ピンクパールと幼女 (3/4)
――お祭り当日。
ディーネがそっと村の様子を見にいくと、お祭りはもう始まっていた。
農耕神らしき、羊の角飾りと毛皮を身にまとった男性のあとに、白い服の女の子の行列が続いているが、あれがアネシドラ役の子どもたちだろう。牛の角でできた杯からあたりに水を撒き撒き、ちょっとずつ行進していく。
――それにしても女神さまが四人かあ……
多すぎやしないだろうか。やはり時代はどの子も主役なのかと、関係のないことを思うディーネの視界に、キラキラッとしたものがまたたいた。
ティアラをつけたソルが、周りの子たちと小づきあい、ひそひそささやき交わしながら楽しそうに歩いている。
ソルのおじいさんを見つけて近寄っていくと、彼は泣いていた。孫娘の晴れ姿に、いろいろと思うところがあったのだろう。
「ありがとうございました、ディーネさん。本当に……ありがとうございます。あの子の母親にも、見せてやりたかったですじゃ……」
「失礼かもしれませんが、ソルちゃんのお母さんは……?」
「あの子の母親は……」
何度もお礼を言うおじいさんと乾杯して、彼の語るソルの身の上話に耳を傾ける。
彼女の母親はソルがよちよち歩きのころに亡くなってしまったのだという。父親はどこかの貴族に奉公しているらしく、ほとんど家に寄りつかないのだということだった。
「ディーネさんに懐いているのも、母親のように思っているところがあるからなのでしょう」
「そうなの……」
頼りにされるのはやぶさかではないが、まだ少女のディーネとしてはせめて姉と言ってほしいところだ。
と、そのとき、アネシドラ役の娘たちが騒がしくなった。
「ちょっと! なあに、あなたのその衣装! ひとりだけティアラなんてつけてはしたないったら!」
「神聖なお祭りなのに……」
ソルを取り囲んでいるのは、農婦とおぼしき村の女性たち。
ディーネは焦った。――しまった、ティアラはドレスコード違反だったか。ソルちゃんに渡す前にちゃんと確認しておけばよかった。
慌てて彼女たちの出で立ちを確認すると、アネシドラ役の子たちはみんなドライフラワーの麦穂でできたティアラをつけていた。どうも、この村ではドライフラワーないし生花の花冠が大正義だったらしい。そんなところに金属のこじゃれた冠など持ち出せば、遅かれ早かれ目をつけられていただろう。
大変なことになってしまった。ディーネのせいでソルがピンチだ。
「ねえ、外しておしまいなさいよ」
「ちゃんとみんなと同じようにしてあげるわ」
「……分かりました」
ソルちゃんはティアラを外されて、ドライフラワーの飾りを髪に編み込まれることになったようだ。
どうやら、穏便にことを納めてくれるつもりらしい。ほっとしたと同時に、ソルちゃんに申し訳なくなった。
――ここは私が出ていってあいさつすべきなのかしら。
村の風習がよく分からない身としては、どうすればいいのかすぐには判断がつかない。幸いソルは聞き分けのいい子だし、黙って見守っていたほうがいいかもしれない。
ディーネがぐるぐると思考を巡らせている間にも、ソルちゃんのティアラを預かった農婦は、細工を血走った目で確認し、悲鳴をあげた。
「……やっぱり! この真珠、本物よ!」
「大粒のピンクパールなんて、いったいいくらするのかしら……!」
「ねえソルちゃん、こんなもの、どこで手に入れたの? もしかして、また盗んだんじゃない?」
とんでもない方向に話が転がった。
ソルは春先、腰を痛めたおじいさんとふたりで食い詰めて、種イモを盗んで暮らしていたのだ。
「ちがいます! これは、大切な人が、くれたんです」
完全に言いがかりではあるが、前科持ちとしては後ろめたいらしく、ソルはパニックを起こしそうな顔をしている。
「信用できないわ! 誰なの、それは?」
「ねえ、また盗んだものだったらいけないし、これは私たちが預かりましょうか?」
「いいわね、だいたいこんな小さい子にピンクパールなんて、ねえ……」
「必要ないわよねえ?」
悪い顔で互いを見合わせる農婦たち。預けたら最後、永遠に戻ってこなさそうだ。
ディーネはおじいさんに杯を返すと、集団の中に突っ込んでいった。
騒がしい農婦たちに、ディーネは立ち方を変えて、ゆっくりと宣言する。
「それをソルちゃんにさしあげたのはわたくしです」