプの演奏が聞こえてくる。村のあちこちにかがり火が焚かれ、広場の中央に大きなたき火用の薪が升状に組み上げられていく。
ひとりの男が麦穂をさしたフェルト帽を取って、バグパイプに合わせて歌いはじめた。ちまたの流行歌はディーネがふだん絶対に耳にすることはない下卑た歌詞で、ディーネはぎょっとしてソルちゃんの耳をふさいだ。
「どうしたの、ディーネさん? わたしもこの歌好きよ。『亭主がかみさん殴りつけ、しくしく泣かせてほくそえむ、こんなに顔が腫れあがりゃ、留守に浮気もできなかろ』」
「バイオレンス……!」
なんて子どもの情操教育に悪い歌なのだろうとディーネがおののいている間にも歌は続き、ソルちゃんのきよらかな歌声でひどい内容が淡々と紡がれていく。
――かみさんが一計を案じて、近くを通りがかった貴族に亭主を医者だと紹介する。ただし亭主は控えめで、殴られなきゃ自分が医者だとは認めないから、二、三発殴ってくれと言う。亭主は貴族のお供に散々殴られて半泣きで適当な診察をし、大金を褒美にもらって帰る。亭主はもう可哀想なかみさんを殴らなくなってお金も儲かり、大団円。
「あ、最後はちゃんとハッピーエンドなのね……それにしてもすごいわ……」
「面白い歌ですよね!」
ソルちゃんはきゃらきゃら笑っている。タフだ。
いつの時代もバイオレンスなものほど子どもにウケるということなのだろうか。
ソルと一緒におじいさんと合流し、温かくあわ立つりんご酒を飲む。農耕神の祭りにはつきものの、サフランで色づけした金色のマッシュポテトを食べて、たき火を囲んだ。
「ディーネさん、一緒に踊ってください!」
「でも私、輪になって踊るやつはやったことが……」
「大丈夫です! 教えてあげますから!」
ダンスは得意なつもりだったので、ソルに手を引かれてリードを取られて、ちょっと悔しかったディーネだった。
こうして豊穣のお祭りは幕を閉じた。