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一万の持参金と一億の借金

 領地経営について、その道のプロからみっちりと叩き込まれること数時間。

 ディーネはへろへろになりながら皇太子の部屋の転送ゲートから公爵家の屋敷に一瞬にして舞い戻った。


「お帰りなさいませ、お嬢様!」

「うう、ただいま……」


 よろめくディーネを見て、待機していた侍女たちが一斉にかけよってくる。きらきらの魔力の残存粒子を手で追い払い、すかさず室内用のガウンを着せてくれた。


「ご無事ですの?」

「お水をお持ちしましたわ、ゆっくり飲んでくださいまし」

「タオルはご入用ですの?」

「酸素、酸素は足りてらっしゃいます?」


 何だろうこの待遇。

 まるでリングから戻ってきたボクサーである。

 しかし今のディーネはパンチドランカー気味なので、当たらずとも遠からずか。


「大丈夫……」

「でも、ひどくおやつれになっておいでですわ……」

「ちょっときつめの個人授業を受けただけだから……」

「まあ、いやらしいですわっ」

「なんでだよ」

「姫っ! 粗野な言葉遣いをしてはなりません!」


 筆頭侍女のジージョの叱責が飛ぶ。

 彼女はディーネのそばにすり寄ってくると、一転して猫なで声を出した。


「今日はずいぶん長居をしていらっしゃったんですね。お戻りが遅いからまちくたびれましたわ。さては皇太子さまとなにかひと悶着あったのではないかとわたくしは気が気でなく……」

「婚約破棄するって言った」

「なんですって!? この馬鹿娘!!」

「ら、爆笑された」

「あ……そうですわよね。そのような世迷言、ジークライン様が本気になさるわけがありませんわ。失礼」

「一年で自分の持参金を稼げたら、破棄してもいいって」

「馬鹿娘――――――――!!!」


 叫ばなくても聞こえてるって。


「あ、いけませんわ、叫んだらめまいが……」


 ソファに倒れ込むや気絶してしまったジージョをよそに、比較的若いほうの侍女三人娘が寄ってきた。商人の娘でかしこくて眼鏡なナリキ、修道院のシスターあがりでおとなしくて世間知らずなシス、古い伯爵家の令嬢で浮ついてるレージョ。


「なになに、なんですって?」

「ディーネさま、本当に婚約破棄をなさりたいんですの?」

「でも、ディーネさまの持参金って、すっごい金額なんじゃありません?」


 ディーネはため息をついて、うなずいた。さきほど、そのあたりの金額に関しては宮廷の文官がいやというほどみっちり教えてくれた。数字が脳みそからはみ出しそうだ。


「ヨーガフ皇帝の金貨でざっと一万枚ぐらいだって」


 過去の慣習法などから判例をありったけ引っ張ってきた結果、そのぐらいあれば結婚相手に領地の相続を完全に放棄するよう強制することができる。欲をかいてそれ以上を望もうとする場合は法で裁くことも可能、とのことだった。

 一流の法学者や文官たちが諸々を勘案した結果そういうのだから間違いはないのだろう。


 ちなみにヨーガフ皇帝の金貨とは、この国で発行されている一番価値が高い大金貨のことで、一枚で庶民が数か月間暮らせるぐらいの大金だ。

 日本円で言ったら五十万から百万円ぐらいだろうか。

 つまりディーネの持参金は日本円で言ったらおよそ百億。

 金額が大きすぎてすぐには想像がつかない。


「大金貨一万! それはすごいですわ」

「わたくしの月々のお給料でいったらどのくらいかしら……」

「一生懸命働けば、四千年くらい?」

「自分が使う分を数え忘れていてよ」

「あら、そうね。つまりディーネ様は、四千年ぐらい飲まず食わずで労働に精を出されるということですの?」


 侍女たちのお花畑な会話を聞いているうちに頭が痛くなってきた。

 だいたいディーネの寿命は地球上のヒト科と同じだ。


「稼ぐのよ。領地を経営したりしてね」

「まあ……ディーネ様、おたわむれを」

「いくらなんでも無茶ですわ」

「領地の経営がそんなに儲かるものだと思ったら痛い目をみますわよ」


 そう言ったのは商人の娘、ナリキだった。


「ちなみに去年公爵領全体からあがった地代は約三万ですわ」


 地代とは要するに領民から払ってもらった土地の使用料のことをいう。家賃のようなものだ。一帯の土地はすべて公爵さまのものなので、住んでいるだけで税金がかかるのである。


「なんでナリキがそんなこと知ってるの……?」

「商人の娘としてこのぐらいの知識はタシナミですわ」

「そ、そう……」


 商人の娘って大変なんだね。


「でも、戦時の支払いや復興費用などで、今年の公爵領の累計赤字はマイナス一億」


 ディーネはずっこけた。


「お、大赤字じゃないの……?」

「足りない分は借金ですわね」

「借金漬けじゃないの!」


 なにそのガバガバ経営。貧乏神がついてくる某電鉄だってそこまで借金がかさんだら徳政令を検討するレベル。

 さすが世界随一の大帝国の大貴族、借金の規模も桁が違う。単純に比較はできないだろうが、米国の五十分の一ぐらいだろうか。僻地では物々交換制度が残っているなど、現代社会に比べて貨幣価値が低いことをあわせて考れば、世界ワーストクラスの赤字領であることは間違いない。


「でも、去年は戦勝の褒美に陛下から新たに領地をひとつ賜っておりますから、全体の収入はプラスですわ。長期的に考えたらプラスなんですのよ」

「一年で一億と、私の持参金の一万が稼げる?」

「無理ですわね。マイナス一億からマイナス九千九百九十七万に減る程度ではないかと」

「あああああ……」


 ディーネは頭痛薬がほしくなってきた。

 そもそも自分の持参金を問題にしている場合ではなかった。素敵ダンディなパパ公爵はちょっぴり経営がヘタなご様子である。

 このままではまずい。皇太子との婚約を無事破棄できたとしても、今度は公爵がつくった借金のかたに売り飛ばされる展開なども考慮せねばならないではないか。ブロンドの儚げな美少女にうってつけの悲劇だ。首輪をつけられた薄布の美少女がオークションにかけられた先で愛玩用に落札され――みたいな三文小説もやまほど読んできた。絶対にそうはなりたくない。


「……いいじゃないの」


 ディーネはやけっぱちでこぶしを握った。


「こうなりゃまとめて面倒みてやるわよ。現代人の知識なめないでよね。私これでもエクセルとワードぐらいはつかえたんだから! 簿記だって二級の資格持ってる!」


 しかしはたして、簿記二級程度でこのゆるふわ大赤字経営がどうにかなるのかは、さすがのディーネにも計り知れなかった。



大金貨一枚=小金貨十枚

小金貨一枚=大銀貨二十枚

大銀貨一枚=小銀貨五十枚

小銀貨一枚=銅貨百枚



ヨーガフの金貨=皇帝ヨーガフの肖像が刻印された大金貨。

一枚で庶民が数か月暮らせるほどの価値を持つ。

ディーネの試算によると日本円換算で五十万~百万円。


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